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「じゃあ、あとは二人でごゆっくり~」
エリーゼはそう言うと、手をヒラヒラと振りながらバルコニーを後にした。
アンジェとルーンの目が合う。
ルーンは小さく会釈すると、ゆっくりとアンジェの元へと近付き、そして隣に並ぶ。
その表情は少しばかり不安げだ。
「…トゥイライア嬢とお話していた様ですが、大丈夫でしたか? ノーニアス主催のパーティーで酷く絡まれていましたよね?」
「いえ、今日はその件で謝罪を。反省している様でしたし、根はいい人の様です。……あれ? どうして旦那様がその話をご存知なんですか?」
アンジェは目を丸くする。
あの後体調を崩し、体調が良くなってきたと思った矢先、父親の突然の訪問。そしてリアの帰省によってパーティーでの出来事をルーンに話す機会は無かったはず。
いや、もしかしたらノーニアスやイリスの口から伝わった可能性があるか、と一人でアンジェが納得していると…。
「その場に居たので知っていて当然です」
ルーンの言葉にアンジェは更に目を丸くした。
つまり…あの時、会場にルーンも居たということだろうか?
「髪の色とか話し方とか昔とかなり変わりましたからね。気付かないのも仕方ないですよ」
「え…ど、どう言う事でしょうか?」
「アンジェ。ずっと黙っていてすいません。そして騙してすいません。私は………俺は、あの時アンジェをエスコートしたライアーなんだ」
「え…?」
ポカンとアンジェは口を開け、更に目を丸くした。
そして頭をフル回転させた。
ルーンとライアー。
二人が同一人物。
そんな事、思いもしなかった。
だからアンジェの頭は混乱していた。
けれど、そう言われたら思い当たる節はいくつかあった。
ルーンは普段、優しい穏やかな敬語口調を用いるのだが、それが時々少し乱暴な口調へと変わっている時があった。
「じゃあつまり…私が昔パーティー出会ったハンカチの人って……」
「俺、だな…」
ルーンは申し訳なさそうに目を逸らす。
「な、何で言ってくれないんですかっ!?」
顔を真っ赤にして声を上げるアンジェ。
その反応にルーンは焦る。
アンジェを怒らせてしまったのだと、ルーンは受け取ったらしい。
一方のアンジェは、顔に溜まる熱を今すぐ冷ましたくて仕方なかった。
「黙っていて本当にすいません。けど、貴方に嫌われたら…と思ったら怖くて素直に真実を告げる事が出来なかったんです」
「怖い…?」
「はい。実はアンジェと出会った時、かなり荒れていたんです。大きな壁にぶつかって、魔物のいない世界を諦めかけていたんです。けど貴方が、私にもう一度その夢に向かう勇気をくれたんです。私はこの話をするのが怖かったんです。貴方に幻滅されるんのでは無いだろうか、と。アンジェは私の夢を心の底から応援してくれていました。だから昔一度逃げ出してしまった私を知ったら幻滅されて離れて行ってしまうんじゃないかと…」
「そう、だったんですね…」
アンジェはそう呟くと、黙り込む。
その反応に、ルーンは不安を覚えた。
幻滅されてしまったのではないか。
だから話すのは嫌だった。
けれど、気づいてしまった。
自分がアンジェへと向ける感情の意味を。
だから真実を告げようと思った。
逃げてばかりでは前に進めない。
そんな事、ルーンが一番よく知っている。
「旦那様。私、やっぱり許せません」
「っ…」
アンジェの口から出た言葉にルーンは息を呑んだ。
ルーンを真っ直ぐ見つめるアンジェ。
その表情は真剣な顔つきである。
「私が旦那様のことを幻滅するわけないじゃないですか。寧ろ打ち明けて下れて嬉しいです」
アンジェはそう言うと微笑み、ルーンとの距離を縮めた。
ルーンは過去の自分を知られたらアンジェに幻滅されてしまうのではないか、と不安だった様だが、アンジェからしたらルーンが打ち明けてくれたことが寧ろ大変嬉しかった。
(私が貴方に幻滅するわけ無いじゃない。だって貴方は一人で蹲って泣いていた私に手を差し伸べてくれた人なんだから…)
あのパーティーでルーンと出会った時、まるで物語から飛び出して来た王子様なのでは無いかとアンジェは思った。
それ程アンジェにとってルーンとの出会いは衝撃的だったのだ。
二人の肩が触れ合い、お互いの体温が伝わる。
「でも、まさか旦那様が昔パーティーであったあのぶっきらぼうな方だったなんて。あの、旦那様が良ければですけど昔みたいに話してみて欲しいです!」
「……別に構いま…構わないけど、二人で居る時だけだからな」
「はい! 寧ろその方が特別感があって嬉しいです」
アンジェはそう言うと無邪気に微笑んだ。
その笑顔にルーンの頬が赤く染まった。




