幕間 ──永遠の約束──
「────けほけほっ……ごほ、っ」
「…………」
「……ごめん。ちょっと咳、出ちゃった」
「謝んなよ、そんなの気にしたりしないから。……それより、その、今の話」
「まだ分かんないんだって。転移のスピードは落ちてきているから、治療の効果は出てるのかもしれなくて」
「でも……症状、良くなってないんだろ」
「うん……。っ、げほっ」
「言ったそばから……。あれだよ。長くしゃべろうとするときっと、喉に良くないんだよ」
「……そうだね。大人しく、してなきゃ。胸もちょっと痛いし」
「うん」
「…………」
「……俺がいると、ゆっくりできないか」
「…………」
「今日は、もう──帰るよ」
「……そっ、か」
「うん……」
「それじゃ、また明日……かな」
「明日は来れねえかも。部活、あるから」
「……そっか。そうだよね」
「ああ。……じゃ、な」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……ねぇ、樹」
「……うん」
「……ずっと、言い出せなかったこと、あってね」
「何だよ」
「聞いてくれるの?」
「……当たり前じゃん。何言ってんだ」
「だよね……。ありがと」
「うん」
「……あのね。私、もうずっと先まで、こんな感じに入院生活、送ることになるんだと思うんだ。息も苦しいし、胸も頭も痛むし、今だって時々……血とか、吐くし」
「…………」
「いつ、また、血を吐いて倒れて、樹に迷惑かけちゃうかって思ったら、なんか……怖くて」
「……怖いなんて、そんな」
「ねぇ。私、樹に迷惑、かけてないかな。こうやって何度も病院に足、運んでもらって、話を聞いてもらって……。だけど病院暮らしの私じゃ、樹に何も、してあげられない……」
「柚」
「私、ぜったい、樹の重石になっちゃってる」
「…………」
「……私の身体が弱いの、今に始まったことじゃ、なくて。小学校の頃も、前の中学の時も、いつも外遊びしようとすると息切れして、体育のたびに倒れかけて、そのたびにみんなに、たくさん迷惑、かけてきた。……樹には今までこの話、したこと、なかったよね」
「…………」
「前の中学でも小学校でも、いつも一緒に遊べて仲のいい子なんか、誰も、いなかった。だからね、ひとりぼっちは私、慣れっこだよ」
「……柚、お前」
「私のことは、心配しないで大丈夫だから。……別れてくれたって、いいんだよ。デートのひとつもできない、もしかしたら一生寝たきりかもしれない私のこと、いつまでも彼女扱いしてくれなくたって……」
「…………」
「あの桜を咲かせた時、さんざん、私のわがまま、聞いてもらったもん。次くらい、樹の好きなようにしてくれて、いいよ」
「……本気で言ってんのかよ。それ」
「本気、だよ」
「…………」
「……うん。ほんき」
「…………」
「…………」
「…………」
「……樹……?」
「……ごめん。俺ならまだしも……柚の口からそんな台詞を聞くことになるなんて、思ってなくて」
「…………」
「俺だって、ずっと、不安だったのに」
「不安、って」
「不安に決まってんだろ。俺が他のやつらに嫌われてることなんか、俺自身、よく分かってたし……。俺と付き合うってことは、その……お前をその嫌悪に引きずり込んじゃうことになる、って」
「そんな。私」
「もしもお前があいつらに嫌われたら、俺のせいだ……なんて思ってたくらいなのに」
「…………」
「お前まで……」
「…………」
「…………」
「…………」
「……別れた方がいいのかな、俺たち」
「…………」
「…………」
「……やだ」
「…………」
「やだ。嫌だよ……」
「…………」
「せっかくこんなに仲良くなれたのに、素直に心を開ける人になれたのに……別れるなんて……っ……」
「柚…………」
「ごめんね……。これじゃ……さっきと言ってること、真逆になっちゃうっ……。でもお願い、分かってよ……私そのくらい本気で、樹のこと、好きだったんだもん……」
「柚────」
「でも分かってるのっ……。このままの関係でいたらきっと、樹に迷惑、かけちゃうってっ……だから、だから」
「もうやめろ」
「!」
「もう、やめろ」
「──待って、なんでそんな、突然」
「…………」
「そんなきつく抱き締めないで……苦しいよ、樹……っ」
「もう二度とそんなこと口走らないって誓うなら、離す」
「え…………」
「お前なんかに分かるもんか。お前と、柚とこういう関係になれて、どれだけ俺が救われたかなんて……。お前と違って俺、普通の友達だっていなかったんだからな。お前しか、いなかったんだから……っ」
「……たつ……」
「家にも学校にも街にも……俺に味方してくれる人間なんか、どこにもっ……」
「…………」
「……今だって、そうだよ。俺の親、バカみたいな浪費家でさ。家の財産を自分たちの楽しいことに使いたい放題、やりたい放題で、俺のことなんていつもほったらかしだ……。俺がしっかりしなきゃ家が潰れる、終わりになるって、そればっかり考えて……生きてるんだ」
「……だから、あんなに、勉強を」
「他の理由なんてあるかよ。……だから遊べなかったし、遊ぶのも怖かったし、今も……」
「…………」
「…………」
「……ごめん。ごめんね。そんなこととは知らずに、今まで私──」
「話さなかった俺が悪いんだから、謝んな」
「……分かった……」
「もっと早く、ちゃんと伝えておけばよかった。……俺には柚が必要なんだよ。柚のことが大切だし、その、好きだし……。お前と離れた途端に俺、また、あの独りぼっちの世界に……逆戻りになる」
「…………」
「そんなの……嫌だ」
「…………」
「…………」
「…………樹」
「うん」
「嬉しい」
「……なんで」
「分かんない……。でも、すごく、嬉しい」
「…………」
「私、樹のこと、独りぼっちにならないようにできてるのかな」
「なってるから、引き留めてるんだろ」
「そっか……。よかった」
「……うん」
「……だけど、もし私が病気に負けちゃったら……」
「…………」
「樹も、また……」
「……柚が病気にやられてなくたって、いつかはそうなるよ」
「それは──」
「そんな先のこと、考えてたまるか」
「……うん。そうだね」
「…………」
「私、頑張らなくちゃ……ね」
「当たり前だろ。……俺も一緒に、頑張るよ」
「樹も?」
「お前が胸を張って隣に立てるように、仲直りとか、頑張る」
「…………」
「……黙るなよな」
「ううん。なんでもないの」
「そっか…………」
「…………」
「…………柚」
「うん」
「……ありがとう」
「私も。……ありがとう。別れないって言ってくれて」
「…………」
「……樹、苦しいよ」
「お前の手だって苦しい」
「離したくないもん。……好きだから」
「離れたって、離さないよ」
「えへへ。……約束だね」
「ああ。約束、だな」
「ずっと、ずーっと、約束だよ」
「いつでも、いつまでも、約束するよ」
「永遠に続く、約束。」
▶▶▶次回 『五十六 朝の光』




