人形と温もり
広大な大地が広がるその不思議な空間で、アンジェ達三人は桑で土を耕していた。
フローラがタオルで頬に伝う汗を拭う。
「結構重労働ね……けど、綺麗な花を咲かせる為にだって思うと頑張れるわ」
「気合い十分ですね、フローラ様」
「アンジェとベルのおかげよ」
フローラはそう言って微笑む。
僅かに赤く染った頬は、恥ずかしさゆえのものだろう。
直ぐにそっぽを向いて土を耕し始めるフローラに、アンジェとベルは顔を見合わせて笑った。
そして時計の針が七を指した頃、ベルが朝食にと持ってきたサンドイッチを大樹の下で食べた。
ベル特性のサンドイッチは野菜たっぷりでヘルシーなサンドイッチだった。
しかも摂取する栄養素からカロリー全てを計算した上で作られた超健康的なサンドイッチである。
「……一週間でどれくらい痩せれるものなのかしら?」
突然フローラがそう呟いた。
あれだけ強気だったフローラが急に見せた弱気な態度。
アンジェとベルは顔を見合わせたあと、尋ねる。
「一週間で三キロ痩せることは可能ですが、それはあまりにも無理なダイエットです。無理なダイエットはリバウンドを起こすと本には記されていましたし、何より体に大きな不可が掛かりますよ」
「分かってる……けど」
「もしかしてパーティーの件ですか?」
ベルの言葉にアンジェは首を傾げた。
フローラは小さく頷くと、語り始める。
「実は今朝、兄からパーティーへの招待状が届いたの。近々兄が主催するパーティーに私を招待したいって」
ルツ主催のパーティー。
それは確かリディスが招待を受けたパーティーだったはず。
フローラは怒りに満ちた声で続ける。
「今まで私のこと見向きもしなかった癖に突然部屋に訪ねてくるし。それにパーティーに招待!? ほんと、意味が分からなさ過ぎる」
「だから今すぐ痩せたいんですね」
「えぇ……。けど、今の私じゃ駄目。容姿もだけど何よりパーティーへ出る勇気が無い……。でもね、私はこんな臆病で弱虫な私を変えたいって気持ちは確かなの…! けど、ここで出席しなかったら私……!」
『先代が居なくなった今、フローラ様の味方など誰も居ない』
『ほんと、哀れな王女だな。先代が居ない今、王女を必要とする者は居ない』
フローラの脳裏に次々に浮かぶ陰口。
そして永遠の眠りにつき棺桶に入った、今は亡き愛しい祖父の姿。
今にも崩れ落ちてしまいそうなフローラを慌ててアンジェはそっと寄り添い、その手をとった。
その光景をベルは何処か羨ましそうに見つめていた。
それからフローラは眠ってしまった。
慣れない早起きと、運動で疲れて眠ってしまったようだ。
アンジェはこれから図書館へ仕事に向かう。
帰る支度をしていると、ベルがやって来た。
「グレジス夫人。私は人形なんです」
「ベル……さん?」
「貴方と違って温もりがありません。私は人形ですからフローラ様が悲しんでおられる時、私じゃフローラ様に温もりを与えることは出来ません。温もりとは、人の心を穏やかにさせるとフローラ様が前に仰っていました。だから私は……フローラ様の侍女に相応しく無い。そう、思ったんです」
ベルの言葉にアンジェはハッとする。
フローラが先程取り乱した時、自分がとった行動を見て、ベルの心にそれが強く突き刺さっているのだと。
アンジェは身支度する手を止めて、ベルの元へと寄る。
そしてベルの両手を優しく包み込む様にとった。
「……暖かい」
ベルがそう小さく呟く。
「確かに…ベルさんの手は冷たいですね。けど、フローラ様はベルさんが傍に居てくれるだけで温もりを感じ取っていらっしゃると思いますよ?」
「私には温もりなどありませんが?」
「ご存知ですか? 手が冷たいのって心が温かいって言う話」
「心が温かい……?」
「はい。確かにベルさん私たち生き物と違って体温的な温もりは有りません。けど、心が温かい人だと私は思っていますよ。そしてそれはフローラ様だって同じ考えだと思います。まだ短い付き合いの私ですらフローラ様はベルさんをとても信頼して大切にされている事が分かります。だから……フローラ様の侍女は、ベルさんじゃなきゃ駄目なんですよ」
アンジェはそう言うと、ベルの手をゆっくり離す。
そしてニコッと微笑む。
ベルは人形だ。
だから人の感情を理解する事は苦手だ。
しかし、主であるフローラが苦しむ姿は見たくない。悲しんでいたら慰めたい。力になりたい、とそう強く思う。
しかし、自分は所詮人形だ。
そんなの出来っ子ない。
そう何処か諦めている所があったのだが…
━━━心の温かさ。それが私にはあるんだ…。
ベルは拳を強く握り締める。
自分は人形だ。
けれど、人間に負けない温かい心を持ってる。
壊れてしまうその日まで、フローラを支えよう。
そう強く誓った。




