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黒ノ聖夜 BLACK SANCTION  作者: さわやかシムラ


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黒ノ聖夜 BLACK SANCTION20

 ――バリィィン!!


 倉庫の天窓が、外側から派手に砕け、ガラスの欠片が光を乱反射させながら宙を舞う。


「サンタさんなら、煙突からってなぁ!」


 黒いサンタ帽に黒いレザージャケット、全身黒ずくめの男――夜咎クロウは、ガラスの破片を散らしながら、ひらりと軽やかに倉庫の床へと着地した。


 作業服にニット帽を被った中年の男は、一瞬だけ驚愕に目を見開く。

 だが、すぐに侵入者を敵と認識すると、持っていたライターを放り捨て、懐から飛び出し式ナイフを引き抜いた。


「なにモンだ、てめぇ!」


 男は低い唸り声を上げると、クロウの腹部めがけて銀色の刃を突き出した。

 クロウは身体をわずかに捻って切っ先をかわすと、流れるような動作で男の手首を掴み取る。

 そのまま男の突進の勢いを利用して、背負い投げの要領で盛大にぶん投げた。


「ぐべっ!?」


 ニット帽の男は、積み上げられたダンボールの山へ頭から突っ込む。

 山が崩れ、中の書類が雪のように舞い散った。


 だが、男はすぐに頭を振りながら立ち上がった。ニット帽を失くした男の、短く刈り込まれた黒い髪が微かに揺れる。

 男は鼻血を拭って拳を構え直した。殺意のこもった目でクロウを睨みつける。


 クロウはニヤリと笑い、「かかってこい」という言葉の代わりに手をクイッと男へ返した。


「なめやがってぇぇ! 殺してやる!」


 男が顔を紅潮させ、雄叫びを上げて突進してくる。

 対するクロウは、平然とその場で待ち受ける姿勢だ。

 そして――さらに意地悪く口角を吊り上げた。


「悪いけど、お遊戯に付き合うつもりはないんだ」


 クロウの鼻先まで拳が届く、その直前。

 足元の影が、まるで生き物のようにうねり、数本の『黒い鎖』となって男へ襲い掛かった。


 ジャラララッ!!


「――は?」


 男が間の抜けた声を上げる暇もなかった。

 影から伸びた鎖は蛇のように男の全身に巻き付き、その動きを完全に封じ込めた。


 クロウは芋虫のように地に伏す男に近寄ると、乱暴に短髪を掴み顔を上げさせる。


「……よぉ『悪い子』。お前、血の匂いが染みついてんなぁ。お前みたいなやつの行き先は――暗ーい暗い、奈落の向こう側だぜ」


 クロウの放つ底冷えするような殺気に、男は顔を蒼白にして震え上がった。

 恐怖で言葉も出ない男を前に、クロウが虚空へ手を差し込み、『袋』を取り出そうとしたその時。


 背後から、凛とした女の声が響いた。


「待って! その人は……警察に!」


 クロウは動きを止め、眉をひそめて振り返る。

 長い鉄パイプに縛り付けられたままの良子が、まっすぐにクロウを見ていた。恐怖に震えてはいるが、その目の奥には、決して折れない強い光があった。


「……おいおい。助けてもらった身で指図か? 記憶が飛んでて状況が飲み込めてないのかね、お嬢さん」


「ううん、違う。……思い出しました」


 良子は確信を込めて叫んだ。

 目の前の男の背中。黒いジャケット。そして、悪い奴を容赦なく制裁するその姿。

 それが、かつて夕暮れの公園で見た光景と、完全に重なったのだ。


「あなた……あの時、公園で私を助けて……子猫をもらってくれた人ですよね!」


 その言葉に、クロウの目が大きく見開かれた。


「は……?」


 黒い鈴での『記憶操作』は、確かに施した。

 良子の記憶からは『ストーカー』の恐怖を消し、子猫を受け渡した『黒いサンタ』の存在も『どこかの親切な人』という曖昧な像に書き換えてある。

 普通なら解けるはずのない――『幻想の魅了(フェアリーチャーム)』のはずだった。


「お前……なんで、それを……」


 クロウの動揺を遮るように、良子は叫ぶ。

 良子の記憶を縛り付けていた黒い鎖が、目の前の『黒いサンタクロース』の姿とリンクして、音を立てて崩れ去り、封じられたはずの名前が唇をついて出た。


「助けてくれたんですよね、あの時も! ……夜咎クロウさん!」


 名前を呼ばれた瞬間、クロウは絶句した。

 良子の頭の奥で、ずっと真実を覆い隠していた『認識の蓋』が、彼女の意志の力で完全に吹き飛ばされていた。


「この間だけじゃない……去年も、その前も……!」


 良子の瞳から、大粒の涙が溢れ出した。恐怖の涙ではない。ずっと忘れていた大切なものを取り戻した、歓喜と安堵の涙だ。


「小さい時にクリスマスプレゼントもらったことも……! 全部、全部、思い出しました……!」


 良子は叫んだ。目の前の、黒くて意地悪で、けれど誰より優しいヒーローに向かって。


「あなたが……私の『サンタクロース』!!」


 良子の瞳には、一切の迷いが無かった。

 彼女は全てを、取り戻したのだ。


「……マジかよ」


 クロウは信じられないものを見る目で良子を見つめた。

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