【登場人物一覧】
【主人公】
■ 中神柚
十四歳、女性。
主人公。東京都昭島市にある祖母・梅の家に居候し、近隣の市立邸中学校へ通う少女。室町幕府の御供衆・来栖家の直系の末裔である。耳の下あたりで二つ結びになっている髪がチャームポイント。リボンの色は黄色。
幼い頃に気管支喘息を患っており、激しい運動をすると息切れを起こしてしまうため、体力や運動能力が著しく劣っている。反面、自宅学習にはそれなりに取り組んできた実績があり、秀才タイプではないものの勉強はできる。苦手科目は古文や歴史、体育の実技。料理や工作はそれほど得意ではなく、小さい音量ではあるが真っ直ぐに澄んだ声の持ち主である。
体力がないばかりに、かつて外遊びのたびに周囲に迷惑をかけてきたことを悔いており、友達と仲良く遊ぶこと、ひいては深く関わろうとすることを恐れていた。そのため安心して心を委ねられるような友達がおらず、頻繁に強い孤独に苛まれては、孤独を埋めてくれる存在をいつも希求していた。基本的には遠慮がちで控え目な性格であり、また温厚で心優しい。曲がったことをするのは好きではなく、言動に筋の通っている人に好意を抱きがち。
転校前の中学校や小学校では、前述の理由により友達がほとんどいなかった。名前は黄色のイメージであるが、梅からは「桜色が似合う」と評される。同級生の梢からは特に目をかけられている節があり、樹との関係は恋仲に発展した。本人がそれを知る機会はほとんどないが、担任の上川原や校長・柾にも何かと心配をされている。唯一、春待桜に取り憑いた武者の神と話すことのできた人物でもあり、武者の願いを叶えるため春待桜の開花に力を尽くす。
気管支喘息の治療のため、実家のあった東京都中央区から拝島に移り住んできた。しかし実際に患っていたのは肺がんであり、複数回にわたって発作を起こした挙げ句、大量の喀血のために意識不明の重体に陥ってしまう。第一発見者となった樹の気道確保や迅速な救急搬送もあって一命をとりとめ、現在は肺がんの治療に尽力している。その間、樹らの懸命の努力によって春待桜は無事に開花し、柚の願いは叶えられた。邸中学校の閉校後は市内南部の市立緑中学校に転校している。
■ 宮沢樹
十四歳、男性。
主人公。昭島市西部一帯の地主であった宮沢家の長男で、近隣の市立邸中学校に通う少年。室町時代の国衆・松原家の直系の末裔である。スマートな体型の持ち主だが、仏頂面が多く、笑顔を見せることは滅多にない。
学問、運動神経、体力のどれを取っても合格レベルのものを持ち合わせているが、それらは相応の努力のもとに培われたものであり、本人はそのことを誇ろうとしない。努力の過程を見られることをあまり好まず、試合などに呼ぶのも気を許した相手だけ。得意なスポーツはテニスで、中学校のテニス部のほか外部のテニススクールにも所属している。祖父が校長を勤める邸中学校への進学を嫌がり、中学受験をしたいと申し出て、両親に敢えなく却下されたことがある。
家が裕福であるのをいいことに贅沢三昧の堕落した日々を送る両親を見て育ったため、遊ぶという行為に恐れにも似た拒否感を抱き、自分がしっかりしなければならないという観念に囚われてきた。勉強やスポーツに必死に打ち込むことで不安を解消してきた反面、遊びを極度に敬遠したために友達がおらず、他者との距離を縮めるのが苦手。そのため、生真面目で協調性がないという印象を持たれがちだが、その裏では常に寂しさに胸を痛め、理解者になってくれる人を求めていた。
