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77.鎖と鍵


 今日も魔王は鬼姫の封印を可視化展開して調べる。

「……かえで。お前の封印って、誰がかけたかわかるか?」

「たぶん、天照大神あまてらすおおみかみ様。うちらの世界の女神様じゃの」

「女神という奴、どこに行っても性格が悪いらしい」

 封印を見ながら魔王は考える。


「二重になってる。動いているんだ。何かの周期に従っている。そのアマテラスって女神、なんの神だ?」

「おひいさん。日の神じゃの」

「太陽か……。なるほど、太陽か!」

 魔王はメモを並べて印をつける。

「太陽周期に当てはめてみると、もう一つ、重なっているこいつが肝になる」

 メモを並べると印の大きな波が重なって見える。

「もしかしたらそれ、月読命つくよみ様かものう」

「ツクヨミって?」

「月の神様じゃ」

「それだ!」

 魔王は手を叩いた!


「いいぞ! だとしたらぴったり合う! 明日から月を観察する!」

「あと三日で新月じゃがの」

「ホントか?」

 魔王は部屋を出て、魔王城のベランダに向かって走った。鬼姫もついていく。


 柵に手を置いて、魔王は月を眺めていた。

 月は鋭く細い三日月だ。あと三日で新月になる。

 鬼姫はその横にそっと寄り添う。


「……楓は異世界から来たんだったな」

「そうらしいの」

「なのに、なんでこっちの世界の太陽や月に周期が合ってるんだろうな?」

「そういう術なんじゃろ。しらへんがの」


 魔王は鬼姫の肩を抱く。

「……三日後の夜、月と太陽の軸線が重なる。そこを狙って封印を解く」

「わかったのかの?」

「ああ」


「ところで新月の時って、月はどこにあるんじゃ?」

 魔王はちょっとがっくりする。

「説明したことなかったっけ……。地球から見て、新月の時の月は昼間、太陽と並んで一緒に昇っている」

「だったら影になっとる真っ黒な月がおひいさんの側におらんとおかしくないかの?」

「一緒に昇っているが、星と同じで昼間は月は見えないんだ。昼間に見える月の影は青空と同じに見えるだろ」

「だったら月とおひいさん、重なって見えんかの?」

 魔王はちょっと、おおっという顔になる。


「いいところに気が付いたな。実際このタイミングがぴったり合うと、太陽に月がかぶさって太陽が欠けて見える。『日食』だな。見たことあるか?」

「わけわからんがの」

「お前長生きしてるんだから、日食ぐらい見たことあるだろ」

「無いのう……」

「鈍感すぎる……。太陽が無くなったと魔族どもが大騒ぎして、説明するのが面倒だったが」

「あっ!」


 鬼姫は手をポンと打った。

天照あまてらす様が岩戸にお隠れになったことがあるんじゃ! きっとそれじゃ!」

 天照大神の岩戸隠れの神話、まさかの日食が元ネタ説の誕生である。

 実際、現代でも天文学には天体の軌道から、その日食が見えた時期と地域を特定して、神話発祥の地である邪馬台国やまたいこくの場所を推定しようという研究がある。


「おひいさんがお隠れになる。きっと封印も弱くなるわの。そこを叩くんじゃな!」

「いや、納得いったならそれでいい……」

 笑いをこらえた魔王は、すっと抱いた肩を放してベランダを出ていこうとする。

「天狗と対決になる。準備しておけよ」

「わかったのじゃ」


 あと三日。

 すこし平和ボケしていた鬼姫は、ぱしぱしと顔を叩いて、気合を入れ直した。

 二人は一応許嫁(いいなずけ)である。それなりにいい関係ができたと思う。

 魔王は鬼姫の肌に触れることは無かったが、恋人のような、夫婦のような、家族のような、なにに例えたら良いのか微妙な関係が続いていた。

 それが、終わる。

 勝てば本当の妻になる。

 負ければ、死ぬ。最悪魔王も。

 たぶん、一度は破れた敵。今度こそ勝たなければならない。

 どっちにしろ、三日後にすべてが決まる。

 鬼姫の旅が終わる。それもよしと鬼姫は拳を握った。




 三日後。

「おぬし服を脱げ」

「は?」

「いいから脱ぐのじゃ!」

 なんだかわからない唐突な鬼姫の申し出である。

 鬼姫は墨を用意して筆を持っていた。鬼姫の顔にはもう霊符やら梵字やらが描いてある。

「……あの、楓さん?」

「体に魔除けを描く。おとなしく言うことを聞くのじゃ」

「はあ……」

 魔王は仕方なしに上半身裸になった。その背中、腕、胸、顔に次々に模様を描いてゆく。解精邪厄かいせいじゃやくと、環呪詛かんじゅその霊符と降三世明王ごうざんぜみょうおう梵字ぼんじである。

