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41.仮宿


「長い旅になるよな……。オニヒメさん。せっかくだからこの街でいろいろ準備したほうがいいだろうな。長く滞在してくれるんだろ?」

「そのつもりじゃの。いろいろ調べて、いろいろ知っておきたいと思っておる」

「わかった。えーと、面倒なんだが、今朝獲った雷鳥、実は今まで捕獲されたことが無くて、あれが本物の雷鳥かどうか実はまだわからないんだ」

「そうなのかの」

 まあそんなこともあるかと鬼姫は思う。商人に買い取ってもらって金子きんすもすでに受け取っているので別に気にすることでもない。


「商人にしても、あれが本物だと証明されないと売り物にならないはずだ。だから、結局一度王都のアカデミーで預かって、解剖調査とかいろいろ調べることになるだろう。そう指示しておいた。今は商人の返事待ちさ」

「それでよろしおす」

 あの場で調べたいと、さんざん文句を言っていたアカデミーの学者さん、結局うまいこと言って自分で調べられることになったのなら満足だろう。


「新種ってのは間違いないし、調査結果が正式に出たら、オニヒメさんのハンターカードに追記するよ。依頼が出てたわけでもないし手数料は取れないし記入は俺がやるからタダだよ。新種の魔物を捕らえたんだからハンターギルドには名誉なことだ。ありがたいね」

「おおきに」

「そんなわけで結果が出るまではこの王都にいてもらいたいんだ。ま、オニヒメさんがそんな裏書きいらないって思うなら出ていかれても仕方ないが……」

「わかったのじゃ。最初からこの街には当分滞在するつもりでの」

「そうしてくれ。何かあったら頼むこともあるかもしれない。その時は引き受けてくれるか?」

「さいぜん衛兵がうちを捕まえようとしたときに口添えしてくれはった。それぐらいの恩は返したいの。お役に立てるならの」

 出された食事を全部平らげて、ホットドッグにも手を出す鬼姫。


「紅茶もう一杯頼む?」

「お願いするのじゃ」

 ちりんちりん。ダクソンはテーブルのベルを鳴らしてボーイを呼び、紅茶とコーヒーをもう一杯ずつ頼んでくれた。


「オニヒメさんは王都でどうする?」

「まずは今夜の宿探しじゃ」

「ああ、ならギルドにはハンター用の宿舎しゅくしゃがあるから、そこで寝泊まりするのはどうかな」

「それ頼みたいのう!」

「そこにいてくれたらすぐ連絡つくから俺も助かる」

 うんうん頷くダクソン。


「うちからも聞きたいのじゃ。この世界でいろいろ勉強したいとなるとどうすればええんじゃ?」

「勉強か……。ハンターから勉強したいなんて初めて言われたよ」

 ダクソンはちょっとびっくりだ。


「オニヒメさんは異世界人って前提で、これからこの世界で生きていくために必要な知識が欲しいってことだよな?」

「恥ずかしながら」

「実はハンターは師匠からいろいろ教えてもらってから独立ってのが多くてね、ハンターの学校みたいなものはない。王都には魔法学校もあって、魔法使いはだいたいそこの卒業生だが、オニヒメさんにはどっちもいまさら不要だな」

 実績を見ても鬼姫は既に魔物退治のベテランと言えるだろう。


「この世界のことを勉強したいなら、ハンターギルドの書庫にある本を読めばいい。役に立つ本がいっぱいある。そこ使ってくれ」

「わかった。明日から通うのじゃ」

「せっかく用意しているのに利用してくれるハンターがいなくてねえ……。まったく脳筋ばかりだよ。そこで勉強してもらえるなんて嬉しい限りだね。あと、教会で説教を聞くのもいい。この世界の歴史、常識、倫理観。そういったものを学ぶには教会が一番だ。毎回献金することになるけどね」

「神社かて玉串料たまぐしりょうを取るからのう。それぐらいは出すのじゃ」

「ああ。当分教会に行って、ギルドの書庫に行って、宿舎に戻る、なんて生活をだらだらと好きなだけやってくれればいいと思う。暇な時間は街でも回って見聞を広げればいい。困ったことがあれば俺や職員に相談して」


「……なんでダクソン殿はそこまでうちの面倒を見てくれるのじゃ?」

 ここまでいろいろ説明されて、いくら何でも話がうますぎると思い始めた。

 それを聞いてダクソンは不思議そうな顔になる。


「この程度でか? どれも実費なんてかかってないだろ。宿舎って言ったって本当に泊まれるだけだから、食事も洗濯も全部オニヒメさんが勝手に自分でやれって話。俺は別に面倒見たりなんてしないが」


 危なかった。ただ単に王都のハンターが無料で利用できる場所ってだけの話だった。親切で優しいダクソンが、急に普通に見えてきた鬼姫であった。



 食事を終えて、二人でギルド本部に入った。

 一階の一部屋に入る。そこは事務所で、五人ほどが机に向かって執務をしていた。

「みんな、今朝、雷鳥を仕留めたオニヒメさんだ。支部には無所属でフリーのハンターだ。王都に来たのは初めてらしい。ターキー、宿舎に泊まれるようにしてやってくれ」

「はー、この方がですか。女の人なんてびっくりですよ」

 ターキーと呼ばれた男の職員が顔を上げる。眼鏡の真面目そうな男である。


「宿舎ですか。ずいぶん使ってないですが、それでよければ。どれぐらいの期間ですか?」

「今のところ無期限」

「すぐ出ていきたくなっちゃうと思いますけどねえ」


 ターキーは立ち上がって鬼姫の前に来る。

「ターキーです。ここで職員をしています。ご案内しますのでついてきてください」

「オニヒメと申しますのじゃ。よろしゅうお願いいたしますのじゃ」

 鬼姫は優美に頭を下げて礼をした。

「……なんで俺より対応が丁寧なのオニヒメさん」

 なぜか不満そうなダクソン。


 案内されたのは一階の少し奥。廊下を挟んでドアが六つある小部屋。独立して建ててある宿舎ではなく、ギルド館内の一角である。

「緊急の時に職員も寝泊まりするための部屋です。ハンターも利用します。今は誰もいませんから、どの部屋でもお好きなところをお使いください。使う部屋が決まったら教えてくれれば鍵を渡します。掃除用具は廊下の一番奥にある道具棚に入っていますから掃除してから使ってくださいね。流し台とトイレはこちら。ゴミは炊事場裏に燃えるごみと燃えないゴミに分けて出してください。出入りはギルドの表門じゃなくてこっちの宿舎門を使って。こちらのカギも後で渡します。まあそんなところです」

