75.封印解除の鍵
「うちには封印が施されておる」
「そのようだな。俺とは全く違う封印だが」
「封印がされておるのにうちは前と変わらぬように動けておる。そこが不思議じゃと教会の連中は言うておった」
「それは鬼姫の中に、別の者を封印するために施されたものだからだ」
「……さすがは魔王殿じゃのう。賢者オーツもおんなじことを言うておった」
鬼姫は賢者オーツからの書状をつづらから出して見せた。
「賢者オーツがこれを王都の教会の連中に渡して見せろと言うておった」
「あのクソ賢者、まだ生きていたか」
「確かに賢者と呼ぶのが嫌になるほどあほな男じゃったの」
魔王はその書状を鬼姫の手から取り上げ、勝手に封を切り中身を見る。
なにか魔法をかけて封をされていたのか、バチバチっとものすごい火花が飛んだが、魔王は驚きもせずそれをさっさと手で払いのけて書状を出した。
「あははは! 遠慮なく見るのじゃのう!」
「何の遠慮がいる。俺にしてみれば敵の情報だ」
けっこう分厚い書状である。
「何が書いてあるのかの?」
「お前の封印の解析だな。『こんな強力な封印が完成したら魔王が自力で復活できなくなる。これは使わないほうが良い』と進言してある」
「定期的に魔王に復活してもらわないと、教会は困るのかの?」
「だろうな。そうでないと女神なんていなくてもいい世界になるし。……おかしいと思っていたがこれではっきりした。やつら、わざと俺が解ける封印にしていたんだ。定期的に俺を復活させるために」
鬼姫はあごに指をあてて考える。
「……そこ、多分合っておる。聖女も賢者も、うちの封印術式を一度見ただけでもうどうこうしようとしないのじゃ。『これはできん』と申しての。いくらでも調べられるはずなのにの。案外その、女神も勇者も聖女もいらん世界、教会は恐れておるのだと思うのう」
「……つくづく勝手な奴らだ」
腹立たし気に魔王は吐き捨てる。女神教の権威付けのために利用されていただけだとわかって頭に来るのは当然である。
更に魔王はその書状の細かい部分を流し読みしてゆく。
「最後にお前を次代勇者に推薦しているな」
「うちが勇者になって魔王殿を倒すのかの?」
「そうだ。前にここに来た勇者はどうした?」
「とっくに死によったと聞いておるの」
「バカな男だ。教会になんか利用されて……」
やはりそう思うかと鬼姫は感じた。
「勇者たちと話をしてみたことはあるかのう?」
「たいてい問答無用で戦闘になったな」
「戦闘はあの玉座の間でやるのかの?」
「そこ目指して来るんだからそこにいてやらんと奴らだって迷うだろ。弱くて話にならん連中なら俺も全員殺していたし、まあ、この城そのものが罠みたいなもんだ」
「魔王殿が餌なのかの?」
「だよなー。ひどくない?」
魔王は笑う。
「勇者は魔王目指してやってくる。でっかい餌さ。そうしていれば助かる魔物もいる。ま、いつの間にか魔王の役目はそれになったということになるか」
「勇者、強かったかの?」
「強いやつもいれば弱いやつもいる。弱い場合は面倒なので全員殺していた。強い場合はいい勝負になることもあるが、いきなり封印魔法をぶつけてくる連中もいる。前回の勇者はそうだったな。そうくるんだと強いか弱いかわからんな」
「戦ってから封印するのと、いきなり封印するのとなにが違うんじゃ?」
「聖女の魔力の差だ。聖女が弱いときは勇者ががんばって魔王を弱らせる。聖女が強かったらいきなり封印。ま、そんなところだろ」
鬼姫も魔王城に来るまでに魔物と闘ってきたので、旅の勇者もそれぐらいは強いと思う。その勇者を軽く倒してしまうこともあるのだからこの魔王も鬼姫より数段強いと思った。鬼姫だって老オーツは倒せても、全盛期の勇者、聖女、剣士、賢者が同時にかかってきたら勝てる気がしないというもの。
「勇者の話はもういい。お前が勇者だとしても俺は全く構わんよ。戦う気はない。俺を殺すのも封印するのも好きにやればいい。むしろそっちのほうがせいせいするぐらいだ」
「おぬしのう……。生きておるうちは精一杯生きればよいの。それが不幸であろうと幸せであろうと、それがもらった命の使い方じゃ。粗末にしてはあかん」
「……変わった教えだ。こっちじゃ神を信じて祈ってりゃ人は死んで天国に行けるって妄想させるのが神の仕事なんだがな」
「八百万の神の神話があるの。どの神も苦労していて、幸せな神のほうが少ないぐらいじゃ」
「なんだ、人間は神みたいになりたいんじゃないのか?」
「人は死んだあと、子孫にやくたいかけぬ良い氏神になれればそれでええ」
「死んだ後のことまで心配するとは、なんだか魔族より人間のほうが大変そうじゃないか」
「うちもおぬしも、死んだ後の心配はなんにもいらんかもしれんがの」
魔王はにやにやして座り直す。
「そうそう、鬼姫の封印の話だった。俺に何とかできるならやってみるとするか」
改めてオーツの書簡をめくって指さす魔王。
「鬼姫の体にはとんでもない邪悪な者が封印されている。だからお前が死んだり封印を解くと、間違いなく災厄が起こる。だとすると、お前がこの世界に飛ばされたのは、お前が前の世界でこの災厄を復活させそうになったので、そうなる前に異界に飛ばしてしまう仕掛けがあったのかもしれない」
「ちょーっと、違うのう。その仕掛けは、うちを死なせないためにかけられておる。うちをここに飛ばしたのも、そうしなければうちが死んでしまうからだと思うのう」
「心当たりはあるか」
「うちはなんかで死にそうになったので、死ぬ前に祠に封印されたのじゃ。うちを生きながらえさせよう思うて、やってくれたことじゃ。だが、その祠が大水で流されそうになったのじゃ。人間たちがうちの祠を守ろうとしてくれはったのじゃが、一緒に大水に飲み込まれたの」
「ほー」
「で、うちはそれが見えとったので、なんとかその溺れそうになった男どもを助けたのじゃ」
「まあ東の果てまで泳げるぐらいだもんな。水泳は得意なわけだ」
「……嫌味言わんといて」
魔王はゲラゲラ笑う。本当に可笑しそうに。
「お前も俺と同じだな……。やむにやまれず、自力で一時的に封印を解いたことになる。俺が必死に封印を解いたのも、お前がほっといたら溺れると思ったからだ。そんなところまで一緒だなんて、面白すぎるじゃないか」
二人、大笑いになった。鬼姫は裸だったことを思い出して恥ずかしくて仕方ないが。
「結局飛ばされた理由はわからずじまいか」
「そや言われてもしゃあない。そやっても、それはうちが前の世界で邪魔になったからではないの。たぶんそうせんとうちが生き長らえない理由があったんじゃ」
「この世界ではどういうわけかその災厄は封印されたまま」
「そうなるのう……」
魔王は考える。
「この世界に飛ばされてしまったのは、鬼姫ではなく、多分その災厄のほうだ」
「うちはついでかの!」
だったらずいぶんとはた迷惑なとばっちりである。鬼姫は腹が立った。
「お前が元の世界に帰りたいのならば、まずその封印を解いて、解き放った邪悪な何かを倒さなければならん。そうしなければお前は絶対に元の世界に帰れない」
「……おぬしまでそう考えるのかの」
「同じような目に遭っていたからな」
魔王はオーツが書いた魔法書を次々にめくり、考え込む。
「もしやそれはうちが最後に倒し損ねた妖怪かのう」
「魔物じゃない。霊的な何か」
「怨霊かの」
「それだ」
魔王はオーツの魔法書を指でぱしんと弾く。
「俺はこの封印、研究してみよう。時間がかかる。それまでここにいられるか?」
「頼むのじゃ。そのかわり魔王殿の世話はうちがやってもよいかのう!」
「頼もうかな。俺、料理はどうも苦手なようだし、鬼姫がいろいろ世話してくれるのは快かった」
少し照れたように笑う魔王、鬼姫はそんな些細なことも嬉しく思う。
「死霊術なら俺も使える。その怨霊、抑え込めるかもしれん」
「……そこまで頼むつもりはなかったのじゃがの。命がけじゃし」
魔王は手をひらひらさせてにやりと笑った。
「死ねなくて困ってたぐらいだ。鬼姫のためなら悪くない」
「そら申し訳なさすぎるわの」
「男ってのはな、惚れた女のためだったら、それぐらいはやるものだ。気にするな」
……鬼姫は真っ赤になった。
「もし封印が無事に解けたら、元の世界に帰るか?」
「帰る方法なんてわからへんわ……」
「だったら俺の嫁になれ」
「……」
鬼姫はうつむいた。耳まで赤い。
「うちでよいのかの? うちは人ではないんじゃが」
「お前ぐらいでないと、俺の嫁は務まらんさ」
「ふつつかものじゃが……」
「俺よりふつつかな奴もいないだろ。なにしろ魔王だ」
「末永くかわいがってもらいたいの」
「全力で愛してやる。覚悟しておけ」
鬼姫が三つ指ついて頭を下げた後、二人、笑った。鬼姫は涙が出て、恥ずかしくて仕方なかった。
「俺の名はルシアルという」
「うちは楓じゃ」
次回「76.怨霊」




