お姫様の不安
「どうぞこちらへ」
フローラからお茶会の招待状が届いた翌日の夕方。
アンジェはフローラの元へと訪れていた。
アンジェは緊張した様子で部屋に入ると、ソファーへと案内される。
そんなアンジェの向かい側に置かれたソファーには、花瓶が置かれている。
その花瓶は、フローラの分身である。
「わざわざ足を運んで貰って申し訳ないわね」
「いえ。こうしてフローラ様の相談相手に選ばれた事が光栄な事だと思っていますので」
「……こんな引きこもりの私なのに? まぁ、お世辞だろうけど」
「お世話だなんて…! 失礼ながら私はフローラ様のことをあまり存じ上げていません。風の噂で色々聞いたことはありますが、所詮噂です。何の根拠もない噂を私は信じていません。だからこれからフローラ様のことを知って行けたらと考えているのですが……」
アンジェはそう言うと、手荷物から一冊の本を取り出した。
その本を見て、フローラは思わずベッドから転げ落ちそうになった。
「あ、貴方…その読書を嗜むの?」
「図書館司書ですし、読書は大好きです」
「そうなのね。それで? 今手に持ってるその本も好きなの?」
ソワソワした様子で尋ねるフローラ。
どうやら自身が大好きで堪らない本をアンジェが持っていた事で、語りたくてうずうずしているのだろう。
けれど、持っているだけ…という可能性もあるので、語りたい欲を抑えて、アンジェの様子を伺っている様だ。
「実は昨日知ったばかりで…。けど、あっという間に読んでしまいました。凄く素敵な物語ですね」
その物語は一人の魔法使いのお話だった。
孤独な魔法使い。
幼い頃に母親を亡くし、天涯孤独の身となった魔法使い。
けれど、そんな魔法使いの前に一人の少年が現れる。
モンスターの出撃で行き場を失った少年だった。
魔法使いはそんな少年と共に過ごしていくうちに、互いに惹かれあっていくようになるが…。
「……最後は」
「ほんと、切ないわよね」
アンジェとフローラは同時にこの物語の結末に悲しみの言葉を呟いた。
物語は言わばバッドエンドを迎える。
二人は愛し合っていたが、寿命の差という壁にぶつかってしまったのだ。
結果、魔法使いは少年から自身の記憶だけを綺麗に消した。
少年はとある村の村長に保護され、その娘と結婚した。
一方の魔法使いは、共に過ごした時間を忘れること無く、思い出に囚われながら生き続けた。
アンジェとフローラはこの物語について語り合った。
感想はもちろん、好きな登場人物。
大好きな場面や、心に深く残った場面などを。
「……こうしてこの本についてお話出来て凄く嬉しいわ。最後に話したのは多分、カインが遠征に行く前だったから…」
カイン
その言葉に、アンジェはビクリと肩を動かした。
そんなアンジェの反応に、フローラは尋ねる。
「え、何よその反応…。何か私に隠し事でもある訳?」
「いえ! 隠し事では…!」
「じゃあ何でカインの名前を聞いて変に反応したのよ!?」
「実は……カインさんからこの本を教えてもらったんです。フローラ様が好きだからと。どうやらカインさん。フローラ様のことをとても気にかけていらっしゃって……」
アンジェはそう言うと本の表紙を撫でた。
本棚に並べてある周りの他の本と比べてこの本だけはヤケに黄ばんだり、読み込まれた跡があった。
恐らくカインがフローラの大好きな本だからと、側近時代からよく図書館で借りて読み込んでいたのかもしれない。
そうアンジェは考えていた。
アンジェの言葉にフローラは黙り込んだ。
暫く静寂が続くので、アンジェはフローラに失礼な行いをしてしまったのかと不安を覚え始めた時だった。
「わ、私……カインに嫌われている訳じゃ無かったのね!?!? よ、良かったァァァァァァ!!」
フローラの喜びに満ち溢れた叫び声と、泣きじゃくる声が部屋に響き渡ったのは。




