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◇ 10

 共感というのは、能力ではない。共感というのは単なる習慣のようなもの。その人が元々備えている習性でしかないのだ。そんな人間は他人と向き合った時に相手の声を聴こうとする、そしてそのことばに相槌をうち、「その通りですね」と答える。そして更に、相手の深部にたどり着く。深く、ふかく対する人間の中へと食い込み、その人格を全て肯定する。相手の行いについてではない、その人格の本質を認めるというところが共感の真髄だ。相手は聴いてもらえれば喜ぶ。そして、更に語ろうとする。そしてそれもまた、私の中に取り込まれていく。私の中に再構築される彼、彼女。それが完全なる姿に近づけば近づくほど、相手は『生きている』という充足感が味わえる。酷い行いは洗い流され、泥の中の砂金のように純粋な核だけが残る。それはあたかも、私の中にある大地に埋められて芽を出し、更に成長していく大樹のようなものなのだ。

 私はそんな種を拾い集め、自分の中で育み見守るのが長年の習慣となっていた。それが良いのか悪いのかも自分では判断がつかずに。

 単なる習慣でやっていた事に対して、大きな賛辞を受けて人びとに感謝される。理由が解らずに賛美され、とまどいも疑念も聞いてもらえないまま、更に他人の思いを押しつけられる。



 みちるは、純粋なる大地だった。人びとの心という種を育てる生粋の培養土。

 さしずめ私は、みちるという肥沃な土を振るいにかけた後の、残り滓のようなものだ。

 もちろんその当時、みちるだってただ単にお人よしの聴き上手だったわけではない。時には相手の意見に反発し、衝突も繰り返したこともあった。

 それでも結局は、彼女は折れて相手の意思の下に組み伏せられていたのだ。

 いくつも相談を受け、彼女はボロボロに疲弊していった。元々、彼女の中にもドロドロしたものはあった。通勤列車に乗る時に他人を架空の銃で撃ち殺したり、時にはガソリンを掛けて頭から火をつけたり。 しかし、そんな情景は誰が目にできただろう? あなたも同じく、いくら何人殺しても決して捕えられることはない。私を撃った時のように……激しい殺意だけでは相手は殺せないのだ。



「だったらなぜ、みちるは死んだのか?」彼が尋ねた。



 みちるを殺したのが、私自身だから。

 タドコロ・ミチルはその力を完全に失った。たくさんの苗木を立派な大木に育て上げた大地はついに、やせ衰えてただの石ころだらけの土地に変貌してしまったのだから。



 みちるはある朝、目を開けたままこと切れていた。

 私がとどめをさしたのだ、この手で、撃ち殺したのだ、こんなふうに。


 人差し指を出してみせる。



 それはまるで、母が私に頼り切っていたときのように。彼女は時に人差し指を立てて、私の額にあてた。美千留、お母さんと一緒に死のうか。もう生きていても仕方ないでしょ。

「おかあさん」私は死にたくなかった。何でもいいから、彼女を引きとめておかないと。そうしないと殺されてしまう、一緒に。

「どうして、そう思うの?」

「聞いてくれるの、美千留」

「もちろん」

 

 母の話はとりとめがなかった。いつまでも続いて私を苦しめた。単なる打ち明け話なのに、自分の存在が重くのしかかってくる。あなたが生まれてからパパは逃げてしまった、あなたが生まれたから、パパは。私を苦しめて、苦しめて母はずっと語り、そして最後には死んでしまった。私だけを置いて。

 大きな樹は私の中に勝手に根を下ろし、そして私を下敷きにして斃れてしまったのだ。


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