9.就職試験 ※
「神父様、いつもお世話になっております。こちらのオニヒメさん、ご案内申し付かり同行させていただきました」
「ご苦労様エドガー君。あらかた事情はお聞きしました。オーガの襲撃、大変でしたね……」
「いやあ、オニヒメさん一人で全部やっつけてくれまして、私ら出る幕もありませんでしたよ……、あっはっは……」
どずーん……。
落ち込むエドガーによくそれで兵士が務まるのうと思う鬼姫。それでも、この神父とも知り合いとは顔の広さに少々驚く。
「こちらにオーガ討伐のために国軍が派遣されていたと聞きまして、急ぎ討伐完了と連絡をしなければなりませんでしたので遅れました。申し訳ありません」
「いえいえ、急を要する知らせでしょうからな。お気になさらず」
神父は気にもしない。
「それで、そんなオーガを一人で倒せるような女がホントにいるなら連れてこいってことになりまして! オニヒメさん、よかったですね! 国軍に採用されますよ。あなたの仕事が見つかったんです!」
「お断りじゃ」
鬼姫、即答。
どずーん……とするエドガー。
「えーなんでですかあ……。国軍ですよ国軍。私も国境警備隊の一人として国軍に所属してます。給料出ますよ? 大変に名誉なことですよ? しかも国境警備隊とか地方の国軍駐屯地なんて仕事じゃなくて、オニヒメさんだったらきっと王都に勤めることだってできますよ?」
「ほして宮使いさせられてやっすい駄賃で嫌な仕事ばかり押し付け休みもなしにどこにも行けず一番下っ端で働かされるのであろう」
「なんでそこまで分かるのです……」
「おぬしを見ればの」
「私ってそう見えますか……。国軍の派遣隊長、腕を見てやるとか言ってましたから、コテンパンにやっつけてやってくださいよお!」
「そっちが本音かの」
助けに来た体面だけ装って事が終わるのを待っているような、仕事はしたくないくせに気位だけ高いヘタレどもにエドガーも頭にきているというのはまあわかる。
「武人と言うやつは恥をかかされればそのことを生涯恨む。目をつけられて何かといちゃもんをつけられ忌み嫌われることになろう。お断りじゃ」
古都で狼藉を働く傾奇者を懲らしめたら、徒党を組んで社まで意趣返しに来てうんざりしたことがある。連中にしてみればおなごに負けるなど切腹ものの士道不覚悟らしいが、何度も返り討ちにしているうちに寺社奉行の仲裁が入り、武家の棟梁が詫びに来るまで騒ぎは続いた。
おかげで多人数との乱戦は達者になったが、宮司にはしこたま怒られた。
「私らもオニヒメさんにコテンパンにやられましたが、恨みなんてありませんよ。感謝しかないです」
「おぬしの隊長はどうなんじゃ?」
「あーあーあー……。申し訳ありません……」
謝るしかないエドガー。まあその立場を考えれば気の毒ではある。
「エドガー君、オニヒメさんはハンターギルドに入ることにしたようですよ。今紹介状を書きますから案内をお願いします」
さすがに神父が苦笑いで助け舟を出した。
そのまま奥に引っ込む。
鬼姫と、エドガーと、シスター・エリーが祭壇の前、長椅子に残る。
「ハンターか……。確かにそれならオニヒメさんにピッタリだ。いいなあ。俺もハンターになりたい」
一人称が私から俺になってる。素で正直な話なのだろう。
「おぬし貴族の出じゃろ。武人として勤めるのは公僕の義務じゃ」
「そうは言っても三男だし」
「出世の見込みもお家を継ぐ見込みも無いから言うて、狩人になるとは自棄が過ぎるじゃろ。生まれの幸運をもう少しは喜ぶがええの」
「なんか言うことが神父さんみたい」
「これでも巫女じゃからの」
ずっと話を聞いていたエリーも、うなずいて言う。
「エドガー様、私もハンターはどうかと……。その、気楽な自由業に見えて、明日にでも死ぬかもしれない危険なお仕事なんですよ。この教会からも何度もお葬式を出しましたが、若くして亡くなる男性は、ハンターの方が多いんです」
「……そりゃそうだな。日々魔物と闘ってんだから、ヘタしたら国軍よりも死亡率が高いだろうし」
「それに、その、言っては何ですが私、ハンターの方のお葬式で、女性の参列者を見たことがありませんし」
「……それ、まったくモテないってこと?」
「……はい」
どずーん……。
「でも、オニヒメさん、異教徒のシスターって、なんか素敵ですねえ!」
エリーの目が鬼姫に向く。
「私、異教徒に興味津々なんです。ぜひ仲良くしてみたいって思ってまして」
「変わっておるのう。宗旨替えでもするつもりかの?」
「いえ、そうではなくて、みなさん面白い神話や神々の冒険譚など残っているものが多いですから。やっぱり異国の文化って面白いです」
「……あかんのう。実はうちも、この世界はかなり面白いのではないかと思い始めておるからのう」
「でしょ?」
「あはははは!」
神父が書状を持って戻ってきた。
「私からハンターギルドのマスターに紹介状です。ハンターギルドで見せてあげてください」
「おおきにありがとうのう」
「あと、必要かどうかはわかりませんが、レミテス教の聖書をお渡しします。改宗なさるおつもりは無くても、この国の文化、歴史が理解できるようになると思うので、少しずつでも読んでください。きっと役に立ちます」