日頃の態度ゆえにクラスメートたちから嫌悪され、特に殴って泣かせたことのある梢からは明確な敵意を持たれている一方、担任の上川原からはその才能に一定以上の評価をなされてもいる。両親や祖父・柾との関係も悪く、また宮沢家で唯一、家政婦の朝日を「さん」の敬称付きで呼んでいる。柚に対してだけは徐々に心を開き始めており、その過程で柚の感情を受け入れ恋仲になった。
柚の『調べもの』を手伝う中で多くの知見を得、柚が意識を失ってからは代わりとなって春待桜の開花に奔走する。邸中学校の閉校後は市内中央部の中学校に転校している。
【中神家】
■ 中神梅
八十代、女性。
柚の父方の祖母。拝島に在住、旧姓は田中であり、既に夫を亡くしている独り暮らしの老婆。柚と同じく来栖家の血を引いている。
京都出身の父親と、岩手・岩泉出身の母親を持つ。柚と同じ十四歳の前後に先の大戦を経験しており、数年間の岩手への疎開生活を経ているが、以降はずっと拝島に住んでいる。老齢ながら家事を難なくこなし、特に京風の食材を好んで使いがち。クロスワードパズルの趣味を持つほか、最近の楽しみは柚の制服のほこりを払ってきれいにすること。
戦時中、遠方への疎開のため、想いを寄せていた宮沢柾と強制的に離ればなれになり、ひどく傷付いた過去を持つ。また、空襲で母親以外の家族をすべて失っており、戦時中の記憶と向き合うことに苦痛を覚えている。春待桜の開花を目の当たりにした人物の一人であり、その開花を「桜の雨」と形容した。
かつての想い人であった柾のことを忘れられず、その背中を見つめながら歳を重ねてきた。それゆえ、今の感情は恋愛ではなく「生きる希望」であったと語る。また夫を亡くして以後、寂しい独り暮らしを続けてきたことから、孫娘の柚を家族に迎え入れることを嬉しく思っており、同時に何があっても守らねばならないと決意を固めてもいる。そうした責任感の強さのため、柚に迷惑をかけてしまった折にはひどく落ち込み、謝罪を繰り返してしまう。
階段から落下したことで骨粗鬆症が原因の怪我を負い、一時は入院治療の憂き目に遭い、その間に柚が倒れてしまったことで失意の底に沈んだが、やがて樹の説得に心を動かされ、その奔走に助力を試みることとなる。
■ 父
四十代、男性。
柚の父親。拝島の梅の家で生まれ育ち、現在は東京都心の企業に勤めるサラリーマン。
仕事の忙しさゆえに柚を拝島にほとんど連れていったことがなく、会う時はたいてい梅の方が都心へ出向いてきていた。幼い頃は洋食を好み、梅の純和風の食生活への文句が多かったという。拝島への在住経験から、新たな生活環境がそれまでとは違うものであることを柚に説き、注意を促しつつも励ましている。
■ 母
四十代、女性。
柚の母親。父とともに柚に拝島への移住を提案した人物。
やや心配性の卦がある。
【宮沢家】
■ 宮沢柾
八十代、男性。
樹の父方の祖父。拝島の大地主・宮沢家の主にして、臨時再任用で昭島市立邸中学校の学校長を勤める老人。樹同様、室町時代の国衆・松原家の血を現代に継ぐ人物である。
基本的に拝島を離れて生活したことがなく、十四歳の頃に戦争を経験。梅と同じく春待桜の開花を目にした、数少ない人間の一人。かつて梅に恋慕の情を抱いていたが、空襲で梅が絶命したと聞かされ、実際には生存していることを知らぬまま数十年の時を生きてきた。現在は妻を亡くし、息子夫婦・孫の樹と三世代同居中である。
梅との約束の場所である春待桜に特別の念を抱き、その枯死を回避しようと懸命に立ち回っている。教師として邸中学校に赴任したのも春待桜のためであり、梅との思い出に七十数年にわたって囚われ続けてきた。また、忙しない教師生活が長かったゆえに息子にきちんと目を配ることができず、浪費家に育つのを防げなかったことを後悔している。大きな喪失を経験したことで、諦めるという行為に慣れているが、春待桜に関してはいっこうに諦めることができていない。柔和な性格の持ち主で、怒鳴られたり手を挙げられたりしても決して怒らず、やや自虐的な一面も持ち合わせている。
春待桜への思いに共感を寄せてくれた柚をやや特別視している節があり、また樹に対しては家族としてもう少し上手く付き合いたいと考えている。配下の教師たちや生徒たちを大切に思っており、まめなコミュニケーションを怠らない。
春待桜の枯死を防いでくれる業者の探り当てには失敗するが、その懸命な背中が柚や樹を衝き動かし、最終的には柾の存在そのものが春待桜の開花要因となる。
■ 両親
樹の父と母。双方ともに四十代。
宮沢家の所有していた広大な土地の多くを売り払い、手にした多額の金で遊び歩く浪費家。高級車を乗り回しては『出張』と称して旅行に赴くなど奔放な日々を送っており、家事には全く関心を示さず、あまつさえ一人息子の樹の育児すらベビーシッターに任せきりにするなど、親として最低レベルの人間である。
浪費家の一方で、自分たちの利益にならない出費はことごとく渋ろうとする。樹からは「あいつら」呼ばわりされるなど激しい嫌悪を抱かれ、柾には諦観の目で見られているが、本人たちがそれを意に介したことはない。
■ 朝日朱
三十代、女性。
宮沢家に勤める家政婦。勤続年数は長く、樹は幼少期の頃から朝日の働く姿を見てきている。
宮沢家の家事のすべてを担当しているため、場合によっては樹たち以上に家のことを熟知している。帰宅時間を把握して食事を用意したり、自動車を回して樹を送迎するなど、職務に忠実で丁寧な人物である。
樹からは「朝日さん」と敬称付きで呼ばれているものの、本人は遠慮から呼び捨てにされることを望んでいる。
【邸中学校二年A組】
■ 福島梢
十四歳、女性。
柚のクラスメート。ショートカットのさっぱりした髪型が特徴の、活動的な少女。
邸中学校生徒会に所属し、部活動には参加していない。運動や遊びが大好きで、特に走りに関しては優秀。一方で勉強はそこまで得意ではない。
「春待桜のある校庭で一緒に走り回った人のことは誰だって仲間」をモットーに、樹以外のすべてのクラスメートたちと仲良く、下の名前で呼ぶなど良好な関係を築いているほか、転校生の柚に対しても当初から深い関心を寄せ、今ではすっかりお気に入りのような扱いをしている。桜色の制服に人一倍の愛着があり、同じ制服を着て遊ぶことにこだわりを持っているが、春待桜の伝説に関しては知識をほとんど持っていない。
誰かと敵対することを望まない、『寂しがり屋』。小学校以来、樹との仲を縮められないことに葛藤してきたが、決裂が決定的になってしまって以降はそれが憎しみへと変わり、周囲の仲間たちをも憎しみの渦の中へ引きずり込んでしまった。しかし心の奥底では、樹と和解できることを願い続けている。
自己犠牲に走りがちな面があり、大役や面倒を引き受けてしまいやすい。卒業歌『桜庭』の作詞や台詞の考案において重要な役割を占め、樹との仲直りを遂げて以降は樹の春待桜開花への努力に手を貸すこととなる。樹と同じ学区のため、邸中学校の閉校後は市内中央部の中学校に転校している。
■ 築地林
十四歳、男性。
柚のクラスメート。樹と同程度の身長ながら、肩幅の大きくがっしりとした体躯が特徴の少年。
合気道部に所属し、有段者の実力を誇る。期末試験前に徹夜で勉強に臨むなど、学習面はやや苦手。毎日のように放課後も部活があるため、なかなか遊びにいく時間が取れないことが悩みの種である。オカルト趣味があるらしく、春待桜の伝説についても委細まで知っていた。
