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黒ノ聖夜 BLACK SANCTION  作者: さわやかシムラ


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黒ノ聖夜 BLACK SANCTION27

 XX市では、クリスマスを前にして、家出とされていた子どもたちが一斉に帰ってきた。

 だが、失踪の事実は、当人たちも含め、皆の記憶から消え去っていた。

 誰もが普通の生活の延長線上で、何事もなかったかのように。

 つらい記憶は夢の彼方に、ただ心の奥底のどこかに靄を残して。


◆◆◆◆◆


 『ハーメルンの笛吹き男』消失から三日が経過。

 街は無事に十二月二十四日を迎えた。


 市長室は、この街で最も空に近い場所にあった。

 壁の一面が巨大なガラス張りになっており、眼下には『奇跡の街』の夜景がクリスマスのイルミネーションのように輝いている。

 革張りの回転椅子に深く腰掛けた男――成瀬勝彦は、ワイングラスを片手に、自らが作り上げた箱庭を満足げに見下ろしていた。


「趣味のわりぃ部屋だな、ったく」

 突然、背後から声をかけられ、成瀬は思わずグラスを落とし、慌てて振り返った。


「だ、誰だお前は! いつの間に入った!?」


 黒いサンタ帽に、黒いレザージャケット、黒いズボン。首と腰には銀色のチェーンが光る。

 得体のしれない不良のような男が机の縁に腰をかけ、机に置いてあったマスコットぬいぐるみのサンプルを手に持っていた。


「この変な顔のぬいぐるみなんていうの? あ、いいや。タグに書いてある」

 黒い男はぬいぐるみを裏返して、おしり付近を睨みつける。


「『キセキクン』? いやー、市長ダメだよこれは、こんなのじゃ売れないって。欲しいものリストで見たことない名前だぜ」

 男はぬいぐるみを元あった位置に乱暴に置き直した。


「俺? 自己紹介必要? やっぱ黒い帽子じゃ『サンタクロース』って伝わんねぇか」


 成瀬は手を震わせながら、机の下の黄色いボタンにそっと手を伸ばした。押せばセキュリティが駆けつけてくれるはずだった。

 だが、ボタンを押す直前、目の前の黒い男に腕を掴まれた。まるで万力で締められているようにピクリともしない。


「いだだだ!」

「おお、わりぃわりぃ」


 男が手を離すと、成瀬は回転椅子ごと後ろ向きに転倒し、床に後頭部を打ち付けると、両手で押さえて涙目になった。

 黒い男は肩を竦めて、鼻で笑った。


「まぁ、本来なら、お前みたいな悪党は即袋詰めなんだけどさ。今回は特別仕様だ」


 男は手品のように、虚空から突然何かの書類を取り出すと、放り投げるようにして、その場にばらまいた。

 書類が紙吹雪のように舞い、ぱらぱらと成瀬の周りに落ちる。


 成瀬は震える手で書類を拾い上げ、書面に目を走らせた。


 その書類には、市を糾弾する内容がビッシリと書き込まれていた。

 感染対策費用における架空発注にはじまり、成瀬市長の公金着服、横領、および新市立病院建設に携わった柘植建設との談合。

 さらに、成瀬と柘植の計画による羽村史郎の殺害、その死因を朝倉院長が改ざんして見返りを得ていたこと――


「な、なんだこれは……!」


 成瀬は慌てて書類をかき集め、ぐしゃりとねじって懐に抱えた。

 黒い男は成瀬のその姿を見ながらほくそ笑む。


「あとさ、ちゃんと家に帰ってやってる? お孫さんが家出してたのも気付いてない?」


「……いったい何の事だ。なぜ私に孫がいることまで知っている」


 成瀬は男を見上げる。

 口元は不敵に笑っているが、成瀬を刺すような鋭い視線。

 成瀬は声を震わせながら、男の足にすがった。


「金か? 口止め料なら、お前の言い値で払おう、だから――」


 一呼吸の後、黒い男は成瀬の手を振り払うと、その場に屈んで成瀬に顔を近づける。

「まあ、俺も金欠だからその提案は魅力的なんだが――今回のお前の始末は、俺の役割じゃなくてさ。俺の『連れ』が、徹夜で書き上げた最高傑作だ」

 成瀬の眼前にスマホの画面を突きつけた。


「これがお前へのクリスマスプレゼントだってよ」


 そこに映っていたのは、ネットニュース「シティスコープ」のサイトだった。

 速報として記事の見出しが大きく掲載されていた。


『【独占スクープ】英雄は殺されていた――「奇跡の街」の裏に潜む成瀬市長の殺人教唆と巨額横領の全貌』


 市長室の電話がけたたましく鳴り響いた。

 成瀬の視線が一瞬電話に向いた。そして黒い男に向き直した時、部屋の中には誰もいなくなっていた。

 着信音だけが、室内に鳴り続けた。

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