66.蜃気楼
城塞都市ローランド。
地図を見てから、城壁に囲まれた市を遠くに見る。街はぼやけて見えた。
古い街である。城壁は日干し煉瓦だ。昔は栄えていたことがうかがえる。
二国目の首都から東、これが極東の海までの最後の大きい市となる。
最初の村を旅立って、半年が過ぎていた。
ここを超えると、もう数か所の開拓町村があるだけで、魔王城があるという東の果ての海までもう何もない。いよいよ旅の終わりが近づいてきた感じがする。
ここまで順調だったし、金も稼げた。白金貨は路銀として少しずつ使って今は八枚。必要なものがあれば、ここで買いそろえなければならない。
街に入る前に、少し整備され始めた街道の横で荷物と路銀を広げて確認した。
荷物をつづらに仕舞い、帳面を片手に思いついた買い出しリストなど書き込みながら物思いにふけりつつ、歩く。
だが鬼姫は途中で不審に気づく。
なぜか目的の街は見えているにもかかわらず、歩いても歩いても近づかない。道も寂れてどんどん荒れた、もう使われていない旧道のような道になる。
「けったいやのう。もう一里を切っておると思うのだがの」
目的の街は見えているのに近づかない。未だぼんやりしていて、霧に包まれているようだ。
「……これは、誘われておるの」
こういう鬼姫の直感は、まず外れたことが無い。妖気、魔法の気配を感じとることができるからだ。
敵が幻を使う以上、その中心で敵が待ち構えているに決まっている。倒すなら正面突破するしかない。
「闘うなら、着替えたほうがいいのう」
つづらから、古いくたびれた巫女装束を出し、着替えた。古着も捨てずに作業着に回していたところは、まあ多少は女らしさが残っていたと言っても良いか。
昼になったので、簡単に火を起こして茶と固パンを食べた。腹ごしらえも済み、少し昼寝してからロープをかけ、つづらを高い木の上に吊るしておく。
「さて、行くかの」
敵が知れないので、五尺の金棒を握って、霧の中に進む。
進む。進む。白い霧が濃くなってきて、ホワイトアウトする。
足元が水場になってきて、濡れる。
足を止めた。
「……!」
ぶわっとなにかが飛んで来た。霧の流れがそれを知らせる。
思い切り金棒で叩きつける!
ばごぉ! と硬いものが叩き割られる音がして、その飛んで来たものが足元に落ちた。
「蜃かの!」
蜃。貝の魔物である。
その開いた二枚貝の口から気を吐き出し、楼蘭の幻影を見せ、旅人を誘い込み、襲って食うと言われている蜃気楼の魔物だ。楼蘭というのはシルクロードの途中にあったオアシスの交易都市の事で、今となってはその所在さえもわからないが、西遊記にも登場する大陸では知られた魔物であった。
黒く蛤に似ているが、その大きさは四尺を超える!
その叩き落とした蜃を蹴り飛ばすと、次から次へと、そのでかい貝が二枚の貝殻を勢いよく開いて飛び跳ね、貝殻をくわっと開いて襲ってくる。鬼姫は飛んでくるその貝をかわしながら叩き落とし、地面に落ちたやつは振りかぶってその貝殻を叩き割る。
「蜃の巣か!」
十数枚の貝を叩き落として、霧が晴れてくる。
くるぶしまで水に浸かるぐらいの湿地帯であった。
少しずつ足場を変えながら戦い続けているうちに、鬼姫の周りは叩き割られた巨大な二枚貝がもう十五は散らばっていた。
「はーはーはー……どうじゃ」
さすがに鬼姫も息が荒くなっていたが、もう蜃の気配は消えていた。
その証拠に、もう霧はすっかり晴れている。
「なんじゃ。もう終わりかの」
泥の上に鬼姫が歩いてきた足跡があり、それをたどれば岸に戻れそうである。
まだ動いている蜃もいた。二枚貝のつなぎ目を棍棒で叩き割り、小刀を差し入れて切り開く。
「おー、立派な貝柱じゃの!」
さすがは四尺を超える二枚貝。貝柱も巨大であった。
「焼いたらうまそうじゃのう!」
調子に乗ってどんどん貝をばらしてゆくと、なんと真珠を見つけた!
「真珠じゃああああ!」
もう鬼姫の握りこぶしぐらいあるでっかい真珠である!
「これは高く売れそうじゃのう!」
有難くも、倒した全部の貝を切り開いて真珠を探す。
二個も見つかったので、大切に風呂敷に包んでたすきに背負った。
そして鬼姫は貝殻を一枚綺麗にして、ロープをかけ、その貝殻の上に五匹分の貝柱を載せてそりのように引っ張った。
荷物を吊るした木のところまで戻り、そこらへんの石を組んで囲炉裏を作り、貝殻ごと火で炙って貝柱を焼いてみる。塩だけ振って食ってみたが、もう大喜びして舞いたくなるほどうまかった。
日が落ちる。空は晴れて月や星が明るい。
たらふく食べて、飲んで、一人で宴会していた鬼姫は一人、木の上で毛布にくるまり、編んだロープに支えられて眠りに落ちる。
明日は来た道を引き返して、もう一度次の街への道を探し直さなければならない。まあそのへんは心配しても仕方がない。
先のことは心配しても鬼が笑うというもの。
きっと、明日はもっとなにかいいことがあるはずだと、楽しい夢が見られるように星に願った。
次回「67.最果ての街」




