黒ノ聖夜 BLACK SANCTION03
「くっくっく……!」
赤いサンタクロースが必死に笑い声を押し殺していた。
色鮮やかな箱が山積みにされた、プレゼント倉庫のような室内。静まり返ったその空間に、押し殺した笑い声だけが不気味に響いていた。
普段は冷静沈着な聖成クラウスだが、この時ばかりは我慢できずに口角を吊り上げ、勝ち誇ったように笑い声をあげた。
「ついに、私は成し遂げたぞ……! 黒い悪魔を封印することに……!」
ちょうどその瞬間に、扉を開けて室内に入ってきた者がいた。
黒いサンタ帽をかぶった男――夜咎クロウは、高笑いをしているクラウスの姿を見て固まった。
「……お前何してんだ?」
クロウが目を凝らすと、クラウスの足元には、おもちゃの回転式ねこじゃらしが軽快な音を立てて稼働しており、黒い子猫が必死にそれを追いまわしていた。
「少し時期が早いが子猫にプレゼントを渡してやったら――ほら見てみろクロウ! 『クネヒト』がこんなに楽しそうに食らいついているぞ! これでプレゼントの山も安心だ!」
包装紙がビリビリに裂けてしまい役目を果たせなくなった元プレゼントたちが、部屋の片隅に追いやられ、固められていた。
「……お前、勝手にその猫に『クネヒト』って名前付けんなよ……」
クロウが口にした『クネヒト』という単語に、黒い子猫がニャアと返事をして顔を上げた。
クロウはこめかみを指で押さえながら、クラウスのテーブルの上にあったフィナンシェを勝手に頬張ると、スマホを取り出し軽やかにタップしていく。
SNSアプリのタイムラインをスクロールしていき、とあるところで指を止めた。
「……で、赤サンタ様よ。クネヒトの次は、こっちの『子どもの問題』に対処してくれんかねぇ」
クロウはSNSに投稿された『友人を探して欲しい』と書かれた記事をタップして、クラウスの顔へ突きつけた。
「……? ただSNSを辞めただけではないのか」
クラウスは眉をひそめ、クロウの手からスマホを受け取った。
ある日突然に更新が途絶えたアカウント。他のユーザーが、ろくな情報も無しに「行方不明になったこの人を探して欲しい」という投稿を投げていた。
クラウスは「これでは探しようもあるまい」とクロウにスマホを返した。
「それに、こんなものはどこにでもある話だろう」
「ところが、それだけじゃないんだな。同じような話が最近すげぇ増えてて、どうも本当に失踪してるようなんだよ」
クロウが次々に似たような投稿を見つけては、クラウスに見せつけた。
「このひと月で、小中高生を中心に十数人が行方不明……SNSでは少し話題にしてる人もいるが、警察が動いてる気配もないし、特別な失踪事件としては扱われてなさそうでさ。
だからネット上では失踪ではなくて『家出』とする意見がほとんどなんだけど、このクソ寒いのに、夜中にフラッと『家出』する奴がそんなにいるかねぇ? あと――」
そこでクロウはクラウスのテーブルから紅茶のカップを拝借して、勝手に一口すすった。
「ちょっとこの前知り合いになった元ストーカーの朧井君にアカウントの特定をしてもらったんだけど、どうも全員が特定のエリアから失踪してるみたいでさ」
「おい、クロウ。お前……接触した一般人の『記憶処理』は済ませているんだろうな」
「うっせーな、ちゃんとやったわ。その上で、心を入れ替えた彼とお友達になったの!
