黒ノ聖夜 BLACK SANCTION11
ビジネスホテル・ルミナリエXX。
XX市に到着してから四日目の朝。
良子はダブルベッドを独り占めすることにも少し慣れてきており、手足を伸ばして広々と寝られることに「悪くないね」と独りごちた。
ガラステーブルの上にノートPCと手帳を広げ、コンビニの袋もテーブルに置いた。
昨日は、伊東への取材のあと、良子は養護学校や保育所など数件足を運んでいた。
門前払いももちろんあったが、運よく関係者を捕まえることができて、立ち話のように話を聞くことができたところもあった。
サンプル数は少ないが、各所に「一定数量の資材」がほぼ間違いなく投入されていたことがわかった。
ビニール袋が、かさりと鳴った。
良子はメロンパンを取り出し、小さくちぎって口に放り込んだ。
「じゃあ、次は……」
良子はノートPCの検索窓に『パンデミック 物資 協力企業』と打ち込んだ。
市の広報ページがいくつかヒットした。
そのうちの一本、『市内企業と連携した物資供給の体制』というPDFに目が止まった。
「はい出ました、いかにもなタイトル」
軽口をこぼしながらスクロールしていくと、文末近くに協力企業の一覧があった。
大手物流会社。隣県の卸会社。
そして、市内住所付きの小さな社名。
『キヨタサプライ(衛生・防疫資材卸)』
「キヨタサプライ……ね」
特に理由があったわけではない。それでも――その名前に、ペン先が一瞬だけ止まった。
急な要請にも対応してくれそうな「市内の小さい業者」という条件には一番しっくりくる。
社名で検索し直すと、地図アプリに倉庫街のピンが出た。
横には『閉業の可能性があります』の注意書き。
「現役バリバリの会社よりは、むしろ話を聞きやすそう」
概要ページの端に残っていた代表番号に、電話をかけた。
『はい、清田です』
少し掠れてはいるが、低く落ち着いた男の声だった。
「あ、突然すみません。ウェブメディア『シティスコープ』編集部の園辺と申します。五年前のパンデミック対策で、市の資料に御社のお名前がありまして、取材の件で――」
簡単に名乗って用件を伝えると、受話器の向こうで小さなため息が落ちた。
『ああ、その頃の話ですか。
今はもう会社としては畳んでいまして……兄が代表だったんですが、いなくなってからは自分が倉庫の片付けだけ任されてる感じで』
「倉庫、片付け中なんですね」
『はい。アクリル板とかパーテーションとか、兄がかき集めてた在庫と、伝票のダンボールと……。正直、中身もよく分かってないんですがね』
良子はペンを握り直した。
「もし差し支えなければ、その伝票類を少しだけ見せていただけませんか。
廃棄予定のものなら、片付けを手伝いますので」
短い沈黙のあと、男が苦笑する気配が伝わってきた。
『……まぁホントはダメなんですけど、手伝ってくれるなら、助かります。どうせ私ひとりでは終わりそうもないので』
「では、お手伝いいたしますね。住所を教えていただけますか」
倉庫街の地名と番地、最寄りのバス停をメモに走り書きした。
『きれいな場所じゃないですけど……気をつけて来てください』
「こちらこそ、急にすみません。ありがとうございます」
通話を切ると同時に、良子は小さく息を吐いた。
手帳の今日の日付の横に、
『キヨタサプライ(衛生・防疫資材)/倉庫片付け手伝い→伝票チェック』
とメモを書き足した。
「さーて、何か面白いものあればいいけど」
テーブルの上のノートPCをぱたんと閉じて、良子は着替えに立ち上がった。




