56.勇者の歩んだ道
スタンフォード邸では、夜にはご馳走が並び、客間のふかふかベッドで眠ることができた。
心労で倒れそうになっていたスタンフォードの奥さんにもよく礼を言われて、鬼姫はさすがにそろそろ居心地が悪い。
スタンフォードもくどいほど礼を言う。宿屋の壊れた窓の修理費も払ってくれるそうだ。
「ばんぱいあが倒されたのじゃ。娘さんが気を取り戻したのはそのせいじゃろう。鈴を鳴らして騒げば目も覚める。別にうちのおかげちゅうわけではないの」
「それでもだ。鬼姫さんがたまたまこの街に来なかったら、何も解決していなかった。妻も元気になってきたし、本当に助かったと思ってるよ」
「さよかのう……。おぬし領主がいなくなって、これからどうなるのじゃ? 下手したら失業じゃろ。やくたいしたとは思わんのかの?」
「さあ……。カルハード伯爵には子がなかった。どなたか親族の方が跡を継ぐことになると思う。引き続き雇ってもらえれば言うことないが、この先はわからないな」
スタンフォードを失業させてしまったかもしれない。そこは鬼姫は申し訳ないと思うのだ。だが娘の命には代えられない。それも良いかと思い直す。
「まああんな奴が主でいるよりましかの」
「今回の謝礼だ。受け取ってほしい」
「今回はようけ働いたの。遠慮なく礼を申す」
鬼姫は革袋の中身も見ない。
「このままこの街にいて、一緒に働いてほしいと正直思うが」
「うちは東に旅する目的がある。準備ができたらすぐに発つつもりじゃ」
「残念だ。もう国境も近いが……、東に向かう理由はなんだ?」
「ん-、そうじゃの。東の果てまで行てみたい。それだけじゃ」
「やめておけ……。東の果てにはもう廃墟になった魔王城があるだけだ」
「魔王城!」
鬼姫のテンションが一気に上がる。
「魔王城って、あの、勇者が倒して、今は魔王が封印されておるという、あの魔王城かの!」
「そ、そうだが?」
「聖書にも載っておった。勇者伝説の絵本でも勇者は魔王城を目指して東に旅したとある」
「俺の父は魔王討伐に向かった勇者パーティーの一員だった。剣士だよ」
「そうだったのかの! そういえば聖女のテレなんとかも勇者の一員だったと言うておった!」
「テレーズ様な? もしかしてテレーズ様に会ったのか?」
「会った。ばーさんじゃったが」
これにはスタンフォードも顔をしかめる。
「失礼な……。鬼姫さんは異教徒だったか。よく会えたな」
「向こうから会いたいと言うてきたのでの」
「何者なんだ鬼姫さんは……」
「うちは東に行く。魔王城に行く手がかりがあるなら教えてほしいの。これはテレーズ様からの書状じゃ」
鬼姫はつづらから、教会から受け取った手紙を出して見せる。
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親愛なるオニヒメ様。
ご迷惑をかけて申し訳ありませんでした。
どうか、この世界では死なないでください。
お元気で。
聖女テレーズ
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「……確かにテレーズ様の書状だ。この世界で死なないでって、どういう意味だ?」
非常にズルいと思うが、この聖女テレーズの短くて意味不明な手紙が、勝手に相手の憶測を生み、役に立ってくれるようだ。いい手かもしれない。これからも使わせてもらおうと鬼姫は思った。
「どういう意味かはうちもわからへん。それを探しに行く旅ちゅうところかの」
「まさか鬼姫さん、今代の勇者なのか?」
「それは違うと思うのう。勇者がどうやって選ばれるかなんて知らへんし」
「昨夜の鬼姫さんを見る限り、俺の父にも劣らぬ強さだったと思うが……」
「そら買い被りであろう」
「いや、あんな容赦ない惨殺、父でもやらんと思う……」
スタンフォードは肩をすくめる。
鬼姫を見る。
その表情は真剣で、決意は固そうだ。
「本気? 本気で魔王城に行きたい?」
「行きたいのう!」
当惑するスタンフォード。なにが鬼姫をそうさせるのかわからなかった。
「…………父は十年以上前に亡くなった。寡黙で、魔王討伐の旅のことは話したがらなかった。記録もほとんど残していない」
「さよか。げんなりじゃのう……」
「だが、同行していた魔法使いの方は未だ健在のはずだ。東の隣国に住んでいる。大魔法使いオーツ。聞いたことあるだろう」
「勇者の絵本に載っていたのう!」
