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「ユア。今、なんて…」



「だから、他人の……アンジェの体を乗っ取ってまで、僕は生きる必要は無い。だって、生きてても意味無いもん」



虚ろな瞳でユアは言う。

あの時、あの瞬間……全てが狂い出したあの森での出来事が…ユアの中でフツフツと湧き上がるように思い出されて行く。


辛かった。

助けて欲しかった。


けど、それは今じゃない。



「僕はもう、生きる意味なんてないから…」



この世界に心残りなんてユアには無い。

大切な家族や仲間に裏切られたこと。

上手く利用されたこと。

確かに、辛いし、憎い。

けれど、そんな憎しみを……恨みをぶつける相手はもう遠い昔に皆、この世から去っているのだ。



「ミルキー。僕の為に色々ありがとう。けど、もう僕は大丈夫だから」



そう言って小さく微笑むユアに、ミルキーは何も言えなくなってしまった。


ユアの為にとミルキーはエルフになった。

それから、魔文の呪いを患った存在、エミルに近づき、彼の病気を治す事に成功すると共に、ユアを封印から解くための方法を探り続けた。



そんな時、ユアの魂の移り先に……と目をつけていたアンジェが患った魔文の呪いによって、ユアが封印から解放された。



それからミルキーは必死だった。

自分を慕ってくれるアンジェやリア、そして弟子としてとったリディスを裏切る行為を自分はやっているのだ、という罪悪感にいつも押し潰されそうになった。


けれど、こうするしかユアを助ける方法は無いのだと心に言い聞かせ続けた。



ユアはゆっくりとリアへと視線を向ける。

そして



「君の大切な妹さんは返すから、泣かないで」



マモンという存在はもう居ないのだ、とリアはその瞬間気づいた。

今目の前にいるのは、マモンでは無くユアであって、もう危険性は無いのだと。



「それに、アンジェと約束してたからね。僕の記憶が戻ったら体を返すって。だからさ、ミルキー。どうやったら僕の魂は空に行けるの?」



「………それは」



そう言ってミルキーが唇を噛み締めて、俯く。

その反応に、その場の空気が固まった。


誰もが言葉を紡げない。

いや、声が出なかったのだ。



嫌な予感が頭を過ぎる。



「見ての通り、アンジェの体は魔文の呪いが完全に進行して、もう体に染み付いている様な状況だ。助かる確率は……正直言ってほぼ無い」



ミルキーの言葉に、今度こそ誰もが絶望に突き落とされた。




◇▢▢▢▢◇◇◇▢




公爵邸に帰ってきた一向。

誰もが現実を受け止めきれず、各々一人で沈む中、ユアはアンジェの部屋にて、窓に映る姿を見詰めながら、誰かに言葉を投げ掛けていた。



「……ねぇ、聞こえるアンジェ?」



暫く沈黙が続いた後、静かに言葉が返ってきた。



『……聞こえてますよ、ユアさん』



ユア、と言う辺り、アンジェは全てを知っているらしい。

もうアンジェの体の中にあったマモンの魂は、本来の……ユアへと戻ったということを。



「本当に……ごめんなさい」



『謝らないで下さい。それよりも貴方の記憶が戻ってよかった』



「何言ってるの? 前の僕と約束した事を君は叶えてくれたのに、僕はその約束を破ろうとしてるんだよ?」



『けど、ユアさんが破りたくて破ろうとしてる訳じゃないですし』



「君………優しすぎるよ。おかしいくらい」



ユアは静かにそう呟く。

その声は酷く震えている。



『………ユアさん。お願いがあるんです』



「お願い?」



『もし私の魂が消えてしまったなら、今から私が示す場所へ向かって欲しいんです』



「消えてしまったならって…!」



『……お願いします。どうか、私の魂が消えてしまった時は、旦那様やお姉ちゃん。リディスにフローラ様………大切な人達の前から去って欲しいんです。そして私が行ってみたかった場所リスト私の代わりにを巡って欲しいんです』



こう見えて、行きたい所、たくさんあるんです、と微笑むアンジェに、ユアはもう何も言えなかった。



返す言葉が見つからなかったのだ。


なにせ、ユア自身が一番よく分かっていた。

アンジェの魂の形が……意識が、徐々に薄れ始めている事なんて。



ユアは机に向かうと、紙とペンを準備した。

そしてアンジェの言う場所を紙に書きなぐる。



そんな紙には、ユアの涙が滲んでいた。




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