    挿絵(By みてみん)

「……魔除けって、効果あるのか?」

「昔、芳一ほういちと言う琵琶法師びわほうしがおってのう、歌で物語を語ってゆく旅芸人じゃの」

「どこの世界にも吟遊詩人ぎんゆうしじんはいるんだな……」

「ああ、勇者の魔王討伐物語、歌って小銭を稼いでおった男がどこの街にもおったのう、勇者の英雄物語じゃ」

 思い出してくすくす笑う。


「俺にしてみりゃ俺の悪口をデマにして言いふらして回る迷惑な連中だ。一人残らず舌を引き抜いてやりたいよ」

 いつの時代でもどんな世界でもフェイクニュースを拡散して稼ぐ、そういうインフルエンサー的な人間は変わらずいるものらしい。

「地獄で閻魔えんま様に嘘をつくと、やっとこで舌を引っこ抜かれるのう。死んでからの事じゃが、気をつけるのじゃぞ」

「了解だ。死んでも忘れないようにしとくよ」

 こんなふうにどんなにウソ臭い話でも、適当に話を合わせてくれて否定しない魔王に、鬼姫はちょっと惚れる。どこで習ったのか知らないが、女の扱いがうまいと思う。


「その芳一がの、平家の落ち武者の霊に取り憑かれておったの」

「ほー」

「そらあかんと、高僧が芳一の体に般若心経はんにゃしんぎょうを書いたのじゃ」

「そうするとどうなる」

「霊からは芳一が見えなくなったの。芳一はそのおかげで霊に連れ去られることはなかったがの、高僧が芳一の耳に経を書くのを忘れておったせいで、耳だけが見えておった」

「悪い予感しかしないんだけど……」

「落ち武者の霊は芳一の耳だけを引きちぎって持って行った。それからは芳一は『耳なし芳一』と呼ばれるようになった……と、いうお話じゃ」

 魔王の体に淡々と筆を走らせる。その筆がくすぐったいのか魔王はひくひくと必死に耐えているのがまたかわいらしく鬼姫は笑ってしまいそうになる。


「……今、楓が描いているのがそれなのか?」

「うちは仏教徒やないから般若心経は知らん。天狗は山伏の姿をしている通り修験者じゃし、般若心経が読めぬはずはないの。神道と陰陽道にも通じておるから、霊符と梵字が効くかどうかは怨霊の信心次第じゃ」

 霊符なのでお経のようにちまちまびっしり書いたりしない。大胆に肌いっぱいに大書きするのが鬼姫流である。

「耳にも描いてくれ。忘れるなよ?」

 鬼姫はとうとう我慢ができず笑ってしまった。


 鬼姫は、妖怪退治で古都の住職に習った「不動明王ふどうみょうおう」の梵字も描いた。

    挿絵(By みてみん)

 天竺の鳥人、迦楼羅かるらは日本に伝わって烏天狗からすてんぐになったという。烏天狗は大天狗の手下扱いだが、元々の天竺では迦楼羅は不動明王の配下である。魔王が天狗を従えるのに、よく似合っていると思った。



次回「78.封印解除」

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― 新着の感想 ―
[一言] 天照様が岩戸にお隠れになる。の元ネタは日食ですか! なるほど。勉強になります。 次回はいよいよ封印解除ですね。 剣を使っての戦いですから楽しみです。 魔王はどんな助太刀するのか?
[一言] 魔王様ただのイケメンじゃん! こんないい人を自分の都合で悪の親玉呼ばわりして封印するとか、教会終わってるな
[一言] この作品の魔王さんは最後に夜逃げするの?←
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