黒ノ聖夜 BLACK SANCTION19
猛スピードの黒いワンボックスカーが、クロウの脇をかすめて通り過ぎていった。
何かに引っ張られるように、クロウは勢いよく後ろを振り返った。
遠ざかるテールランプが、夕闇に溶けるように赤く輝き、あっという間に通りの向こうへと消えていった。
確信めいた不安がクロウの胸をえぐった。
「あの女……! また厄介事に巻き込まれやがって……!」
考えるより先に身体が動いた。
虚空から『サンタの袋』を掴み取り、その中から鈍く光る一枚の板――クロウ専用の『空飛ぶスノーボード』を引き抜く。
クロウはスノーボードの上に飛び乗ると、アスファルトを力強く蹴飛ばし、重力を無視して高く大空へ飛び立った。
車が消えた方向へ、茜色から群青へと変わる空を滑空する。
眼下を走る無数の車のライト。
その中から、あの一台を見つけ出すのは至難の業だった。
「くそっ、見失ったか!」
クロウは手近なビルの屋上に舞い降りると、舌打ちをしてその場を歩き回った。
どうする――。良子の行き先を特定できる何か――。
「……背に腹は代えられねぇか」
クロウはスマホを取り出して、何度かタップすると、耳元にあてた。
コール音が数回鳴ると、スピーカーから男の気のない声が聞こえてきた。
『はい、どうしました、クロウさん?』
「おい! 朧井! お前、良子の端末のGPS拾えるか!?」
『うげ。……ちょっとやめてくださいよ。僕、クロウさんにシメられてからちゃんと心入れ替えて、そういうの卒業したんですから』
「ごたくはいいんだよ! 出来るのか出来ないのかどっちだ! すぐに今の居場所特定しろ!」
『……えええー?』
「緊急事態だ、早くしろ!」
『わかりましたよぅ。でも折れた片手は使えないんで、時間かかりますから折り返していいですか?』
「ふざけんな、秒でやれ! なる早だぞ!」
通話を切ると、クロウは再び空へ舞い上がる。
意味はないかもしれないが、空中から黒いワンボックスカーが駐車していたりしないかと、地面に這わせて視線を動かしていった。
だが、五分も経たないうちに朧井からの着信がきた。
クロウは空中でボードを傾けながら応答ボタンを押す。
「もしもし! 早いな!? 場所わかったか!」
『ええ、余裕でした。良子さん、脇が甘いんで。以前と同じく『追える状態』のままでした。倉庫街の一角から動いてないようですね。メッセージでマップ送っておきました』
「マジかよ! サンキューな! でももう二度とやんなよ!」
『えええー、今の僕怒られるところ? 理不尽すぎません?』
朧井の抗議を無視して、クロウは通話を切った。
スマホに送られてきた地図を確認する。
光る点は、川沿いの外れにある一棟の廃倉庫を示していた。
「ビンゴだ」
影に紛れるように停められた黒いワンボックスカー。
それを視界に認めると、クロウは少し離れたところにスノーボードを下ろした。
シャッターの降りた倉庫の前に作業服の男が三人、楽しく雑談をするように装っていた。
会話をしているように見せかけて、三人とも視線は一切交わらない。身体は動かしたりしているが、互いに視界を補うように、顔の向きは変わらなかった。
壁の角から覗くように観察するクロウ。
「そのままいけば、まず見つかるな」
だけど、クロウはニヤリと口角をあげる。
「見張り、ご苦労さんだけど、サンタさんは隠密行動の達人なんでね。見つからずにプレゼントを届けるなんて、朝飯前なのさ」
クロウはサンタクロースの能力で、虚空の中に手を突っ込み、乱暴に『黒いサンタコート』を握り締める。勢いよく取り出したコートは、夜風をうけてはためいた。
見つからない。気づかれない。――それがサンタのコートだ。
クロウはそれを肩に羽織ると、正面突破――一足飛びに男達の元へ飛び出した。
男たちは、目の前から迫る黒い影に気づくことすらできなかった。
コートの隠密効果で認識が遅れた男たちの懐へ、クロウは幽霊のように滑り込む。
「……あ?」
一人の男が間の抜けた声を上げた瞬間には、勝負は決していた。
すれ違いざまに放たれた拳が、三人の顎を正確に打ち抜く。
吹き飛んだ男たちは悲鳴をあげる暇もない。
一人はシャッターに叩きつけられて沈黙し、残る二人も地面を転がったまま、ピクリとも動かなくなった。
「悪いな、寝ててくれ」
クロウは倒れた男を跨いでシャッターに手を掛け、力任せに開けようと試みる。
バァン!とシャッターが派手な音を立てるがビクともしない。
内側から施錠されている。電子ロックか、物理錠か。
どちらにせよ、こじ開けるには数分のロスが生じる。
倉庫内から漏れ出る鼻をつくガソリンの刺激臭が、クロウの判断を早めた。
一刻の猶予もない。
「チッ、鍵を開けてる余裕はねぇか」
クロウは空から降り立った時に、倉庫に天窓が見えたのを思い出す。
クロウは頭上――倉庫の屋根を見上げた。
「なら、サンタらしく『煙突』からお邪魔するとしますか」
クロウはダクト配管に足をかけると、一気に屋根の上へと駆け上がった。




