魔物の対策
歴史書に目を見通しながら、アンジェはマモンへと尋ねる。
「それで、魔物が集落を襲わない様にするにはどうしたらいいの? 貴方がもう一度封印される以外に解決方法があれば、それを実行したいと思ってるけど」
『……まぁ、もう一度ボクが封印それたところで、もう魔物の行進は止められないよ。もうボクには力が無いからね。でも、一つだけ方法がある。それは君の魔力を使ってボクが魔法結界を張る。そして…魔物の力を吸い取り、普通のモンスターに変えること』
「ま、魔法結界!? こ、これまた高レベルな魔法を…」
アンジェの顔が引き攣る。
そんなアンジェを見て、マモンはため息混じりに告げる。
『何、君。もしかして魔法結界貼れないの? 魔力はたーっぷり持ってるのに?』
「うっ、それは…」
アンジェは表情を曇らせる。
そんなアンジェの反応に、マモンは心底憎たらしい程の笑みを浮かべ、言い寄る。
『まさか魔力は沢山持ってるのに魔法は使えないって言う落ちこぼれとか?』
ニヤニヤと、そして心底楽しそうなマモンに、性格悪っ…とアンジェは思いつつも、マモンの言葉通りなので何も言い返せなかった。
アンジェはマモンの言う通り、魔法が使えない。いや、使えないのでは無く、使う事を禁じられていたのだ。
宮廷魔導師達によって張られた守護の結界。農作物を育てる為に水魔法を使う人。また、料理をするために火を出すために火魔法を使う人。収納魔法が込められた魔法道具もあれば、空を飛ぶ為のほうきで移動をして時間短縮…など、この世界は魔法で全てが成り立っている。
病気の治療だって、治癒魔法を使って行う。
だから、薬師なんて滅多に居ない。なぜなら、全部治癒魔法で一瞬にして治ってしまうからだ。
しかし、そんな便利な治癒魔法を受けることが出来ないアンジェは、担当医とリディスの調合する薬でしか病気に伏せたら治す方法は無い。治癒魔法は言わば、他人の魔力を自分の中に入れると言うこと。元々魔力が多く、扉の多いアンジェが他人の魔力を入れたら最後、重量オーバーとなり命に危険が及ぶと言う、本当に面倒臭い体なのである。
『この王都には魔法結界が張ってあるけどあんな結界じゃ魔物の大群が襲って来たら終わり。ここには強ーい魔導師達や騎士。それから冒険者が揃ってるだろうけど、そんな彼等が力を合わせても大群はキツイだろうね。活性化した状態の魔物だし』
「そんなに魔物って強いの?」
『元々は凄く弱かったよ。けど、封印が解けた事でボクの魔力が放出されてそれで活性化したみたい』
「この王都で大変って事は……。ねぇ、結界を張るにはその現地に出向く必要があるの?」
『……言っとくけど、いくら君の魔力が多いならってこの国にある全ての地域に結界は張って行くのは効率が悪いし、面倒臭いからボクしたくない』
マモンは心底嫌そうな顔をする。
そんな彼の態度に、アンジェはカチンと来る。
自分から提案しといて拒否するとは何と我儘な奴なのだろう。やはり、今すぐ自分の中から追い出してやろうか。
拳に力が入るのを感じながら、アンジェはダラりと横になる形で宙に浮かぶマモンを睨み付ける。
しかし、彼はアンジェから睨まれているのに気づいていないのか、または気づいているが気にしていないのか、全く知らん顔で遠くを見詰めている。
はぁ、と大きい溜息をこぼしてアンジェが肩を竦めれば、マモンが言った。
『…………まぁ、出来ないこともないか』
「えっと、何が?」
突然呟かれた言葉に、アンジェは戸惑う。
マモンはアンジェの言葉にニヤリと微笑むと、地へと降り、バルコニーへと続く扉を開ける。
爽やかな風が部屋へと入ってきて、ふわりとアンジェの髪を揺らす。
今日は満月だ。
そして空に輝く星が満月を取り囲むように輝いている。
月の光がバルコニーに立つマモンを照らす。
「突然どうしたの?」
『まぁ見てなよ』
アンジェが小さく頷けば、マモンが両手が満月を仰ぎ、そして………
『魔法結界陰』
次の瞬間、アンジェの視界に映ったのは、大きな灰色の幕だった。
その幕は王都を……いや、この王国全てを囲んでいる様に見える。
アンジェが瞬きを忘れ、唖然としているとマモンが振り返り、微笑む。
『どう? これで満足?』
憎たらしい程綺麗な笑みである。
どうやらアンジェがマモンに対して怒りを抱いていた事に気づいていたのかもしれない。だからこうしてアンジェが望むように動いた。しかも、アンジェの予想を遥かに越える形で実行した。アンジェを見返す為に。
『ボクに掛かれば王国自体を囲む魔法結界も簡単だよ。誰にもバレないように陰の魔法結界を張ったしね』
「もし宮廷魔導師団に見つかったらきっと犯罪者だよね。王国転覆の容疑とか掛けられたら処刑間違いなしよ…」
一気にアンジェの顔から血の気が引いていく。
その様子を見て、マモンは可笑しそうに言う。
『このボクが張った魔法結界だよ? 人間に見破れる訳ないじゃん』
どうやらかなり自信があるらしい。
誰にも勘づかれないように。そして、もう魔物の出撃が減ることを祈り、アンジェは部屋へと戻った。




