生かしたい
眠れない…。
目をつぶって羊を数えても、ちょっと本を読んでみても一向に眠気は来ない。
アンジェは隣で眠っているリアを起こさないように静かにベッドから出るとバルコニーへと出た。
穏やかな夜風がアンジェの亜麻色の髪を揺らす。
人口の光はポツポツと僅かしか灯っていない王都を月の光が照らす夜は何だか不思議な気持ちになった。
『子供は寝る時間じゃない?』
そんな時、ふと聞こえて来た声にアンジェはビクリと肩を揺らす。
しかし、声の主が誰なのかは分かりきっている事なので、アンジェは少しムッとしながらぶっきらぼうに答える。
「急に出てこないで! 驚くでしょ? それと子供扱いもしないで」
『十二歳は十分子供でしょ』
マモンはそう言うと微笑む。
確かに、まだ十二歳と言ったら子供だが、アンジェは公爵夫人という立場。
大人として立ち振る舞いを心掛けている以上、子供扱いは気に食わなかったりする。
少しムッとしていたアンジェだが、マモンの表情を見て、ふとある事に気付く。
いつもなら不敵な笑みを浮かべるマモンだが、今の笑顔は穏やかな笑顔だった。珍しいものを見てしまったからか、ついアンジェは直視してしまっていた。
『ボクの顔になにか着いてる訳?』
心底嫌そうな顔を浮かべるマモン。
先程の笑顔は何処へやら……。
「な、何でもないよ。そうだ、マモン。聞きたいことがあったの」
『何?』
「どうして私を助けてくれたの? 初めて会った時も私も助けてはくれてたけど、やっぱり私が余命を迎えてからじゃないと体が完全に乗っ取れないの?」
『まぁ、それも有るけど……』
マモンはアンジェを見つめる。
真っ赤な瞳が真っ直ぐ自分へと向けられ、アンジェは居心地の悪さにたじろぐ。
一体マモンが今何を考えているのかアンジェには分からない。
けれど、最初マモンと出会った時よりも何だか性格が丸くなったような…そんな気がした。
『てか君さ。ほんとにボクの記憶を取り戻させる気ある? 本ばっかり読んでるし』
「本を読み漁る以外方法が浮かばないんだから仕方無いでしょ…。でも、この御屋敷にある本だけじゃ貴方の記憶を取り戻す手掛かりは見つからなかったし………って、そうだわっ! 私、宮廷専属図書館司書になるっ!」
『は? 突然何言ってるの?』
「宮廷図書館の大きさは凄いのよ? きっと沢山の歴史書が置いてある。けど、お城になんて滅多に入れないでしょ? だから図書館司書になって出入りしても可笑しくない立場になるの! そうしたら歴史書読み放題!」
アンジェの思いつきにマモンは成程、と相槌を打つ。
しかし、その瞳には期待など無い。
子供の戯言としか受け取っていない…そんな瞳をしている。
アンジェはムッとする。
確かにアンジェは公爵夫人と言う立場である。
しかし、働く事は社会勉強にもなる。
それに……あっという間に終わってしまうかもしれない人生だ。色々経験してみたいのがアンジェの本音だった。
取り敢えずルーンに今度相談してみよう。
「そうとなれば早速勉強しなきゃ…!」
『え、本当に志す気なの? 公爵夫人で、ましてや子供。雇って貰えるとは思えないけど?』
「役職に年齢なんて関係無いわよ。ほら、貴方の為に図書館司書を志すのよ? 少しぐらい勉強に付き合ってよ。って事で、本棚の上にある本を取ってきて欲しいな」
アンジェがそう無邪気に笑いながら部屋へと戻っていく。
そんな後ろ姿を見つめながら、マモンは自分の中に湧き上がる感情に少し戸惑っていた。
まだアンジェを生かしておきたい。
そんな感情。
マモンにとってアンジェと過ごす日常はそう苦では無く、逆に誰かと共に過ごす時間はこんなにも賑やかで、明るい気持ちになれるのだと言うことを改めて知った。
『案外楽しいし……暫くはいっか』
マモンはそう呟くと、月を見上げた。