つづらから子供向けの絵本を出す。東に行くついでに魔王を探すことにして参考に街で買ったものだ。難しい本はいっぱいあったが、鬼姫の異世界での国語力だと子供の絵本が一番手っ取り早いのでこれにした。
「これじゃの。勇者あれす、剣士すてんふぉーだ」
「スタンフォードだ」
「おぬしの父じゃったの、聖女てれーず、大魔法使いおーつ」
「四人組のパーティーだった」
「おーつに会いに行てみるかのう」
「いいかもしれない。俺から書状を書こう。子供の頃会ったことがある。俺の事を覚えておいてくれればいいが」
「どこに住んでおるのじゃ?」
「……もうわからないな。オーツ殿は隣国が生まれ故郷だ。どこに住んでいても有名人だし隣国で聞けば知っている人もいるだろう」
「わかったのじゃ」
「じゃ、手紙書くからもう一晩泊まっていって」
さりげなくおもてなしを一晩追加するスタンフォード。強引である。
「うーうーうー……。短い手紙で頼むのじゃ。あまり詳細にあれこれ書かれてはかえって面倒になるの」
「鬼姫さんの力になってあげて、で、いいかな?」
「頼むのじゃ!」
スタンフォードは席を立った。
「俺は鬼姫さんがうらやましい。俺がもっと若くて自由だったら、同行して父の旅を俺もたどっていきたいぐらいだ」
残念そうに言う。綺麗な奥さんと娘さんがいる今の生活の何が不満なのかと鬼姫は思う。
「苦労することになるがのう」
「鬼姫さんは楽しそうに見えるがな。もし帰ることがあれば、ぜひ寄って、土産話を聞かせてほしい」
「案外気に入って向こうに住んでしまうかもしれんがの」
「気長に待つさ。約束はしないでいい。ところで昨日ヴァンパイアの首を落としたあの凄い剣、もう一度見せてもらえないか?」
「そらお断りじゃ。おぬし家を売ってでも欲しいと言い出すじゃろ!」
その晩は、二人でスタンフォードの父の遺品をいろいろ調べることになった。
参考になるものはあまりなかったが、それでも走り書きの地図が出てきて、それは魔王城までの道筋を簡単ながら表していた。
スタンフォードは最新の地図と照らし合わせて、その道筋を追う。
当時と違って、今は開拓村が広がって、新しい町や村もできている。
多くの魔物が討伐され、魔王が倒され、人間の領地は広がったはずだ。
だが今も多くの魔物が出て開拓の手を阻んでいる。
「開拓をあきらめて廃村になった村も多いはずだな……。隣国の事だから今の事情はわからないが」
「かまへん」
「強い魔物の生き残りもいるだろう」
「蹴散らせばええ」
「そのためには、魔王城をも乗り越えていかねばならないとしてもか」
「よい目印じゃろう」
「そんな物見遊山な……。すごいなオニヒメさんは。どうしてそんなに東に行きたい?」
「そこにうちの故郷があるかもしれんからじゃ」
地図を写しながら、ふうーとスタンフォードはため息する。
「オニヒメさんは正直言うと、その、あきらかに俺たちとは違う人種だ。外国人だと単純に思っていた。しかし見たことない武器、人外なその力、強力な火を吹く魔力。そんな国、あるとしたら魔族の住むさらに東であってもおかしくないな……」
「うちは鬼子じゃ。鬼の最後の生き残りがうちじゃ。妖怪や魔物言われてもかまへん。せやけど、うちは人に養われ、人として育ったんじゃ。そこに住む人はおぬしらとなにもかわらん、ただの人じゃ。魔物の国ではなかったの」
「……」
スタンフォードは黙って聞く。
「恩ある日の本の人が暮らす国。それが東の海の向こうにあるかもしれんと思ったら、この目で見てみぬうちは気が済まんのじゃ。そうせんと、どこで死んでも、きっとうちは後悔することになるの」
「……故郷に帰りたい、か。よくわかったよ」
それからも夜を徹してスタンフォードは父の遺品から、魔王城までの手掛かりを探したが、残念ながら大したものは見つからなかった……。
「勇者の旅、よほど都合の悪いことがあったと見えるの。こんなになんにも残っておらんのではのう」
「すまん。お役に立てなくて」
「いいんじゃ。オーツとやらに聞いてみることにするの」
「……会ってくれればいいが」
翌朝、スタンフォードと奥さん、屋敷の使用人たちに見送られ、鬼姫はまたつづらを背負って旅立った。
つづらには、勇者パーティーだった賢者オーツへの手紙が入っている。
謝礼は後で見たら白金貨二枚。
国境は、あと少しだった。
次回「57.国境超え」




