43.鬼姫の秘密
「神父様ではないかの。うちに何ぞ用ですかの?」
「神父さん?」
「今日、教会で説教をしてくれはった神父様じゃ」
わざわざ神父が鬼姫を訪ねてきたことに職員が驚く。教会では多くの信者が神父の話を聞いただろうに、その中から鬼姫にだけ用事があると言うのでは何かあったかと思わずにいられない。
教会は王都の中央に大聖堂があるが、街中にも分所の教会は点在していて、平民の市民相手に女神教の布教をしている。鬼姫が通っていたのはハンターギルドから近い、そんな教会の一つである。
「どうしてもお話ししたいことがありまして。私は神父のシルバインと申します。今日は教会まで来てくれてありがとうございました」
「御足労かけたの。なんぞ粗相がありましたかの?」
「その、内密で話したいことが」
「うちは隠し事が苦手じゃ。ここでよろしおす」
「できれば二人で。大事な話なのです」
「ここでええの。大事な話ほど、みなにも聞いてもらわねばならんの」
「ちょっとマスター呼んできます」
どたどたと職員のハルトが二階に駆け上がる。
これは鬼姫はなにかを用心してみんなを頼りたいと考えていることになる。職員のハルトは自分たちが鬼姫に頼りにされていることが嬉しかった。
昨日家に帰らず、夜中まで仕事をしていて寝ていたギルドマスターのダクソンが二階から降りてきた。服もしわで無精ひげというちょっと寝起きでだらしない姿だった。
「教会の神父さん。シルバインさんね。ギルドマスターのダクソンです。うちの鬼姫にどんな御用で? ふああ……誰かコーヒー持ってきて」
鬼姫がみんなに背を向けてオイルランプにぷっと炎を吐いて点火し、ポットを火にかけた。
「あ、俺やりますよオニヒメさん」
ハルトが代ろうとするが、「うちの客じゃし、これぐらいはの」と言ってカップを出す。宿舎に長居していたせいでコーヒーぐらいは職員のみんなにふるまえるようになっていた。
ダクソンは神父のシルバインに席を勧め、自分はソファにどかっと座る。
職員二人もその後ろにいるという、完全に「鬼姫は俺たちが守ります」という形である。
「いや、あの、お話があるのはそちらの方で」
「鬼姫さんだ。ギルドでハンターをやってくれている。あんたたちは罰当たりな仕事だと言うけど、誰かがやらんと困る仕事だろう。話ならまずギルドを通してもらわないとな。俺たちが聞きますよ」
「内密な話でして」
もう神父のシルバイン、汗たらたらである。
「鬼姫さん、聞いてもいいよな」
ダクソンがコーヒーを用意する鬼姫に問いかける。
「是非聞いてもらいたいの」
「だってさ。さ、どうぞ遠慮なくここで内密の話を」
「致し方ありませんね……」
神父は胸の女神教のロザリオを握りしめて言う。
「鬼姫さん、人間ではありませんね?」
後ろの職員二人は驚いたようだが、ダクソンは驚かない。
鬼姫も特に変わった様子もなく、淡々とポットを沸かす。ドリップ式で細かい金網で湯を濾すタイプだ。
「知ってますよ。それがなにか」
ダクソンは平然と答えた。
「ようわかったの。ダクソン殿にもバレておったか」
二人、苦笑する。
「……あ、いや、魔族……と言うわけではないのですね?」
「さあ。なあ鬼姫さん、君、魔族なの?」
「うちは鬼子じゃ。鬼の最後の生き残りがうちじゃ。うちは人に育てられ、人として育った。こちらで言う人に害成す魔物や魔族のたぐいとは違うと思うがのう」
「オニってなに……。知らんけど、でも魔族じゃないみたい。どう思う神父さん」
膝の上に手を組んで神父を見るダクソン。下手なことを言ったら許さんという気迫がある。
「オニヒメさんは頭の上に角がある。オーガのメスかと思いました」
「オーガにはメスはいないだろ」
「知ってます。だから不思議だったんです」
「それ角だったんですか!」
後ろの二人が突っ込む。驚きの事実だったようだ。マダム・ネルの娼館でもらったカチューシャのような髪留めが角と一体の飾りみたいに見えるので、いつもそれを愛用していた。鬼姫はその髪留めを外して見せる。
ダクソンと神父の前のテーブルにコーヒーカップを置いて、鬼姫は頭を下げた。
「触ってみるかの? ほれ、ほれ」
「い、いや、いいです……」
「いーから、やらんでいい」
神父が怖気づき、ダクソンが手のひらでその頭を押し返す。
「オニヒメさんはいったい何者で?」
神父の問いにダクソンが振り返って鬼姫に問いかけた。
「言っていいか?」
「かまへんが、そもそもおぬしから見てうち、なんに見えとるんじゃ?」
「異世界のオニ」
今聞いたばかりなのにぬけぬけと鬼と答えるダクソンはさすがである。
「合っとるの。それでよろしおす」
鬼姫はにっこり笑う。
「鬼姫さんは異世界で死んで、こっちで生き返った異世界人ってことになる。だがここまで鬼姫さんは多くの魔物や、魔女といった魔族を駆除、討伐してくれた実績がある。魔族だったらそんなことやってくれるわけが無い。それは俺たちハンターギルドが保証しますよ」
「……そうなんですか」
「異世界人とは言っても、実は鬼姫さんにもその辺の事情はよくわかっていない。教会の記録にそういう前例はないんですかね?」
「ありますね……。その、誰がそうだとは言えませんが、異世界から来たという人の事例はあります。何百年も昔の伝説みたいなもので、いまさら証拠もなにもありませんが」
「教会にも前例があるんだったら、それで納得いく話ってことになりませんかね。頭に角が生えてるだけで罪になるわけじゃないでしょ」
膝の上に肘を当てて身を乗り出してダクソンが神父に顔を寄せる。
近い近い近い。
「納得いかないことが一つ」
「どんなことでしょう?」
まだあるのかという顔のダクソン、体を戻してコーヒーを一口飲む。
「オニヒメさん。あなた、封印がかかっています」
「封印!」
ダクソンは驚愕した。
「封印?」
鬼姫は意味がよく分からない。
「……物凄い強力なやつなんですよ。どんな術式かも私たちにはわからないぐらい。桁外れなやつです。そうですね、たとえて言うなら勇者が魔王を封じ込めるときに使うような神聖魔法にも匹敵します」
「え? でも鬼姫さん普通に歩き回ってるよね?」
「そうなんです。まるで石にでも封じ込められていなきゃいけないぐらいの封印なんです。なんで外を出歩き回ってるのか不思議です。なんの封印かはすぐにはわかりませんけど」
全員が鬼姫を見る。
「……なんなんなん?」
これはさすがに、鬼姫は戸惑うしかなかった。
次回「44.封印」




