出発
「なぁ…本当に俺も行っていいのか?」
「ノーニアス卿が是非って。それとイリスさんが、私とリディスなら絶対に喜ぶってよ」
「……なんか、怪しくないか?」
「正直私もそう思うけど、悪い人では無いと思うから」
昨日、ノーニアスが去った後、リディスが入れ違いになる形でアンジェの元へとやって来た。
その際に、ノーニアス主催のパーティに参加しないか、とお誘いしたところ、即断られた。しかし、アンジェの執拗い誘いに最終的にリディスが折れ、現在に至る。
パーティが開催されるのは明後日だが、ノーニアスの提案により一日早く行き、屋敷の案内や、ノーニアスのコレクションを堪能して欲しいとの事。
アンジェとリディス、それからイリス。そして護衛騎士三人を連れて、王都の外れにあるノーニアスの館へと向かっているが、何でも彼、かなり有名人らしいのだ。
「占いは百発百中って言われてる。まじないだって、凄い効果があって大人気。新商品を出せば即完売なんだ」
「えっと…私の占い、凄く外れてたけど?」
「猿も木から落ちるって言うだろ」
「あー、なるほど」
リディスの言葉に納得していると、隣で微笑ましそうな見つめるイリスが気になり、アンジェは思わず口を閉じる。
アンジェはグレジス公爵邸に仕える使用人の前ではお淑やかな幼妻を演じている。
しかし、やはり友人であるリディスに対しては素の自分が出るため、こうしてイリスに見られるのは中々気恥ずかしかったりする。
一方のイリスさんは、アンジェの素が見れて嬉しそうであるが。
「て言うか、アンジェはパーティが嫌いな癖によく行く気になったな」
「まぁ、せっかくのお誘いだから」
それに、パーティには多くのご令嬢が参加すると聞いた。ルーンに見合った女性を見つけるには最高の場所だろう。
リディスが怪訝そうな目でアンジェを見つめる。
そんな視線から逃れようとアンジェは話題を変える。
「あの、イリスさん。ノーニアス卿のコレクションって何なんですか? 私とリディスが気に入る物って一体…」
「それは着いてからのお楽しみですよ! 奥様」
どうやらイリスは答える気は一切無いらしい。
しかし、せっかくのパーティへの招待だ。楽しまないと意味が無い。
まだノーニアスの事は信頼しきれていない部分もあるが、ルーンの友人なのだ。きっと心優しい人物ではある事は予想が着く。
そして移動中はリディスと世間話に花を咲かせた。そんな移動中の中、イリスもリディスも眠りに落ち、アンジェだけが目を覚ましている時だった。
『アン。あとどれくらいで着くわけ? ボク、もうこんな代わり映えしない景色飽きたんだけど?』
突然目の前に現れたマモンの姿にアンジェはビクリと肩を動かした。
アンジェは思わずマモンに手を伸ばし、引き寄せる。そんなアンジェの行動は予想外だったらしく、マモンはバランスを崩し、アンジェの後ろの壁に手を付き何とか体を支える。しかし、二人の距離は鼻と鼻の先が当たりそうな程近い。
二人の目が大きく見開き、瞳が揺れる。
『……人間の癖にこのボクを引っ張るなんていい度胸だね』
「あ、貴方が突然出てくるからでしょ!? もし二人に見つかったらどうするの!? 」
『アン以外にはボクの姿は見えないし、平気だって。だからさ…早く離してくれない?』
マモンの言葉通り、アンジェは慌ててすぐ手を離す。
ほんのりと赤く染った頬には、僅かに熱が宿っている。
二人の距離は離れ、アンジェはドキドキと鼓動の早い心臓と、ほんのり赤く染った顔を気づかれないようにそっぽを向く。
『なーに? もしかして、ドキドキしたの?』
「…っっ!? し、してませんからァァァ!?」
アンジェが思わず大声を上げれば、いい夢を見ていたイリス、リディスが飛び起きた。
また馬車を引いていた使用人も、護衛をしていた騎士達も「奥様。どうかなさいましたか?」と声を掛けてきた。
アンジェは更に顔が赤くなるのを感じながら、「寝ぼけてました…」と答えた。
ノーニアスの館まであと少し。