手のひらに載るような大きさの小冊子だ。信者に配るものなのだろう。
「おお、面白そうじゃ!」
「これからのご活躍を祈ります。また何かありましたらいつでもいらしてください。お元気で」
「お世話になりもうした。この御恩決して忘れませぬ。ありがとうございました」
珍しく口調を改めて感謝をし、書状と聖書を受け取り、頭を下げる鬼姫であった。
「おぬしなんでついてくるんじゃ」
教会を出て振り返り、エドガーをにらむ。
「だって鬼姫さん、ハンターギルドがどこにあるか知らないでしょう」
外国人名であるオニヒメの発音もだいぶ様になってきた。
鬼姫も、「お江戸」はそろそろやめてやっていい頃かと思う。
「そこらの飯屋で何ぞ食いながら聞けばよろし」
「なんで俺に聞くことは思いつかないんです……」
「これ以上世話になると後が面倒だとしか思えんて」
「面倒なんてかけませんて!」
「かけとるがの。国軍の連中に顔を出してコテンパンにやっつけるのが面倒でないちゅうんかの」
どずーん……。
「だからさあ、鬼姫さんが国軍に入ることを断って、ハンターギルドに入ったってのを見届けて、国軍の連中に報告するところまでが俺の今の仕事なの! ここで帰って鬼姫さん逃したらまた怒られるの! わかって! お願いだから!」
口調が素になる。本音なのだろう。
「しょうがないのう……。取りあえず飯じゃ飯じゃ。旨い店に案内しいや」
「お安い御用で!」
エドガーの行きつけらしい店でたらふく飯を食った。エドガーはおごると言ったが、鬼姫の食う量を見て顔が引きつり、会計は別でと言う鬼姫の申し出に素直にうなずいていた。
ラルソル教会からもらった謝礼を初めて使ってみたし、エドガーに数えてもらったが、一週間ぐらいはこの街で寝泊まりして腹いっぱい食うぐらいの金にはなるようである。小銭ばかりで賽銭箱の中身のごとく。本当にみんな善意でできる範囲で寄付してくれたことがうかがえて嬉しくなる。
神社勤めの鬼姫も大判小判のような高額貨幣はめったに見たことが無く、この世界の全部丸い金貨銀貨銅貨はちょっと面白い。
「たのもう」
しつこくついてくるエドガーを引き連れて、ハンターギルドに入ってみた。
なんだか汚く荒っぽい男どもが一斉にこちらを見る。武器武装をまとい、興味深げに見てくる視線がいやらしい。
「はんたーぎるどというやつに入りたいのだがのう。受付はこちらでええのかの」
片目に眼帯を当てた強面の白髪男が受付なようだ。
「……ああ、姉ちゃん、ハンター志願か」
「そうじゃ。教会の神父殿から紹介状を書いてもろうた。見てもらいたいの」
「女がやるような仕事じゃないってのは、重々承知なわけだよな」
「そやの」
「女でもやってもらうことは全く同じだぞ? やっていける自信があるんだよな?」
「承知じゃ」
「……まあそういうことなら。神父様が推薦するなら受けなきゃいかんだろうし」
しぶしぶと言う感じで紹介状を読む……。
読み返す。
読む。何度も読む。
「これホントか!!」
「何が書いてあるかなんてうちは知らへん」
「いくらなんでもちょっと信じられん。オーガの集団を一人で撃退したとか」
それを聞いてエドガーが口を出す。
「あ、だったらそれホントです。俺は国境警備隊の者ですが、この鬼姫さんがラルソル村を襲ってきたオーガ十匹を一人で全部倒したのをこの目で見てますので」
役に立つこともあるんじゃのうとエドガーを見る。
それよりも周りのハンターたちのゲッとした驚愕の顔もすごいのだが。
「それこそ信じられん……。あんた何使うんだ。魔法使いか?」
「魔法って、こちらでいう妖術のたぐいかの?」
「いやこの人剣士です。でっかい剣でずばずばオーガ斬ってました」
「剣士のつもりは無いのだがのう……」
もう受付の男大混乱である。
「力業じゃねーか……。いったいどうやって闘うんだ?」
「刀とか金棒とか、他にもいろいろ使うがの」
「ふざけんなよアンタ。ハンターってのはジョブで専門をやるもんだ。剣士とか盾とか槍とか弓とか魔法職とか、ちゃんと分けてそれを極めるもんなんだよ。あれこれ手を出して何でもやるやつが使いもんになるわけ無いじゃねーか!」
「敵によって得物を使い分けるのは普通であろう。弁慶だってそうしておったわ。一人でやるならそうなるじゃろ」
受付の男はあきれた。
「誰だよベンケイって……。お前ひとりでやるつもりなのか。ちゃんと職種をはっきりさせておかないとパーティーに誘われねえぞ?」
「ぱーてーってなんじゃ」
「要するに冒険者仲間だ。ハンターってのは冒険者で組んで一つのパーティーを作る。前衛、後衛、支援、回復、役割分担して獲物と戦う。それがセオリーってもんだ」
「そんなんおっても足手まといになった覚えしかないのう……」
もう受付男の目が完全に疑いの目である。
「だったらやってみろ。今町内に夜な夜なマンティコラが出没してる。毎晩衛兵とここのハンターどもで討伐しようと見回ってるが、つかまりゃしねえ。三日に一度は人が食われる。もう五人も犠牲になってんだ。夜出歩けねえでみんな困ってんだよ」
次回「10.鵺の鳴く夜」




