79.大災厄
「くっ」
鬼姫に刺された天狗は残った翼を振って後ろに飛び、間を広げた。魔王が走って間を詰める。
手を前に出した天狗の神通力が来た。炎である。
かつて古都を大火で燃やし尽くした業火が魔王を襲う。
「笑わすな! 勇者でもそれぐらいの火魔法は使うわ!」
不敵に笑った魔王はまともに炎を浴びながら突っ込み、その突き出した腕を斬り上げたが手ごたえがなく驚く。
「こっちじゃ!」
その背で鬼姫が天狗に薙刀を打ち込んだ!
「分身!」
そんな術まで使うのかと振り返った魔王は驚愕する。
錫杖も取り落とし今は素手の天狗に、逆袈裟に斬り上げた薙刀が血を吹きだす左の手のひらの残り半分を切り落とした。
「血が出ておるほうがほんまもんじゃ!」
今度は鬼姫に炎が飛んでくる。だが鬼姫はその炎を口から吐いた炎で吹き返す。
天狗に火が着いた!
少し驚く天狗に魔王が振るった剣は、天狗の右手に打ち払われる。
天狗は素手なのだ。強さがでたらめすぎる。
だがその時には天狗の前で鬼姫が霊符を貼った薙刀を振り下ろしていた。
首筋から袈裟に斬り込み、引く。鎖帷子の無い場所を狙う殺意しかない斬る剣技である。天狗の首筋から大量の血が飛び散った。
「ふぬう!」
天狗の右手が急に長さを伸ばし、鬼姫の細首を掴んだ!
伸びる腕。これも一種の神通力か。
「ぐっ」
身体を首からぶらっと持ち上げられ、首を締めあげられる鬼姫。両手は締め上げられた手をほどこうと天狗の指を掴み、大薙刀は床に落ちた。天狗はにやりと笑う。
「女、我の邪魔をするな」
「離せ!」
剣を拾った魔王は鬼姫の首を絞める天狗の胴に突っ込み、帷子を貫通させ剣を突き通すが、血を吹きながらもその剣は抜けなくなった。高下駄が振り上げられまたしても魔王は蹴り上げられる。今度は魔王は蹴りを防ぎ、倒れなかったが、吹き飛ばされ間が開いた。
天狗は邪魔をするなとばかりに、もう手のひらが無くなって血を吹いている左腕を、積み上げた石の柱に向け魔王に倒した。
森の木が突然倒れる、天狗倒しという木を自在に操る天狗が持つ神通力の一つである。轟音と共に石の柱は倒れ、魔王を押しつぶしてゆく。
「死ね!」
玉座の間は次々と崩れる石材に地響きが止まらない。
鬼姫は首を締めあげられ呻きながらも、天狗の手から両手を放して上に上げた。
降参かとそれをニヤニヤしながら見上げる天狗の目が驚きに見開かれる。
鬼姫の手には三尺二寸五分の鬼切丸が握られていた。
そんなものは持っていなかったはず。どこから出した?
この時になっても、まだ天狗は鬼姫が自在に得物を出せることをわかっていなかった。単に隠し持っていただけだと。だが考える間もなくその大太刀は驚愕する天狗の頭蓋に思い切り振り下ろされた。
「がはっ」
額に付けた兜巾ごと頭を二つに割られ、切り落とされた鼻の根本まで裂かれた天狗はよろめいた。山伏の象徴である兜巾が落ちる。
その時崩れ落ちた石材の残骸が強力な防御結界と共に吹き飛ばされ、魔王が立ち上がった!
「クソ野郎! 城をめちゃめちゃにしやがって!」
今首を絞められている鬼姫、怒るとこそこなのかと一瞬思う。
「楓が掃除してくれたんだぞ!」
魔王は柱の残骸を飛び越え、鬼姫が落とした大薙刀を拾ってすくい上げた。
天狗の腋から右腕が切断された。いかな鎖帷子であろうと腋まで防御はされていない。鬼姫にも負けない槍術であった。
天狗は頭を割られ脳梁が分断され、目には見えていても脳にはそれがなになのか伝わらない。左右の五感がバラバラに混乱した天狗は防御が甘くなっていた。
だが死なない!
