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黒ノ聖夜 BLACK SANCTION  作者: さわやかシムラ


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黒ノ聖夜 BLACK SANCTION17

 倉庫に転がされた良子は、身体を動かそうと揺すってみる。

 だが、背中に通された長い鉄パイプに、手首と足首が結束バンドできつく固定されていた。

 背中が無理やり反り返り、腹を無防備に晒す屈辱的な姿勢だ。


 手足を懸命に動かしてみるが、結束バンドの角に擦れて皮がめくれ、痛みだけが手足に残る。


 そこでガラガラとシャッターの開く音――そしてガシャンとすぐに落とされる音が、倉庫内に鳴り響いた。

 良子はその音に身を強張らせた。心臓が、痛いほどに内側から強く胸を叩きつける。


「ふんふんふ~ん」

 音階を外した男の鼻歌が、背後から聞こえてくる。続けて、何かがゴトリと倒れる音。


 鼻を突き刺す強烈な臭気が、一気に倉庫を覆った。

 鼻の奥が焼けつくような刺激臭――ガソリンだった。


「んんん! んんー!」

 良子は身体を起こそうと必死にもがく。

 その声と音を聞きつけたのか、男の鼻歌がだんだんと近づいてくる。

 コツ、コツと硬い靴音が響き、良子の背後でぴたりと止まった。


「荷物、見させてもらったよぉ。ネットニュース『シティスコープ』の記者さんなんだねぇ。こんな遠いところまでよく来たねぇ」


 聞き覚えのない野太い声だった。

 男は良子の前に回る。薄汚れた作業着にニット帽。手には良子の手帳と、もう片手には赤い携行缶がぶら下がっていた。


「この手帳とパソコン以外、どこかにメモとか書いてない?」


 男はしゃがむと、良子の顔を覗き込むようにしてニヤリと笑った。


「あ、そっか。スマホの中ってこともあるか。ちょっと見させてもらうね? 指紋認証に顔認証、本人がいれば楽勝だもんねぇ」


 男は地面に転がしてあった良子のバッグからスマホを取り出し、良子の顔の前にかざした。


 ロックが解除される。

 ホーム画面の光が――男の薄汚れた顔を照らした。


 男の口笛が倉庫内に響く。

 そして男は良子の目の前でパイプ椅子を広げると、どかっと座り良子のスマホを触り始めた。


「ここ数日の通話履歴もこの辺りのアポどりだけみたいだね。連絡先も少ないし、キミ、友達いないんだねぇ」

 男はケタケタと笑う。

 親指で画面をフリックする音が、静かな倉庫にカサカサと響く。


「清田さんも災難だよねぇ。いらない物を見ちゃったかもしれないってだけで消されちゃうんだもんね。キミが関わらなければ老後も安泰だったろうに。あぁ、でもお金なかったか」


 男は画面から目を離し、わざとらしく天井を仰いだ。


「――ま、だからこそ、老後を悲観して焼身自殺ってことになるんだけどね」


 男は満足そうに頷くと、スマホの画面を消してポケットの中にしまい込んだ。


「SNSの更新もしてないようだし、結構結構。いいねぇ、おじさんお仕事が楽で助かるよ――で、もう少し確認したいんだけどさぁ」


 男は携行缶を揺らしながら、世間話でもするような口調で続けた。


「君さ、この他にデータとかどこかに隠し持ってない? ここにあるカバンとスマホとパソコンの中で全部?」

「んんー!!」

「あー、ごめんごめん」


 男は楽しげに目を細めた。


「もし正直に教えてくれたらさ、苦しくない方法、探してあげるよ。たとえば、煙を吸わせて先に眠らせてあげるとかさ。……生きたまま焼かれるのって、すっごく熱いらしいよ?」


 男の手が伸び、良子の口を塞いでいるタオルに掛かった。

 タオルが乱暴に引き下げられる。


「ぷはっ……! げほっ、げほっ!」


 強烈なガソリンの臭気が喉の奥に流れ込み、良子は激しくむせ返った。

 涙目で男を睨みつける。


「……はぁ、はぁ……。あ、あなた、こんなことして……タダで済むと思ってるの……?」


「おっと、質問に質問で返すのはマナー違反だなぁ」

 男は失望したように肩をすくめた。


「でも、その反応を見る限り、どこにもバックアップしてなさそうだね。嘘でもすぐに『どこかに隠した』って言えばよかったのに。――キミ、真面目そうだから、そういうの苦手なのかな?」


 男は立ち上がると、ポケットから百円ライターを取り出した。

「今後の人生の勉強になったね。嘘はつけばつくほどオトクだからさ」


 カチッ、カチッ。

 乾燥した音が数回鳴り、小さなオレンジ色の炎が揺らめく。


「さよなら、熱心な記者さん」

 男がライターを持った手を、放り投げようと振りかぶった――その時だ。


 バン! バン!! シャッターが外から揺さぶられ、叩きつけられるような音が響いた。


 男はすぐにライターの火を止めて、入り口の方を振り返った。

「……なんだ? 見張りの奴ら……じゃないのか?」


 急に静けさが戻ってくる。

 男が入り口を警戒してそっと身構えた。


「……おい、誰かいるのか?」


 返事はない。ただ、風の音だけが聞こえる。

 男が舌打ちをして、再び良子の方へ向き直ろうとした――その瞬間。


 ――バリィィン!!


 倉庫の天窓が、外側から派手に砕け、ガラスの欠片が光を乱反射させながら宙を舞う。


「サンタさんなら、煙突からってなぁ!」


 黒いサンタ帽に黒いレザージャケット、全身黒ずくめの男が、天窓から飛び込んできた。

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