クラスメートたちと気さくに接し、柚の抱えている思いを見抜くなど他人の感情に敏感。それゆえ誰に対しても仲が良く、信頼されている。
武道をやっていることもあって、争い事を嫌う穏やかな性格であり、喧嘩が起きると間に割って入りがちである。その一方、梢たちの影響を受け、樹に対しては何となくかかわり合いを避けてきたが、柚にその旨を指摘されて以来、自分のしてきたことは正しかったのかと悩み続けていた。
柚を失って以来、閉校式の準備にも心が入らず呆然と日々を過ごしていたが、ひとり準備に励み続ける樹の姿に胸を打たれたことで、クラスで唯一、樹のことを擁護。その和解を助け、さらには春待桜の開花への奔走を手助けする。柚と同じ学区のため、邸中学校の閉校後は市内南部の市立緑中学校に転校している。
■ 上ノ台棗
■ 下林杏
ともに十四歳、女性。
柚のクラスメート。梢とともに頻繁に行動している友達で、柚とも仲がいい。棗の一人称は「うち」、杏の一人称は「わたし」である。
部活には入っていないため、放課後はたいてい暇そうにしているか遊びに出掛けている。棗は気まぐれな性格、杏はおっとりとした性格の持ち主で、まれに柚を優遇し過ぎる梢への愚痴を漏らすこともある。
■ 谷下楯
■ 和田橋桂
■ 北泉梗
ともに十四歳、男性。
柚のクラスメート。林と仲が良く、体育のマラソンの際には一緒にグループを作って走っていたりする。楯の一人称が「おれ」、桂の一人称が「僕」、梗の一人称が「俺」である。
ノリや楽しさを重視しがちではあるが、クラスメート思いの優しさも持っている。樹の謝罪の時には擁護した林と対峙するなど、完全に考え方が一致しているわけではない。
【邸中学校教師】
■ 上川原格
三十代、男性。
柚のクラスの担任。古文や歴史の授業を受け持つが、本来は国語の教師。背が高く、声が低いのが特徴で、字はやや雑である。クラスメートをまとめて呼ぶ時の呼び名は、決まって「お前たち」。
日本史を専門とし、古書はもちろん崩し字で書かれた文献をも判読が可能である。樹を除くクラスメートたちに人気があり、何かとからかわれたりいじられる対象にされている。人の少ない学校図書室で、静かに読書に勤しむのが日課。校長や副校長など目上の存在を除けば、基本的には敬語を使わずに他人と接している。邸中学校の古びた風情や穏やかな雰囲気を好んでおり、閉校や春待桜の伐採を心底残念がっていた。
樹がクラスメートと上手くいっていないことを密かに憂え、たまに声をかけては様子を見ていたが、樹からは「お節介」と断じられてきた。転校生の柚を樹の隣の席にしてしまったことで、様子見の目は柚にも向いている。柚と樹が手を取り合って古書の読解をしているのを知った時は驚きを隠すことができず、また柚が倒れた際には強い自責の念にかられてもいた。その一方、生徒たちの問題は生徒が自力で解決することを望み、樹に対しても和解の『場』を用意するのみで終わらせるなど、一歩離れた場所から生徒を見守るスタンスを貫いている。何だかんだと生徒思いの人物である。
樹の実力を買っており、樹に無茶な依頼をされても黙って頷いている。結果、閉校式当日の樹の動きをスムーズにすることに成功し、間接的に春待桜の開花に貢献した。邸中学校の閉校後は、隣接する立川市の中学校に異動した。
■ 栗沢梓
二十代、女性。
柚のクラスの体育の授業を担当する教諭。赴任二年目の新米教師で、担任のクラスはない。担当科目の都合上、ジャージ姿の日が多いのが特徴。
いつか自分のクラスを受け持つのが夢で、担任クラスのある上川原に羨望の眼差しを向けている。ブローチを付け忘れて会議に遅れかけるなど、新米ゆえに抜けている点も多い。
