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芽生え



「……!?」



思わず目を瞑ったアンジェ。

しかし、一向に自分に液体が掛かることは無い。

カタン…と何かの落ちる音がして恐る恐ると目を開ければ、そこにはライアーの姿があった。


彼の胸部が濡れている。

恐らくアンジェを庇ってくれたのだろう。


取り乱すエリーゼの取り巻きの令嬢達は、みるみるうちに顔を真っ青にする。

しかし、エリーゼは怯むことなく、逆に強気の態度でライアーへと向かう。



「あら貴方、確か後ろのチンチクリン娘をエスコートしていた人じゃなくて? ……あら? ちょっの貴方。よく見たらかなりのイケメン君じゃない? そんなチンチクリンと一緒に居ないで、私とパーティを過ごさない? 絶対に楽しいわよ」



そう言ってエリーゼは豊かな胸をライアーへと近付ける。なんて無粋な行動だろう…とアンジェは思う。これが侯爵令嬢? それにパーティで色仕掛けなんて……とドン引きしている。



「……相変わらず、貴方は変わりませんね」



そうポツリと呟かれた言葉は、誰にも聞こえること無く静かに消えて行く。


ルーンはエリーゼを睨みつける。

その瞳の鋭さは、仮面を付けていても尚、ハッキリと分かる。



「お断りします。私は、貴方のような色仕掛けでしか自身をアピール出来ないような女性では無く、グレジス夫人のようなお淑やかで、護って差し上げたくなる様な…そんな女性が好みなので」



「なっ!?」



「グレジス夫人。参りましょうか」



そう言ってライアーは、アンジェの手を取りバルコニーを後にする。

何の騒ぎだ、とパーティの参加者達がバルコニーへと顔を出し始める。

何故か濡れた洋服を身に纏うライアーを誰もが不思議そうに見つめながら、二人はパーティ会場を後にした。



それから二人は会場を出ると、突然アンジェが足を止めた。そして懐からハンカチを取り出し、ライアーの濡れた服を拭う。



「……庇ってくださり、ありがとうございます。その…せっかくのお召し物を汚してしまって本当にごめんなさい」



「貴方が謝ることじゃ有りません。それよりもお怪我はありませんか?」



「え、は、はい! 全然平気です……」



ほんのりと頬を赤くし、俯くアンジェ。

ライアーはもしかしたら疲労が溜まって、熱でも出ているのかもしれない、そう思った。



「グレジス夫人。少し、失礼致します」



ライアーの手がゆっくりアンジェへと伸びる。

そしてその手はアンジェのおでこへと当てられる。


そうすれば、ライアーの手にじんわりと熱が当たった。



「やはり熱がある様ですね…」



「いえ、私は元気です! ほら!」



そう言って拳をギュッと握ってガッツポーズをする。しかし、次の瞬間急に目眩がして、アンジェは思わず体勢を崩す。その場に崩れ落ちそうになるアンジェを、ライアーは咄嗟に手を伸ばし、支えた。


その手の感触にアンジェは戸惑う。

服越しからでも分かる、ゴツゴツとした大きな逞しい手。

手を取った時はあまり意識していなかったが、なぜか今は酷く意識してしまっていた。



鼓動が大きく高鳴るのを感じた。



「……歩けそうですか? 正直に答えてください」



その言葉にアンジェは更に力が抜けていくのを感じた。

そして…体の芯に渦巻く気配に、アンジェの体が熱くなる。



「ちょっと…無理、かもです」



そう正直に言葉を告げれば



「…貴方に触れることをお許し下さい」



ライアーは先に謝罪の言葉を掛けると、軽々とアンジェを抱えた。いわゆるお姫様抱っこで。



「部屋まで運びます」



「あ、ありがとう…ございます」



一気に力が抜けてしまったのか、だんだん思考が上手く回らなくなってきた。

アンジェは感謝の言葉を述べるとふにゃりと微笑んだ。ほんのりと赤く染った頬と、その愛らしい笑みに、ライアーの胸が高鳴った。


弱っている相手に自分は何を…!? とライアーは焦るものの、今はアンジェの身が心配だと、アンジェの部屋へと急いだ。





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