57.国境超え
国境の町が近づく。
隣国のスタール公国とは、魔王討伐の協力関係から今は同じ女神レミテス教のルントが宗主国でスタールが属国である。
魔王出現と共に女神レミテスから勇者に神託、加護が行われ、魔王を封印した歴史がある。大陸の各国は結束して魔族と闘い、女神の神託を受けた歴代勇者がレミテス教の教義を伝え、布教が広がった。そのへんは教会発行の聖書にも書いてあり、鬼姫も理解できていた。
「……魔王、なにしたんじゃ?」
勇者に討伐されるほど悪いことをしていなければ、魔王と呼ばれるわけがないのにどうもその辺が聖書ではあいまいなのだ。魔国と人国が戦争していたなんて話は無く、聖書はいきなり女神から天啓を受けた勇者が聖人たちとパーティーを組み魔王討伐に旅立ったところから話が始まっている。
日本神話には悪魔、堕天使のような神と敵対する者たちは登場しない。そのかわり八岐大蛇のような怪物がそれに相当するが、その八岐大蛇を倒した素戔嗚尊でさえ悪行三昧で高天原を追放されたある意味悪役である。キリスト教で言えばさながら堕天使であろうか。
「魔王……八岐大蛇みたいな妖怪なのかのう?」
鬼子である鬼姫も、本来妖怪なのであろう。だったら、同じ妖怪同士、話ができるのなら会って話してみるのも面白い。今は封印中だったら、その封印が解けるまで待ってみるのもいいかもしれない。
まあ、そのどれもまずは東に向かってみなければわからないことだらけだ。
ルント王国の辺境伯が治める国境の町に着いてまず一泊。翌日は国境門につづらを背負って歩いて行く。陸路を使った貿易が盛んであり、二国共同の国境警備門がある。二国は川で隔てられており、越境には大橋を渡ることになる。
「はい、身分証明ありますか?」
「ほれ」
国境警備の衛兵の職員が出入国管理をしている。身分証明になるといえばハンターカードなのでそれを出す。
若い衛兵が騒いだが、呼ばれた衛兵の上司は案外すんなりと通してくれた。
「うちはハンターなのでの、あちこち旅して魔物の討伐を引き受けておる。東に向かうのもそのためじゃの。おぬしいい仕事がないか知らんかの?」
旅の目的を聞かれるから、こう答えておけとスタンフォードに言われていたのが良かったのだろう。鬼姫はそう思った。
「あれだけのお人、国外に出しちゃっていいんですかね……」
衛兵の素直な問いに、上司らしき男は首を振る。
「かかわるな。かかわらないほうがいい。俺が何年国境警備をやっていると思っている。俺の勘が叫んでいる。あれは知らん顔して通してやるに限る」
その顔は青ざめていたが、鬼姫はそんなことは知らない。
周囲の衛兵たちに惜しまれながらも、世話になったルント王国に別れを告げ、ゲートをくぐって橋を渡り、いよいよ隣国のスタールに入国した。
入国審査に当たっては、やはりハンターカードを見せれば普通に通過できたし、言葉の違いはせいぜい日本で言う方言程度の違いしかなく会話に不自由はなかった。鬼姫の事は知られていないようで、カードを見せてもなにもチェックされなかった。鬼姫が衛兵にかざすカードに、兵がなにか光る石で照らしてみるだけである。真贋鑑定をしてすぐわかるからカードは偽造できないようになっており、他人がカードを使ってもそれはすぐバレるようになっているとは前にも聞いた。
入国理由をスタンフォードのお勧め通りに「魔物討伐」と答えれば「ご協力ありがとうございます。東の開拓地では今も魔物が出ますからそちらがお勧めかと思いますね」と教えてくれた。
スタール公国は大陸の東端の国。ファルタ大公が治めている。
「異国か……。国を越えるなんて初めてじゃの。まあうちにしてみればどこでも異国じゃ。町から町へと何も変わらんのう」
広さはルント王国より小さく、人口も十分の一。公国領土の半分より東は開拓民しか住んでいない土地というのがハンターギルドからもらった地図でわかる。宗主国のルントにしてみれば、周辺国の一つに独立自治権を与えている程度の規模であり、東の海まで領土となっているが事実上東半分は未開地である。
なぜ宗主国ルントに取り入れられることも無く独立しているのかと言えば、ここが魔王城を抱えた厄介な僻地だからである。何かあったときに切り捨てて見捨てることができるようにあえて別の国にしてある。それがこの大陸各国の共通の認識だったのだが、もちろん鬼姫はそんなことまではわからない。
「東端は海。その先に日本があるなら、唐(中国)に入っておるはずじゃ。港があって、日本に向かう船もあるはずなんじゃが、やっぱり日本はないのじゃのう……。街並みも西洋そのもので、人も西洋人しかおらんしの」
国境を抜ければ、そこは唐国で東洋の街が並んでいると想像していた鬼姫は落胆した。
ここまで来ても鬼姫はこの世界に来てまだ「東洋人」に会ったことが無い。
東洋という概念がない世界なのだ。これにはがっかりするしかない。
「大地は丸いと聞く。海を渡って、もう一つ大陸を横断せんとあかんのかのう……」
そこまで考えた。東の海に到達して海を渡れなかったら、引き返して今度は西を目指すことになるのだろうか。
街をぶらぶら歩く。スタール公国にとってもここは国境の町で、国の西端。宿屋が多い宿場町であるが、ハンターギルドの支部は無かった。
こういう小さい宿場町では酒場がギルドの支部を兼ねている場合もあった。大して大きな町でもないので鬼姫は国境警備門に引き返して衛兵にハンターギルドの窓口の場所を聞いてみた。幸い昼間から開いていたのは良かった。
「たのもう。今この町についたハンターでの、仕事を探しておるのじゃがの」
「……今は無いよ。東の開拓地に行けば魔物退治はあるが、ここは国境。首都までの街道はよく警備されてるから首都まで護衛の仕事は首都からの往復になるし。薬草とか取ってきてくれるなら途中途中の町で引き受けられるが」
ギルド掲示板のある酒場の店主はつれなかった。
掲示板を見ても中央での求人みたいなものがあるだけだ。
「あと、賢者オーツ様に会いたいのじゃがの、どこに住んでおるかわかるかの?」
「オーツ様か。ってあんた魔法使いか?」
店主はちょっと驚く。
「オーツ様はこの国にいて、もうかなりのお歳だと思うが公都で健在なはずだ。この国では魔王討伐の英雄だし、大賢者だから公宮にいると思うが、会うのは難しいと思うぞ?」
「話ぐらいはでけるじゃろ。なんとかなるわの」
「何とかなるお方じゃない。国の英雄なんだからハンター風情と会ってくれるとは思わんな」
なんだかがっかりした。まあオーツ宛てに預かったスタンフォードの手紙もある。
とりあえずこの国の首都に行ってみるしかないだろう。鬼姫は東へ向かって歩き出した。
次回「58.開拓の国」