自分の担当したクラスの子を大事にしており、時には手抜きを見かけて怒ったりする一方、二年A組の生徒たちを「よく走る子たち」と褒め称えた。場合によっては保健室へ連れて行くなど、『喘息患者』の柚に対する配慮も行き届いている。邸中学校の閉校後は、隣接する福生市の中学校に異動した。
■ 小荷田柳
四十代、男性。
柚のクラスの音楽の授業を担当する教諭。全体での集まりの際には吹奏楽部とともにピアノを弾くなど、学校行事において重要な役割を持っている。
作曲も手掛けることができ、生徒会と共同で卒業歌『桜庭』を制作したほか、間奏部の台詞を読ませるに相応しい声の持ち主を選抜する作業にも携わった。柚の声を「声量は小さいけど、まっすぐに澄んだ声が素敵」と評価している。
■ 副校長
五十代、男性。
温厚でおっとりしている校長・宮沢柾とは相対的に、規律に厳格な人物。
【その他の人物】
■ 美堀槇
四十代、女性。
緑街道沿いの肉屋『美堀精肉店』の店員。自身も邸中学校の出身であり、邸中学校の生徒を見かけると無料でコロッケを提供するなど、ついつい贔屓してしまいがち。春待桜の存在に愛着を持っている。
■ 経塚朸
七十代、男性。
中神家の最寄りで『拝島緑内科医院』を営む、高齢の内科医。専門外の症状だからといって拒むことをせず、深夜の診療にも対応するなど、地域医療の担い手として優秀な存在である。
夜中に発作を起こし意識を失った柚に対して「貧血」との診断を下し、発作時の鎮静剤などをたびたび処方したが、柚が実際に患っているのが気管支喘息でなく肺がんであることには気付くことができなかった。
■ 新畑柑
四十代、男性。
柚の主治医。拝島最大の医療機関『拝島松原玉州会病院』に勤務し、呼吸器内科に所属する。救急搬送されてきた柚の容態を重く見、その症状が気管支喘息ではなく肺がんのものであることを看破した。
■ 堀向桃
三十代、女性。
『拝島松原玉州会病院』勤務の看護師。柚の入院生活を管理するプライマリーナース。
意識喪失から目覚めた柚を真っ先に見つけたものの、病室から逃げられてしまう。樹との関係を面白がっている節がある。
【故人】
■ 田中朴
梅の父親。昭和飛行機工業に勤務する職員で、梅が十三歳の時に拝島へと移り住んできた。出身は京都。
戦時中、米軍の重爆撃機が投下した爆弾が自宅を直撃したために、家族もろとも命を落としている。
【室町時代関連】
■ 松原柄命
拝島を勢力圏としていた室町時代中期の国衆・松原家の三代目当主だった人物。実際には当主であった期間はほとんどなく、弟の桐命が松原家を継いでいる。
病弱な人物として知られ、武芸の類いは決して得意ではなかったが、学問や芸術の才覚に恵まれていたほか、『晃拝道』と呼ばれる呪術に通じていたという。また心優しい性格の持ち主で、配下の侍や農民に親しくすることを怠らず、信頼の篤い人物であった。
来栖家の一人娘・杳に惚れ込み、ともに親密な関係を築き上げるが、永享の乱の勃発に巻き込まれたことで離ればなれになってしまう。その際、春待桜に呪いをかけ、戦いから戻ってきた後に春待桜の下で絶命する。
■ 松原柘命
柄命の父親にして、松原家の二代目当主。身体の弱い息子を大切に育て、特に学芸を丁寧に教え込んだ。
鎌倉公方・足利持氏に与する立場でありながら、幕府直属の使者として拝島を訪れた来栖樂久を歓待する。この縁が両家を結ぶこととなるが、永享の乱の際には鎌倉公方側につくことを決め、柄命を伴って出陣。分倍河原の戦で命を落とす。
■ 松原桐命
