王女と姉妹
事は案外すんなりと進んで行った。
「それで、リア。ここの設計なんだけど…」
「成程。でしたらこちらを…」
二人の間に行き交う会話のキャッチボールを聞きながら、アンジェはベルによって用意されたお菓子を摘む。だって、それくらいしかアンジェには出来ないからだ。
フリーマーケットに向けての魔法道具作りを初めて早三週間。気付けばフローラはリアの前でも花瓶姿ではなく、本来の姿で接する様になっていた。
フローラ曰く、「アンジェのお姉さんだもの。信頼に値するわ」とのこと。
「アンジェ様。お茶のおかわりは如何ですか?」
ベルにそう尋ねられ、アンジェはハッと我に返る。
口に運ぼうとしていたカップの中は気付けば空っぽだった。
「アンジェ。疲れてるなら仮眠を取ってきてもいいのよ?」
「も、もしかして体調悪かった!?」
心配そうに言うフローラと、慌てふためくリア。
幼い頃からよく体調を崩しがちだった為か、リアは特に不安げだ。
アンジェは直ぐに首を横に振り、否定する。
「違うの! ただ……二人の会話が凄くて驚いちゃったって言うか…その。私いる意味あるのかな…なんて?」
俯きがちにそう言えば、フローラとリアは顔を見合わせる。
アンジェ自身、二人の会話には付いていけている。けど、ついて行くのがやっとなのだ。
二人の魔法の知識のレベル
そして微笑み合うと
「アンジェが居てくれるだけで力が湧いてくるの。だから此処にいて欲しいな」
「そうね。癒し効果よ」
「えぇ…?」
「って冗談よ。そうよね、リア?」
「そうですね。だってアンジェも意見を言ってくれるじゃない? 凄く助かってるのよ?」
そうリアは言うと、設計図を描き示した紙をアンジェへと向ける。
アンジェはそれに目を通すと、ある一点を指す。
「ここ、もう少し絞ってみた方がいいと思う」
「…確かに。これじゃあ魔力が漏れて誤作動を起こしかねないわね」
「ふふ。さすがアンジェね」
そう言ってリアがアンジェの頭を優しく撫でる。
もう十五だと言うのにリアはこうしてアンジェをまだ子供のように扱う。恥ずかしさは勿論あるのだが、それと同時に嬉しさもあって何とも言えない感情になる。
離れていた時間が長かったからなのか、リアの中ではまだアンジェは昔と変わらない弱くて守ってあげなくてはならない存在なのだろう。
アンジェの指摘に二人の話し合いは更にレベルの高いものへとなっていく。
今度こそボーッとしていたら完全に置いていかれる。
アンジェはしっかり集中して二人の会話に参加した。
それから淡々と月日は過ぎていった。
リアの加入により、フローラの魔法道具の質は更に高くなった。
アンジェがフローラには教えることの出来なかった魔法の実技を完全にフローラがマスターしつつある事も恐らく理由の一つだろう。
そして遂にフリーマーケットまであと一週間を切った。
アンジェがフローラの部屋でフリーマーケットに出品する魔法道具の最終チェックを行っていると、扉が突然開いた。
「フローラ様! フリーマーケットへの参加申し込み無事に終了致しました! 王太子殿下にも気付かれている様子は有りません」
「そう…」
フローラは安堵した笑みを浮かべる。
裏でエミルやルーンがあの手この手を使ってルツには悟られないように手を回してくれたおかげだろう。
こうして無事にフリーマーケットを迎える事が出来そうでアンジェもまた安堵する。
フローラが制作した魔法道具は全部で三つ。
どれも今のフローラが出せる全力を尽くして制作した魔法道具だ。
アンジェはその一つを手に取る。
フローラ曰く、それは当初アンジェへと贈るプレゼントとして考えていたものらしい。
けれど、恥ずかしくてこういう形になってしまったものの、完成して直ぐにアンジェへとプレゼントしてくれた。
不器用なその優しさの中の暖かさ。
それをフリーマーケットでお客さんに感じ取って貰えたら…と思いを込めながらアンジェはフリーマーケットへの準備を進める。
すると今度は部屋の奥の扉が突然開いた。
何事か、とアンジェとリアが思わず目を見開いて扉の方を見る。
そうすれば、そこには目尻いっぱいに涙を溜めたフローラの姿があった。




