留守だそうです
「泊まりでお仕事ですか……。はい、了解しました」
翌朝、アンジェが朝食を食べ終わって直ぐ、テヲがアンジェの元へと訪れるなり、ルーンの出張の報告をしてきた。
そして、その報告を受けても尚、アンジェの様子は変わらない。一瞬悲しそうな表情はしたものの、直ぐに笑顔へと変わり、イリスと楽しそうに会話を始めてしまった。
その時テヲは改めて二人の関係は名ばかりである、と実感した。
分かっていた事ではあるが、何だか胸が締め付けられた。
確かに、まだアンジェは十二歳。恋愛対象に見れないのも分かる。だが、女性と言うものは成長が恐ろしい程に早く、そして美しい生き物だ。アンジェの母、そして姉であるリアを見れば分かる事だが、アンジェもきっと美しい女性へと育つだろう。
アンジェが大人になれば、ルーンは彼女を恋愛対象と見定め、二人の距離がグッと近づくかもしれない。
そうしたらきっと、ルーンの閉ざされてしまった心の扉を開ける気がした。しかし、やはりそれでは遅すぎると思った。
イリスの話を聞く限り、アンジェが心優しい人柄である事は明確である。ならば、後は二人の交友の場を設け、互いの事を知っていく。これが一番、今二人には必要なのだとテヲは思った。互いのことを知ればきっと、二人の仲は良いものとなる。何故かそんな確証をテヲは抱いていた。
「奥様は、旦那様と話してみていかがでしたか?」
少しぎこちない様子でテヲはアンジェへと尋ねた。
「そうですね…。噂通りとてもお優しい方でした。そして大きな夢を抱いていらっしゃいました。是非その夢を実現して欲しいとそう心から思いました」
食後のデザートをイリスがアンジェの前へ置く。
今日は、卵をたっぷり使ったプリンで、アンジェはそんなプリンを前に頬を緩ませる。その愛らしい笑顔にイリスもまた頬を緩め、テヲもまた釣られて小さく微笑んでしまっていた。
そして同時に、アンジェがルーンに抱く印象が良いもので安心していた。
一方、アンジェはと言うと、薄々テヲの心情を察していた。
恐らく、彼もまた他の使用人達のようにアンジェとルーンの仲を深めたいと思っているに違いないと。
だから、敢えてルーンに抱く他の印象には触れなかった。
「それにしても、随分長い出張なんですね。もしかして魔物の調査ですか?」
「その通りでございます。実はつい先日、とある集落が魔物の群れに襲われたのです。その調査に旦那様は向かわれました」
「成程。そう言えば、ここ一ヶ月のぐらい間に一気に増えましたよね…。王都が魔物に襲われることは無いとは思いますが…不安ですね」
アンジェの言葉にテヲとイリスは頷く。
ここ毎日、魔物が出没したと言う話をメイド達がしているのをよく聞く。村が壊滅させられたり、酷い時には死人も多く出ているらしい。
そんな危険な場所へと仕事に向かわなければ行けないとは、魔導師団も大変な仕事だなとアンジェは思った。
魔導師団に入団できるのは、魔法の腕は勿論だが、近接戦に劣らない様に体術や剣術も身に付けている者、それから魔法薬学と言った様々な知識を得ている者しか入団出来ない、言わばエリートな組織だ。
「旦那様はかなりの魔法の腕前を持っていると聞いていますが、実際どれぐらい凄いのでしょうか?」
「私はこれまで沢山の魔導師を見てまいりました。その中でも旦那様は特に優秀で、素晴らしい魔導師です」
「成程。テヲさんは、かなり旦那様の実力を買っておられるんですね。確か歴代最年少で魔導師団に入団し、異例の速さで出世ですもんね……。機会があれば旦那様の魔法を見てみたいです」
魔法が使えないアンジェとは正反対のルーンに、思わず苦笑を浮かべる。
やはりそんな彼とは自分はかなり不釣り合いだな、そう改めて実感させられた。
「きっと驚かれますよ。本当に凄いんですから」
まるで自分の事かのように語るテヲ。
しかし、その様子はとても楽しそうで、彼がどれ程ルーンの事を大切に思い、そして慕っているのかが強くつたわってきた。
またルーンと会った時、その時には魔法を使う所を見せてもらう。
そうアンジェは思った。