柄命の弟。年齢差は十歳以上に及び、永享の乱の開戦時点で僅か四歳であった。
あまりにも若年であったために永享の乱では戦に参加せず避難していたが、このことが結果的に松原家の血を後世まで繋げることとなった。
■ 松原枢命
松原家の五代目当主。
室町時代の拝島を描いた貴重な資料として後世重宝されることとなる、『枩原伍代録』の執筆者。
■ 杳
室町幕府将軍直属の臣下・御供衆の一員を務めた、来栖樂久の娘。
美貌と才覚を兼ね備え、貰い手に事欠かないほどの女性であったが、遥か遠方の東国に住む松原柄命に想いを寄せ、身体の弱い柄命に成り代わって何度も拝島を訪れた。
永享の乱の終結後、柄命が死亡したことに絶望し、春待桜に新たな銘を与え、その木の下で自身も命を絶つ。
■ 来栖樂久
永享の乱当時の来栖家当主。
馬術の腕前を高く評価されており、京の幕府と鎌倉の関東管領を結ぶ密使に抜擢された。その際、京の高僧から滞在先として拝島の寺院を紹介され、拝島を訪れることとなる。
手塩にかけて育てた愛娘・杳の婿入り相手を探しており、松原柄命を射止めたが、永享の乱によって二人とも失うという惨劇に遭う。
■ 来栖集久
杳の兄。樂久の後を継ぎ、来栖家の当主となる。
永享の乱の後、京で発生した嘉吉の乱の平定において大きな戦果を残し、『時房日録』に来栖家の名前が載るきっかけとなる。
■ 桜の武者
松原柄命により使役され、春待桜に取り憑いた『司者』。陰陽道における式神と同様の性質を持つ低級神である。
往時の侍の格好をしており、基本的に室町当時の話し言葉でしか話すことはないが、周囲で人々の話に耳を傾けてきたため現代語を聞き分けることは可能である。雨天の夜のみ、特定人物の夢ないし幻覚に姿を現し、語りかけたり会話を持つことができる。
長い年月を経ているがために、己が誰によってどのような銘を預かったのかを忘却しており、柚にその真相究明と開花条件の達成を依頼する。
【追記:本作における名付けのルール】
作者・蒼旗悠は、舞台に選んだ都市の地名を登場人物の苗字につけがちなのですが、本作『桜の雨、ふたたび』でも例外なく地名を採用しています。
「中神」「宮沢」「松原」「福島」「築地」「上川原」「朝日」「田中」「美堀」は、市内の大字から。「中神」はJR中神駅やJR東中神駅などに見かけることのできる地名ですね! また作中でも言及のある通り、邸中学校のあるあたりの地名は実際の昭島市でも「松原」です。
「栗沢」「新畑」「小荷田」「上ノ台」「下林」「堀向」は市内の旧地名(小字)から。いまも公園の名前として残っているものがあったりします。「北泉」「和田橋」「経塚」「谷下」は、市内の交差点の名前から。
そして、春待桜伝説の発端ともなった京都の名家・来栖氏ですが、こちらには特に地名の由来はありません。「来」「栖」はどちらも木を部首に持つ漢字で、後述の名前決めルールに従って用意した苗字になります。
次に名前ですが……すでに命名規則に気付いていらっしゃる方はどのくらいいるのでしょうか?
本作では登場人物の名前は原則として「木へんの漢字一文字」を用いています。「柚」「梅」「梓」といった植物の名前から、「樹」「梢」といった樹木の部位名称、さらには「林」「格」といった木に関連する名前まで……。六百年前の登場人物に「杳」がいましたが、これも部首が木の漢字で、字義には作中でも述べられている通り「はるかに遠い」といったものもあります。
例外は室町時代の男性登場人物。松原氏の人物は漢字一文字に「命」、来栖氏の人物は「久」を追加して、それっぽくしてみました。当時の男性の名前で漢字一文字というのは聞いたことがなかったもので……。




