58.開拓の国
いくつもの町を抜け、順調に旅をした鬼姫。不思議と大物魔物の討伐依頼はどのギルドにも掛かっていなかった。
「……魔王城に近づいているはずなのに、魔物は少ないのじゃの」
魔王城に近づく前に、まず公国の首都に近づいているのである。隣国との間が魔物だらけでは交易さえままならないに決まっているのだからそうなる。
先を急ぐ旅ではない。鬼姫は乗合馬車を使わず徒歩で旅を続けるうち、公国首都のアウストラに入った。首都は領土の真ん中にあるわけではなく、案外隣国ルント寄りである。
小さな国だから、首都は壁に囲まれているなんてこともなく、食料供給をする農村、畑に囲まれ、近づくに従って家屋が増え、緩やかに都市に変わっていった。
隣国の属国であるスタール公国。貨幣はルントの金貨がそのまま流通しているので金銭面での不自由もなく、鬼姫はそのまま首都アウストラに宿を取る。
翌日からさっそく首都ハンターギルドに顔を出したが、依頼票が貼ってある掲示板には、どうも南北での開拓村の魔物退治ぐらいしか仕事は無い。東は人口が少ないのだ。首都のハンターギルドはなかなか大きな門構えなのだが、仕事に出払っているのか、人は少なかった。
「うちはハンターなんじゃが、少しお尋ねしてもええかのう?」
カウンターで女性の受付に聞いてみる。
「はい、どうぞ」
「うちはルントから来たのじゃが、こちらのスタールではハンターの仕事と言うとどういうものがあるのかのう?」
受付の女性は鬼姫と見た目大して歳も違わぬ女性。つづらを背負った奇妙な巫女装束にも特に驚きはせず対応してくれる。今は金銭的にも余裕がある鬼姫、本気で仕事を探しているわけではない。国情を知りたいならやはり求人の内容からというわけである。
「そうですね。スタールは国土の半分が開拓地です。未だ東に開拓を続けながら領土を拡大しているところですね。大公様は開拓地に移民を自由に受け入れ、税も最小限にして、自治を認めています。ですので、そちらのギルド支部なら、魔物の討伐の依頼が多いです」
「国境からここまで、護衛以外のハンターギルドの依頼はほとんどなかったのう」
「ルントから首都までは大きな街道ですので、魔物も野盗強盗もあまり出ないんですよ。首都より東と、南北の小都市までは街道整備がまだ不十分ですので安全のために護衛を付ける商人さんや輸送隊はあります。公国の駐屯軍も魔物発生などの不測の事態に備えていますが、連絡が来ればハンターも動員されますね」
「護衛以外ではいつも仕事があるちゅうわけではないのじゃのう」
「人口がまだまだ少ないってことがあります。魔王が復活する国ですから、定着する人が少なくて開拓民も貧しいです。大きな商会も無いですから、野盗強盗ならもっと一攫千金が狙えるルント王国を狙うわけですね……」
はっきり言って貧乏な国だが、その分案外、魔王がいないときは平和なのだ。田舎でいくら暴れても名も売れず金も稼げないのは犯罪者もハンターも同じだ。
都市のほうが犯罪で稼ぎやすいため、田舎は治安がいいのはどこの世界でも同じだろう。
ただ、田舎には魔物がいる。そこだけがやっかいなのだ。
「ここから南北に延びる街道には魔物も猛獣も出ますから、商人の皆さんから護衛の依頼があります。戦争もありませんし、公国軍も手が回らないところはハンターに任されているという感じでしょうか」
「なるほどのう」
「ここでは南北に向かう旅行者、商人さんの護衛が主な依頼で、パーティーを組んで馬車隊の護衛をやります。もしかしておひとりですか?」
「ここまで一人でやってきたのでのう、ぱーてー仕事はやったことがないのう」
妖怪退治が専門の鬼姫には、この街では仕事がなさそうだ。
「東の開拓村に行き、魔物退治を手伝うちゅうのはどうかのう? おすすめでけるかの?」
これには同性で年頃も近い受付嬢ということもあり、顔をしかめて正直に答えてくれた。
「お勧めできませんねえ。最前線の公国軍に安い依頼料でいいようにこき使われるだけになるかと思います。もちろん大変危険です。女性となるとさらに、その、過酷になるかと」
ちゃんと心配してくれる。まあそこはありがたかった。
「女性のハンターは珍しいです。貴族様や大商人などの富裕層の女性客には護衛に女性ハンターを指名してくる例はあります。お勧めなのはそういうお仕事になりますか」
……鬼姫が一番苦手な仕事であった。
「まあすぐに仕事が無いと困るわけでもないの。あと一つええかのう」
「はい」
「賢者オーツ様に会いたいの。手紙を預かっておる。公宮におると聞いた」
これはちょっと驚かれた。
「オーツ様にですか。どなたからのお手紙ですか?」
「えーと……」
鬼姫は帳面を出して読み上げた。
「アターリア市 衛兵隊長ブロー・スタンフォード殿から、賢者オーツ様宛て、じゃの」
「ブロー・スタンフォード様。勇者アレス様パーティーの剣士様のご子息……ですよね?」
「そうじゃ」
「あの、どういうお知り合いでしょう?」
「一緒に仕事をした仲じゃの」
「申し訳ありませんが、ハンターカードを見せていただいてよろしいですか?」
言われてみればそれが一番手っ取り早かったかもしれない。最初から出せばよかった。鬼姫はつづらを開いて、巾着からカードを出して渡した。
裏面を見て受付嬢は驚愕する。
「こ、こ、これ、本当ですか!」
オーガ、マンティコラ、マーマン、魔女、三級強盗団確保、ゾンビ、スフィンクス、アラクネ、サイクロプス・、雷鳥、サラマンダー・、ヴァンパイアである。驚かないわけがなかった。
「ほんまもんだと証明するのがギルドの仕事だと思っておったがの」
「あ、はい。そうなんですけど、そうなんですけど、あの」
「オーツ殿は今どこにおるかわかるかのう?」
「今は中央教会にいらっしゃいます」
「なんじゃ。お城勤めだと面倒だと思っておったが、教会なら訪問しやすいのう。なら会いに行てみるのじゃ。カード返してくれるかの」
「あ、はい……」
カードを渡す受付嬢の手は震えていた。
「世話になったの。また来るかもしれんのでよろしゅうの」
「はい!」
つづらを背負った鬼姫は、ギルドの壁に貼ってある市街地図を眺めた。
「ふむふむ、今がここじゃから、この通りを真っすぐ行て、角を右に行て、三つ通りを抜けて、羽が広がっておったら教会じゃの」
そのままハンターギルドを出て大通りを通り、覚えていた道順をたどると中央教会が見えてきた。
オーツにあったら何と言おう。まず手紙を見せて、だが。
「魔王、どんな男じゃった? いい男だったかの?」
うーん……。さすがにそれはダメだろうと、思い直す鬼姫だった。
次回「59.賢者オーツ」