切り落とされた天狗の腕と一緒に床に転がった鬼姫はすぐ立ち上がり、鬼切丸を放り投げて天狗に突進した。
「魔王殿!」
「おう!」
これも大薙刀を手放した魔王と、天狗の腹に刺さった魔王の剣を二人で握って、天狗の体を持ち上げ一気に玉座に押し付ける。
「うぉりゃああああ!」
天狗の腹を貫通していた魔剣は、そのまま魔王の玉座に突き刺さり、頭を割られた天狗は玉座から立ち上がれなくなった!
「聖女様に感謝だな」
魔王は鬼姫の手を握ったまま、片手を前に伸ばして、手のひらを広げた。
「ヴァーデ・レトロー・サタナー……」
玉座に串刺しにされた天狗は苦しみだす。血が止まらない。
「歴代聖女の封印術式、あれだけ食らえば俺でもできるようになる」
聖女と勇者が二人でかける封印術。封印を解く方法が分かれば、かける方法にだって精通するに決まっている。
この封印術式には、鍵になってくれるもう一人が必要な術だとも。だから魔王は鬼姫の手を放さない。
「うごおおおお――――!」
天狗は絶叫するが、その身をどんどん圧縮されるようにべキバキと音を立てながら小さくなる。
「悪く思うな。今度はお前が魔王になれ」
白い、いかにも神聖そうなきらめきが玉座を包み、まぶしかった。
「この世界のな」
しゅるるると冷気が巻き上げられ、白く霜がかかったように凍り付いた玉座は、光が収まってみると、ただ、魔王の剣が突き刺さっているだけだった。
はー、ふー……。
魔王と鬼姫、二人、ゆっくり息をする。二人のいる玉座の間は崩れた石材で埋め尽くされているが、どうにか持ちこたえているようだ。
「楓、大丈夫か? 首絞められただろ」
「……どうじゃ、痣になっとるかの?」
「なってる。ちょ、よく首、折れなかったな?」
「平気じゃ、これぐらい」
鬼姫の白い細首には、天狗に掴まれた手の跡がしっかり痣になって残っていた。
「息を止めるのは得手じゃ。半刻首を絞められてもうちは死なん」
「強いなあお前……。それにこの槍も凄い。さすがに腕ごとぶった切れるとは思わんかったよ」
魔王は大薙刀を拾い上げてほれぼれする様にその刃を眺める。
鬼姫は床に転がった短刀と鬼切丸を拾い集めて、良く拭きとってから消した。
「弁慶が使っておったと伝わる三条宗近の岩融じゃ。欲しがってもやらんからの」
「わかってるって」
魔王が鬼姫に手渡すと、その薙刀もすっと消える。
「……凄いな。好きなだけ武器を出せる魔法でも持ってるのか?」
「ちょっとしたからくりじゃ。魔王殿も岩を落とされて平気だったかの?」
「頭も打ったしあばらも折れた……。勇者よりつええよあいつ。楓の護符がなかったらやられてたよ。助かった」
「魔王殿、意外と苦戦しておったのう」
意地悪っぽく鬼姫が笑ってやる。
「俺の死霊術で具現化させたんだから、俺の魔法じゃ倒せないんだよ。剣で斬るしかなかった」
「なんか言い訳っぽいのう」
「魔王城を吹き飛ばすような魔法は使えんだろ」
「なんじゃ、勇者には手加減しておったのかの」
「あったりまえだ。俺はこの城を代々守る義務があるんだよ!」
「こんなボロ城をのう」
「言うな」
鬼姫は崩れてめちゃめちゃになった玉座の間を見渡した。
「すまんのう……。うちが来たばかりに、城を壊してしもうた……」
「いいさ。どうせいつぶち壊したってよかったんだ。潮時だろう」
魔王城を壊されないように守りながらの勇者との戦闘。さぞかし難儀だったであろう。それでも城で勇者を待ち構えるのも、魔王の矜持と言う奴だろうか。
二人、にたりと笑って、その場にへたり込んだ。
「ふふ、あははははは! 天狗に勝ったわ!」
鬼姫は大笑いし、拳を突き上げた。
「もうお前勇者を名乗ってもいいぐらいだよ」
「あの世で弁慶に自慢でけるて!」
「だから誰だよベンケイって……」
鞍馬の山の大天狗に剣術を鍛えられたという牛若丸の天狗剣術。それに負けた弁慶が聞いたら、きっと悔しがる。鬼姫はそう思った。
次回最終回! 「80.廃城」