それでその失踪元が一時期話題になった『パンデミックを完封した奇跡の街XX市』。――ここに集中してるってわけ。面白いだろ?」
クラウスは「面白くはないな」と肩をすくめる。
構わずクロウが話を続けた。
「SNSでは新宿のたまり場に皆行ってるんだろうとか言われてたけど――」
クロウが紅茶のカップを持ったままテーブルに寄りかかると、クラウスに即「椅子に座れ」と注意をされ、ソファーに移動してどかっと腰を沈めた。
「気になったからさっき見て来たんだけど、そんな『同じ街から上京してきました』みたいなツラした、十数人の新しいコミュニティは無いんだよなぁ」
天井を見上げながら新たなフィナンシェを頬張るクロウに、クラウスの視線が注がれる。それに気づいたクロウが注釈をいれた。
「あん? あそこは普段から『悪い子』が溜まりやすいから俺も注意して見てんだよ。そういや『マッチ売りの少女』も見かけたから説教しといたわ。またホストに貢ぐために金稼ぎしてたんだとよ」
クロウはポケットから取り出したマッチを興味なさそうに眺めた。
「相変わらず面倒なことをしているんだな。良い子にプレゼントを配るだけでも手一杯だと言うのに」
「そんなもん『しょーしか』してんだから楽になってんだろ?」
「その分サンタの数も減っているんだよ。信心深い人も減る一方だからな。お前は好き勝手やってるからそんなことも知らんのか」
「へーへー、サンタの異端児ですいませんねぇ。おかげさまでトナカイにも嫌われてソリも引いてもらえませんとも」
クロウは大げさに両手を上げて天を仰いだ。そしてガクッと肩を落とすと――すぐに真剣な眼で顔を上げた。
「話を戻すぞ。新宿にもいねえ、SNSにも痕跡がほとんどねえ。集団で家出するにしては足跡がきれいさっぱり消えてる。そんなことが可能か? そして同じエリアから大量に家出なんてあるか?」
「家出でも駆け落ちでも、どこかへ行くというのなら必ず『行き先』があるはずだ」
クラウスはゆっくりと言葉を選ぶように続けた。
「それが見えてこない。だが、同じ市から十数人が同時期に消える。……誰かが連れ去っているのか、それとも、意図的かつ巧妙に隠ぺいをした出奔――と考えるのが自然だろう」
「巧妙な隠ぺい、ねぇ……」
クロウは鼻で笑い、「ガキどもだぜ?」と言い捨てると、フィナンシェの袋をくしゃりと丸めた。
「クラウス、お前これを質の悪い組織がらみの誘拐事件と見るか? ――それとも」
「我々のような『幻想の者』の仕業――か。今の段階ではどちらとも言えんな」
沈黙する二人――場違いなように、回転式ねこじゃらしの稼働音だけが鳴り響く。
「パンデミックを完封した街、XX市……」
クラウスはその名を口の中で繰り返し、小さくうなずいた。
「もし本当に『奇跡』が起きた街なのだとしたら――」
「なんにせよ、泣いてる子どもがいるかもしれねぇなら――サンタの仕事、ってわけだろ?」
クロウは立ち上がり、黒猫をひょいと抱き上げた。クネヒトは不満そうに一声鳴いたが、頭を撫でられるとすぐに喉を鳴らし始める。
「帰りたいと泣き叫ぶ『良い子』たちを無事取り戻せたなら、赤サンタ様のあったかーいプレゼントで慰めてもらうとして――」
クロウは片目を細めて笑う。
「そこに本当にタチの悪いのが蠢いているようなら――そいつは俺の袋行きだな」
「だから軽々しく袋詰めにするなと言っている」
クラウスはきつい口調で言い放つ。
「……ともかく、確認は必要だ。XX市で何が起こっているのかを見てこよう」
「へいへい。プレゼント配りの前に地方出張とは、赤サンタ様もブラックだねぇ――でも、クラウス。お前は留守番だ」
クラウスは赤いコートを肩にかけかけたが、クロウの言葉に動きを止めた。
クロウは肩をすくめ、クネヒトをそっとソファに下ろして、その背中を柔らかく撫でた。
「ここにいる良い子が悪い子にならないように世話してもらわないとな」
黒い子猫は名残惜しそうにニャアと鳴いたが、すぐに回転式ねこじゃらしへと視線を戻した。
プレゼントの山の手前で、カシャカシャという軽快な機械音だけが、何も知らない子供の笑い声のように、空虚に響き続けていた。




