黒ノ聖夜 BLACK SANCTION13
XX市四日目の朝。
夜咎クロウはガンガン鳴り響く頭を抱え、よろめきながら街へ辿り着いた。
結局昨日の夜は――意気投合した天狗と一晩中、酒盛りを明かした。
天狗は「烏丸風之介」と名乗った。
消えた子どもの調査に来ていることを伝えると、手のひらを返したように烏丸に大歓迎された。
そして彼の『隠れ家』である『天狗の洞』へと案内された。
樹齢千年はゆうに越えている巨大な大木。その幹にぽっかりと空いた洞。
『幻想の者の隠れ家』には、招かれざる者が入れないのはもちろん、そこに『ある』と認識することすらできない幻惑が張り巡らされている。
今回は烏丸に招待されたことで、クロウも認識できるようになった。
ちなみに、クロウとクラウスが住まうサンタの部屋も同様に、普通の者には認識できない『隠れ家』となっている。
狭い天狗の『隠れ家』で、クロウは天狗秘蔵の日本酒をこれでもかと器に注がれ、そのたびに飲み干した。
「ぜひうちの子も探してほしい!」と肩を叩かれたが、クロウは「お前の子じゃねぇだろ」と呆れた調子で返した。
その後は酔いに任せて互いの技を褒めあったり、互いにスマホを取り出して連絡先の交換をしたりしていたが、ある時点から、ぷっつりと記憶が途切れている。
――そして、朝である。
気付けばクロウも烏丸も地面に這いつくばるようにして寝ていた。
目覚めは最悪。二人とも頭痛に頭を抱えるありさまだった。
そしてクロウは挨拶もそこそこに別れてきたのだった。
「気持ちワリィ……」
公園の公衆トイレ。
手洗い場の蛇口からは、身も凍えるほど冷たい水が流れ出す。
クロウはそれで顔を洗い、口をすすいで、なんとか意識をはっきりさせた。
「とりあえず『幽霊先生』ってのが何かハッキリさせたいな。幽霊って言うぐらいだから、どっかで人死にがあってマジモンの幽霊となっているのか――幽霊を語った人間のどちらかなんだが」
口元を手の甲で拭いながら「とりあえずコンビニだな……」と小声でつぶやいた。
◆◆◆◆◆
手近なコンビニで生薬成分配合の胃腸薬を購入し、店外のゴミ箱脇でグイッと一気に飲み干した。
即効果があるわけではないが、飲んだという事実でクロウは気分が少し楽になった。
「しっかし……『幽霊先生』ってどうやって探せばいいんだ……?」
今ある情報だと、刈り上げの不良少年から聞いた噂だけ。
せめてその幽霊の出没エリアだけでも絞り込めればいいのだが、市内全域となれば範囲が広すぎる。
まさに雲をつかむような話だなと、クロウは空の雲に向けて手をぐっと握り締めた。
とりあえず情報をもっていそうな子どもを探しているが、そもそも平日昼間に出歩いている子どもがいなかった。
かと言って学校に乗り込むわけにもいかず、目的もなくフラフラと歩いているうちに気付けばアーケード商店街に辿り着いていた。
ほとんどシャッター商店街の様相ではあるが、惣菜屋や八百屋、タバコ屋に文房具店といった一部の店は営業しているようだった。
クロウはダメで元々を覚悟に、一軒ずつ買い物をしながら話を聞きまわった――「最近幽霊みませんでした?」と。もちろんどこでも怪訝な顔をされた。
クロウの手元のビニール袋にはコロッケにとんかつ、長ネギにきゅうり、ノートに万年筆と、よくわからないものが増えていった。
手荷物は、あとで亜空間へとつながる『サンタの袋』に入れるとして、それよりもクロウは自分の財布に入っているお金のことを思い描いていた。
「……あとでクラウスに精算してもらおう。ギリ……クリスマスプレゼントに使える、よな?」
笑顔を引きつらせながらタバコ屋の前で足を止める。
「タバコは、さすがにプレゼントには無理があるか」
そうは思ったが、念のため店主の話は聞いておきたかった。
白髪を頭に撫でつけた高齢の男性店主がタバコをくゆらせながら、椅子に座って新聞を読んでいた。
そこへクロウが声をかける。
「グランドエイトひとつちょうだい」
自分で吸うわけでもないので、とりあえず知っている銘柄を口に出した。
見かけない顔の客に、店主は眉を寄せると不愛想に「はいよ」とだけ言うと、タバコを口にくわえたまま、棚から白い箱を取り出した。
「なあ、爺さん、最近この辺で『幽霊』みなかった?」
クロウが小銭で支払いながら、軽いトーンで声をかけた。
店主はぴたりと手を止めると、鼻から煙を吐き出し、タバコを灰皿に押し付けた。
「なんだ? あんたもどっかの記者さん? 三日前にも記者とかいう人が話聞きに来たけど、何か流行ってんの?」
クロウの頭には良子の姿が思い浮かぶ。「アイツやっぱ何か探ってやがんな」と心の中で文句を垂れる。
「いや、まぁそんなとこ。最近この辺りで家出する子どもたち多いっしょ? その事件にどうも『幽霊』が関わってるって聞いてさ」
「バカバカしい。子どもをさらう『幽霊』だって? あんたオカルトの記者さん?」
つまらない質問に店主は苛立ちながら新しいタバコに火をつけた。
「いやいやそれがバカにできなくてさ。笛の音がするとどこからともなく『幽霊先生』が現れて子どもたちをさらっていくって言う噂があるんだよ」
「そうかい。でも儂はそんな話は聞いたことないね。その『幽霊先生』ってやつが気になるのなら、病院にでも聞き込みにいったらどうだ」
店主はまくし立てるように一息でそう言い放つと、話を断ち切るように、新聞を開いてカウンターの戸を閉めた。
「ふぅん……。じゃあ、せっかくだし、そうすっかな」
クロウは店主の対応を特に気にする素振りも無く、抱えていたビニール袋を『サンタの袋』にしまい込むと、スマホで手近な病院の位置を調べ始めた。
そして、クロウは素直に数件、病院を巡った。
受付のガラス越しに「ご用件は」と問われて、「『幽霊先生』って知りませんか」と言った瞬間、空気が冷えた。
困った笑顔、視線の逃げ方、そして決まり文句。
『業務の妨げになりますので』
どこも同じだった。――当然といえば当然の結果だ。




