在り方
「見て! 着れなかったドレスが着れたのよっ!!」
そう興奮気味にフローラは言うと、クルリと回る。
その拍子にふわりとドレスと共に美しい光沢のあるフローラの髪も揺れる。
その華やかさと美しさは、まるで逸品の宝石の様であった。
そしてその美しさに感激しつつ、フローラの努力の積み重ねにもアンジェは感激を覚えた。
フリーマーケットへ向けての魔法道具作りもそうだし、カインの隣に立つのに相応しい人間になると言う目標を着実に達成しつつあるからだ。
いや…何ならもうその目標は達成したと言っても過言では無いとアンジェは思う。
まぁ、当の本人はまだまだと言うに違いないが。
フリーマーケットには、身分を隠しての参加だ。
アンジェが雇われの身の売り子と言う設定でフリーマーケットに参加する。またその間、フローラはリアと共に他に出品されている魔法道具の偵察を行い、後から合流する…という流れになっている。
因みにこれらは全てアンジェが考えたものなのだが、フローラとリアはまだ納得出来ていない様子である。
「アンジェ。別に貴方の事を信頼してないわけじゃないけど……本当に大丈夫?」
「たまにちょっと怖いお客さんも居るじゃない? 変にアンジェが絡まれないか私は心配だわ…」
どうやら二人してアンジェに店番を頼むことが気掛かりらしい。
「もう、フローラ様もお姉様も心配しすぎなんですよ。それにベルさんも一緒なら怖いものなんてありません」
アンジェは二人の気遣いに感謝しつつも、またしても自分自身にガッカリしてしまう。
フリーマーケットは勿論防犯対策はしっかりと行われている。しかし、そんな会場でもトラブルは付き物だ。クレーマーの他にも武力行使の者も出てくるかもしれない。
そういう時、魔法が使えたら自衛になるだろう。
だが、アンジェは魔法が使えない。
だからフローラとリアがこうして心配してくれているのだと思った。
その日の夜、アンジェは公爵邸の書庫にてぼんやりと一冊の本を眺めていた。
ただ本へと注がれる視線。
そんな視界の中に突如映った手によって自身の手から本が離れていく所で、アンジェは漸く我に返る。
「『自分という存在について』か…」
「……急に驚かさないで下さい。旦那様」
アンジェの手から本を奪っていったのはルーンだった。
ルーンはごめんごめん、と申し訳なさそうに眉を下げて謝罪の言葉を述べてアンジェの頭を優しく撫でた。
「物語が好きなアンジェがそう言ったジャンルを読むなんて珍しいな。……何かあったのか?」
どうやら全てルーンにはお見通しの様だ。
アンジェはルーンの手にある本を見つめながら静かに語り始める。
「改めて思ったんです。私には魔法が使えないんだって。本当に不便な体だなって…」
フリーマーケットに出品する魔法道具を作る際、アンジェにはフローラへと力を貸す事が出来ない事が山ほどあった。
例えば魔法道具を作る過程で魔力を注いだり、自身の魔法を道具に宿したりする場面があるのだが、アンジェは魔法が使えないので見守る事しか出来なかった。
被検体の実験でもまたアンジェは協力出来なかった。
箒とは違って、今回出品する物は更なる質の向上を測ってかなりの魔力や魔法が埋め込まれた物だった。
その為、魔法道具が暴走したりした際にアンジェへと魔力が流れ込み、アンジェの身に危険が及ぶ可能性があると、これまた見守る事しか出来なかった。
フローラとリアはアンジェが必要だと言ってくれた。
勿論、嬉しかった。
けれどやはり…魔法が使えない自分自身をどうしても卑下せずにはいられなかった。
「旦那様は宮廷魔導師団の副団長です。それに比べて私は…魔法も使えない。魔法も受け入れられない体です。旦那様は……私を傍に置くことに恥だとは思わないのですか?」
微かに揺れるアンジェの瞳が、不安と恐怖で染まり始める。
肯定か否定か。
ルーンの返答が欲しいのに、欲しくない。
そんなぐちゃぐちゃの感情を抱きながら、アンジェは下を向く。
体の中に何かが巡る様な感覚。
気の所為だと自分に言い聞かせながらアンジェはルーンの返答を待つ。
「…恥だなんて思った事あるわけない。寧ろ自慢に思ってるくらいだ」
「え」
予想外の返答に思わずアンジェは驚く。
ルーンはニコリと穏やかでいて優しい笑みを浮かべながら続ける。
「俺を救ってくれたのはアンジェだ。挫折しかけた時、背中を押してくれた。もう一度前に進む勇気をくれた。今の俺が居るのはアンジェのおかげなんだから。それから…優しくて可愛くて綺麗で。十五になってからは最年少図書館司書として毎日仕事を頑張る奥さんが恥な訳ないじゃないか」
宮廷魔導師団副団長という立ち位置と公爵、という立ち位置でもある事もあり、アンジェと結婚してからもルーンは数多くのパーティーに出席してきた。
そしてその度にアンジェに関して皆口を揃えて言った。
『グレジス公爵にはもっと相応しい女性が居たのではないですか?』
『私の娘は如何でしょう? 魔法の才能に恵まれた娘なんです。きっと公爵もお気に召すかと』
皆アンジェを卑下する者ばかりだった。
だからルーンはいつも笑顔では返答した。
「#俺はアンジェじゃないと駄目なんだ__『私は妻じゃないと駄目なんです』__#」
その言葉にアンジェの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
ずっとルーンに自分は相応しくないと思っていた。
だからルーンに相応しい女性を見つけて、後妻に…と思っていた筈だった。
だって自分は魔法が使えない。
余命がある。
もしも最悪な方向へと進んでしまった時が怖かった。
だからルーンへのこの想いは気づかない振りをしているつもりだったのに…。
(こんな事言われたら気づかない振りなんて出来ないよ)
アンジェは真っ赤になった顔を隠す様に俯いた。




