表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒ノ聖夜 BLACK SANCTION  作者: さわやかシムラ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/29

黒ノ聖夜 BLACK SANCTION15

 倉庫整理を手伝ったあと、ホテルに戻った良子は着替えもせずにベッドへ沈みこみ、そのまま泥のように眠ってしまった。


 久しぶりの肉体労働で、全身にのしかかる疲労感。


 目が覚めたのは、カーテンの隙間から白々とした光が差し込む頃だった。

 鏡に映るボサボサに乱れた自分の髪を睨みつけると、良子は慌ててバスルームへ駆け込んだ。


 ――XX市に入って五日目の朝。


 良子はガラステーブルの上にノートPCと手帳を広げた。


 ――中学校の校長・伊東の話。


『どこの施設にも、同じだけの資材が大量に配られた』


 あの当時、学校だけではない。保育園や養護施設も。

 市からの「手厚い支給」があったと誰もが信じていた。

 それに協力する形で、市立病院の羽村院長が資材確保に奔走していた――それが、市民の認識だ。


 だけど、事実は違うかもしれない。


 良子は手帳のページをめくる。

 倉庫の棚裏から拾った、あの走り書きの紙片。


『羽村・寄付』

『支払 羽村先生 あとで精算』


 表向きは「市からの支給品」。その実態は「羽村の寄付」。

 ここまでは、美談で済む。

 だが、『支払』『精算』という言葉が、その美談に黒い染みを浮かび上がらせた。


「……おかしい」


 思わず声が漏れた。

 良子はPCの検索窓に『XX市 財政状況資料集』と打ち込み、エンターキーを叩いた。


 年度別のPDF。決算の概要、資料集、決算カード。

 良子は次々とファイルを開き、ページをめくっていった。


 そこには体裁が整った数字が並んでいた。

 もちろん何の違和感もない。――だからこそ、おかしい。


「……やっぱ変だよね」

 良子が清田のメモから感じた違和感を差し込める余地が、どこにもない。


 感染症対策関連のページで指が止まった。

 物資関係の支出が、良子が想像していたよりも遥かに大きい。

『物資の確保』『衛生用品等』『購入費』――項目はもっともらしいが、どれも金額が跳ね上がっていた。


 もし、物資が寄付で賄われたのなら、市の持ち出しは軽くなるはずだ。

 あるいは歳入に「寄付金」としての記載が出てくるだろう。

 けれど、ここにあるのは市が正規の予算で『購入した』実績だけだ。


 羽村が寄付したのであれば、大量の物資がタダで手に入ったはずだけど、市は巨額の金を払っていた。

 ――この金は、どこへ消えたのだろう。


「ネットで拾える『公表資料』じゃ、ここまでかな」


 良子はPCを閉じ、紙パックのカフェオレをストローで吸い上げた。


 表面の数字ではなく、その裏にある伝票を見なければ。


◆◆◆◆◆


 四日ぶりの市役所庁舎。

 ロビーには、例の展示が今日も鎮座していた。


『パンデミックを完封した奇跡の街XX市』


 整列した写真と、誇らしげなスローガン。

 良子はそれを横目に、迷わず受付へ向かった。


「すみません。決算関係の資料を閲覧したいのですが」

「決算、ですか……会計課になります。お名前とご用件をお願いします」


 受付の女性の視線に、わずかな警戒心が混じっていた。

 良子は構わず、愛想よく答えた。


「公開資料の確認です。ちょっと調べものをしていまして」


 案内されたフロアで閲覧手続きを済ませる。

 無機質な蛍光灯の下、渡された分厚いファイルが机に置かれた。


 良子はページをめくった。

 歳入。歳出。款。項。目。節。

 紙面に軽く目を走らせながら、目当ての項目に行き着くまで、絶え間なく指先を動かし続けた。


 ほどなくして求めているページが見つかった。


 感染症対策――物資配布に関する項目。

 そこには、ネットの資料で見た通りの巨額が計上されていた。


 問題は金額そのものではない。

 寄付の記載が一切なく、これだけの金を「使ったことになっている」ことだ。


 羽村が金を出して買った物資を、市が買い上げたのか。

 それとも、「市が買ったことにしている」のか。

 二重計上か架空発注の疑いが出てくる。

 架空発注だとした場合、巨額の金が「どこかへ消えた」ことになる。


 良子は手帳に挟んだメモを強く押さえた。


『支払 羽村先生 あとで精算』


 このメモに書かれたことが本当ならば、市の帳簿は嘘をついていることになる。


「……これ、内訳までは見られませんか?」


 良子は顔を上げ、カウンター越しの職員に声をかけた。

 若い男性職員は、張り付いたような笑顔で頷いた。


「こちらは公開資料ですので……。ただ、個別の支出先などの詳細は、規定により……」


「支出先の一覧、つまり誰にいくら払ったかが分かる契約書類はありますか?」


 単刀直入に切り込むと、職員の笑顔が固まった。

 視線が泳ぎ、口調が慎重になる。


「ええと……契約関係は、別の担当になります。確認しますので少々お待ちください」


 職員が奥へ引っ込んだ。


 大丈夫、想定通りだ。ここからが本番だろう。

 良子は小さく息を吐いた。


 待っている間に、手帳にページ番号と項目名を書き写していく。

 数字、年度、摘要。

 この「きれいな数字」の皮を一枚めくれば、腐った実が出てくるかもしれない。

 美しく描かれたこの街の『奇跡』は、大きく形を崩すことになる――。


◆◆◆◆◆


 数分後、職員が戻ってきた。手には申請用紙が一枚握られていた。


「申し訳ありません。契約の相手先が記載された資料については、閲覧するには申請が必要です。使用目的を確認したうえで、担当課での審査になります」


 やっぱり、すんなりとは見せてくれないか。

 良子は喉の奥の渇きを、つばと一緒に無理やり飲み込んだ。


 ただ、ここから先は、資料をめくれば済む話ではない。

 どうしても役所の堅い扉をこじ開ける手続きが必要になる。


「分かりました。その書類をください。まず、どこに出せばいいですか」


 震えそうになる指先に力を込め、良子はペンを握り直した。

 金の動きはもう掴んだ。

 次は、その金がいったい『誰に』流れたのか――。

 その先を確認しないことには『奇跡の街』を語ることはできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