黒ノ聖夜 BLACK SANCTION23
夜風を切り裂き、クロウのスノーボードは滑るように闇夜を駆けた。
眼下には、模型のように小さくなったXX市の街並みが広がっていた。
「う、わぁぁぁ……っ!」
良子は悲鳴を上げながら、クロウのジャケットにしがみついた。
高い。速い。そして寒い。
けれど、不思議と恐怖は薄かった。身体を支えるクロウの腕が、驚くほど安定していたからだ。
「もう着くぞ。舌噛むなよ!」
クロウがボードのノーズを下げ、急降下を開始する。
風切り音が轟音に変わり、良子はギュッと目を閉じた。
ドンッ、という重い着地音と共に、浮遊感が消える。
「……着いたぜ」
クロウの声に、良子は恐る恐る目を開けた。
そこは、街外れの丘の手前。
目的地まではまだ少し距離があった。
クロウがボードを『袋』にしまいながら、険しい顔で周囲を見回す。
「……俺の意志で認識できるのはここまでだ。ここからは良子、お前が頼りだ」
クロウがそっと手を差し出した。
少しだけ、その手のひらをじっと見つめていた良子は、口をキュッと結び、気合いを入れた。
「はい!」
良子はそう言うと、クロウの手をしっかりと握りしめた。
「私が案内します。……こっちです。私の手、離さないでくださいね」
何の変哲もない坂道を、二人は手を繋いで歩く。
二人きりで話ができるこのチャンスに、良子はクロウへ積もる話をなげかけた。
「なんか、いつもおかしいって思ってたんですよ。運の悪い私が、こんなに上手く切り抜けられるのかなぁって。……いつも助けてもらってたんですね。ありがとうございました」
良子の白い吐息が夜の空気に塗り込まれるように、溶けて消えてゆく。
「自分の力じゃないのはちょっぴり残念ですけど、でも、良かった。こうしてちゃんとお礼が言えて」
クロウはバツが悪そうに、そっぽを向いて、空いた手で頭をかいた。
「いや、こっちこそ、悪かったよ。いつも記憶いじっちまってよ……」
大きな身体から想像できないぐらい小さな声に、良子はおかしくなって笑った。
「子どもみたい」
「誰がだよ! お前の方がよっぽど子どもじゃねぇか! まぁでも、お前のは、その、『良い子』だ」
「あはは! なに、それ! じゃあ、またプレゼントくださいね!」
「おう、『良い子』でいれば、また持っていってやるよ」
「ホントかなぁ? 成人してから、もらってないけど」
「楽しみに待ってろ。ただ『サンタクロース』ってのは、だいたいどいつも嘘吐きだから、気をつけな」
クロウが口の端を上げて、意地悪そうに笑う。
「うわ、全国のお父さんお母さんが泣いちゃうよ」
こんなときだけど、冷たい夜空に輝く星はとても綺麗だった。
「あ、ベテルギウス!」
高く天空の頂きに登りゆく冬の大三角が、光を受けて美しく瞬き、その煌めきがこの瞬間のふたりに降り注ぐ。
良子の嬉しそうな声に、クロウも微笑みながら星空を眺めた。
旧市立病院にたどり着くまでのしばらくの間、二人はもう少しだけ言葉を交わした。
クロウの言葉に、良子が片手で耳を防ぐジェスチャーをする。驚くクロウの表情を見て、良子はまた笑った。
今だけは、戦いも、寂しさも、怒りも、哀しみも、全てが黒の中で輝く光によって、暖かく上塗りされているかのようだった。




