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桜の雨、ふたたび  作者: 蒼原悠
肆 ブロッサム・プロミス
63/69

幕間 ──永遠の約束──







「────けほけほっ……ごほ、っ」



「…………」



「……ごめん。ちょっと咳、出ちゃった」



「謝んなよ、そんなの気にしたりしないから。……それより、その、今の話」



「まだ分かんないんだって。転移のスピードは落ちてきているから、治療の効果は出てるのかもしれなくて」



「でも……症状、良くなってないんだろ」



「うん……。っ、げほっ」



「言ったそばから……。あれだよ。長くしゃべろうとするときっと、喉に良くないんだよ」



「……そうだね。大人しく、してなきゃ。胸もちょっと痛いし」



「うん」



「…………」



「……俺がいると、ゆっくりできないか」



「…………」



「今日は、もう──帰るよ」



「……そっ、か」



「うん……」



「それじゃ、また明日……かな」



「明日は来れねえかも。部活、あるから」



「……そっか。そうだよね」



「ああ。……じゃ、な」



「…………」



「…………」



「…………」



「…………」



「……ねぇ、樹」



「……うん」



「……ずっと、言い出せなかったこと、あってね」



「何だよ」



「聞いてくれるの?」



「……当たり前じゃん。何言ってんだ」



「だよね……。ありがと」



「うん」



「……あのね。私、もうずっと先まで、こんな感じに入院生活、送ることになるんだと思うんだ。息も苦しいし、胸も頭も痛むし、今だって時々……血とか、吐くし」



「…………」



「いつ、また、血を吐いて倒れて、樹に迷惑かけちゃうかって思ったら、なんか……怖くて」



「……怖いなんて、そんな」



「ねぇ。私、樹に迷惑、かけてないかな。こうやって何度も病院に足、運んでもらって、話を聞いてもらって……。だけど病院暮らしの私じゃ、樹に何も、してあげられない……」



「柚」



「私、ぜったい、樹の重石(おもし)になっちゃってる」



「…………」



「……私の身体が弱いの、今に始まったことじゃ、なくて。小学校の頃も、前の中学の時も、いつも外遊びしようとすると息切れして、体育のたびに倒れかけて、そのたびにみんなに、たくさん迷惑、かけてきた。……樹には今までこの話、したこと、なかったよね」



「…………」



「前の中学でも小学校でも、いつも一緒に遊べて仲のいい子なんか、誰も、いなかった。だからね、ひとりぼっちは私、慣れっこだよ」



「……柚、お前」



「私のことは、心配しないで大丈夫だから。……別れてくれたって、いいんだよ。デートのひとつもできない、もしかしたら一生寝たきりかもしれない私のこと、いつまでも彼女扱いしてくれなくたって……」



「…………」



「あの桜を咲かせた時、さんざん、私のわがまま、聞いてもらったもん。次くらい、樹の好きなようにしてくれて、いいよ」



「……本気で言ってんのかよ。それ」



「本気、だよ」



「…………」



「……うん。ほんき」



「…………」



「…………」



「…………」



「……樹……?」



「……ごめん。俺ならまだしも……柚の口からそんな台詞を聞くことになるなんて、思ってなくて」



「…………」



「俺だって、ずっと、不安だったのに」



「不安、って」



「不安に決まってんだろ。俺が他のやつらに嫌われてることなんか、俺自身、よく分かってたし……。俺と付き合うってことは、その……お前をその嫌悪に引きずり込んじゃうことになる、って」



「そんな。私」



「もしもお前があいつらに嫌われたら、俺のせいだ……なんて思ってたくらいなのに」



「…………」



「お前まで……」



「…………」



「…………」



「…………」



「……別れた方がいいのかな、俺たち」



「…………」



「…………」



「……やだ」



「…………」



「やだ。()だよ……」



「…………」



「せっかくこんなに仲良くなれたのに、素直に心を開ける人になれたのに……別れるなんて……っ……」



「柚…………」



「ごめんね……。これじゃ……さっきと言ってること、真逆になっちゃうっ……。でもお願い、分かってよ……私そのくらい本気で、樹のこと、好きだったんだもん……」



「柚────」



「でも分かってるのっ……。このままの関係でいたらきっと、樹に迷惑、かけちゃうってっ……だから、だから」



「もうやめろ」



「!」



「もう、やめろ」



「──待って、なんでそんな、突然」



「…………」



「そんなきつく抱き締めないで……苦しいよ、樹……っ」



「もう二度とそんなこと口走らないって誓うなら、離す」



「え…………」



「お前なんかに分かるもんか。お前と、柚とこういう関係になれて、どれだけ俺が救われたかなんて……。お前と違って俺、普通の友達だっていなかったんだからな。お前しか、いなかったんだから……っ」



「……たつ……」



「家にも学校にも街にも……俺に味方してくれる人間なんか、どこにもっ……」



「…………」



「……今だって、そうだよ。俺の親、バカみたいな浪費家でさ。家の財産を自分たちの楽しいことに使いたい放題、やりたい放題で、俺のことなんていつもほったらかしだ……。俺がしっかりしなきゃ家が潰れる、終わりになるって、そればっかり考えて……生きてるんだ」



「……だから、あんなに、勉強を」



「他の理由なんてあるかよ。……だから遊べなかったし、遊ぶのも怖かったし、今も……」



「…………」



「…………」



「……ごめん。ごめんね。そんなこととは知らずに、今まで私──」



「話さなかった俺が悪いんだから、謝んな」



「……分かった……」



「もっと早く、ちゃんと伝えておけばよかった。……俺には柚が必要なんだよ。柚のことが大切だし、その、好きだし……。お前と離れた途端に俺、また、あの独りぼっちの世界に……逆戻りになる」



「…………」



「そんなの……嫌だ」



「…………」



「…………」



「…………樹」



「うん」



「嬉しい」



「……なんで」



「分かんない……。でも、すごく、嬉しい」



「…………」



「私、樹のこと、独りぼっちにならないようにできてるのかな」



「なってるから、引き留めてるんだろ」



「そっか……。よかった」



「……うん」



「……だけど、もし私が病気に負けちゃったら……」



「…………」



「樹も、また……」



「……柚が病気にやられてなくたって、いつかはそうなるよ」



「それは──」



「そんな先のこと、考えてたまるか」



「……うん。そうだね」



「…………」



「私、頑張らなくちゃ……ね」



「当たり前だろ。……俺も一緒に、頑張るよ」



「樹も?」



「お前が胸を張って隣に立てるように、仲直りとか、頑張る」



「…………」



「……黙るなよな」



「ううん。なんでもないの」



「そっか…………」



「…………」



「…………柚」



「うん」



「……ありがとう」



「私も。……ありがとう。別れないって言ってくれて」



「…………」



「……樹、苦しいよ」



「お前の手だって苦しい」



「離したくないもん。……好きだから」



「離れたって、離さないよ」



「えへへ。……約束だね」



「ああ。約束、だな」



「ずっと、ずーっと、約束だよ」



「いつでも、いつまでも、約束するよ」










「永遠に続く、約束。」











▶▶▶次回 『五十六 朝の光』

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