「わかったのじゃ。案内、礼を申すのじゃ」

「なにかあれば事務所をお尋ねください。では」


 鬼姫は六つの部屋を全部見て回った。

 不潔だとは言わないが、長年使われていないようで埃だらけ。

 鬼姫は取りあえず窓があって一番明るい部屋を使うことにした。なにはともあれ、とにかく掃除だ!


 はたき、ほうきで掃き清め、流し台の手漕ぎポンプで水を桶に汲み拭き掃除。

 巫女をやっていたのだから神社でこれぐらいの作業は年中行事。鬼姫は文句も言わないし、だんだん綺麗になっていく部屋が嬉しい。

 狭いながらも楽しい我が家。少なくともひと月ぐらいはいてもいいと思うようになっていた。

 腹がすいたのでつづらを開けて、干しパン、干し肉、干し果物に水筒の水という昼食を取り、共同のトイレもピカピカに磨き上げる。

 ついでとばかりに宿舎房の通路、廊下も掃除する。

 バタバタと音がするので、何事かと職員が見てみれば、廊下を鬼姫が両手を床について雑巾を廊下に滑らせ、往復しているので驚いた。

「オニヒメさん! モップ! モップがありますから!」

「もっぷってなんじゃ」

「棒の先に雑巾を取りつけてですね、こう、床を拭く……」

「そっちのほうが面倒じゃて」

「いやモップのほうがどう見ても楽でしょうに……」


 夕方には、窓もピカピカに磨かれ、夕日がきれいに差し込んで、六つあるどの部屋もすっかり綺麗になっていた。鬼姫、恐るべき家事能力である。

「うわあ……」

 帰り支度の職員たちが驚いたのはもちろんである。

「よ、嫁さんに来てほしい……」

 一人の若い職員が同僚にぺしっと殴られた。


「あの、オニヒメさん、どの部屋を使うんですか?」とターキーが聞いてくる。

「この角部屋じゃ。日が入って明るいからの」

「わかりました。このカギをお使いください……。事務所と宿舎を分けるドアは夜間は鍵をかけます。出入りは宿舎専用の通用門がありますから、外出する際は鍵をかけてからお願いします。こちらがその鍵です」

「わかったのじゃ」

「あの、今夜、ここで寝るんですか?」

「いや、今夜は普通に街で宿をとるぞ。食い物も無いし寝床もひどい。ここに住むのはまずそれを揃えてからじゃ」

「はあ、そうですか……」

 そうして、鬼姫はつづらを背負い、宿舎の門から出て行った。


「なんか凄い人来たな」

「ああ……」

 五人の職員は顔を見合わせて、苦笑するしかなかった。



 翌日、昼近くに鬼姫は丸めたマットレスと、畳んだ布団と枕、毛布を背負ってギルド本部に現れた。もう後ろから見れば布団が歩いてきた、という感じの大荷物である。つづらは胸の前に抱えていた。

「寝具店を聞いて買ってきたんじゃ!」と言う。

 またどたばたと音がして、事務所に顔を出した鬼姫は、「古いとこはどこにほかればええんじゃ?」と聞いてきた。

「隣接した商人ギルドにゴミの焼却炉がありますのでそちらで。えーえーえー……。まあとにかくご案内します」

 部屋に備え付けてあった古い寝具をまとめてかかえて鬼姫はターキーの後をついていく。

「ここです。入りますかねそれ」

「うーん、切って入れればなんとか」

 いつの間にか短刀を出した鬼姫は古いマットレスを切り刻んで焼却炉に放り込んだ。なぜか焼却炉は点火されていて、ゴミが燃える。鬼姫が火を吹いているところはターキーは見逃したようである。


「薪はあるかの?」

「裏に積んでありますから自由に使ってもらっていいです」

 昼になり宿舎の炊事場からなんだかいい匂いが漂ってきた。

「なに? 何が起こってるの?」

 昼食を外で取ろうと、二階から降りてきたダクソンが驚き顔だ。

「オニヒメさんが料理しているとしか……」

「そんなことも自分でやるのあの!」

 昼食は外で取るのが王都のオフィス街の常識。久しぶりに宿舎房の扉を開いて入ったダクソンは、その中を見て驚愕した。

 綺麗になってる! ピッカピカだ!


「あの、オニヒメさん?」

「おー、ダクソン殿。世話になっておる。今夜からここに泊まるのでの、よろしゅう頼むのじゃ」

 そう言いながらかまどの前で鍋をかきまわしている鬼姫。当然炊事場もピカピカである。もうなんていうか、とにかく凄い人が来たと、全員が思った……。



次回「42.異教徒鬼姫」

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― 新着の感想 ―
[一言] そんなことも自分でやるの、って、全部自分でやれっつったのアンタでしょ… 嫁に来てほしい?家事一般できる人がご要望ならお手伝いさんを雇いなさい
[一言] 鬼姫さん短期間ながらメイドのお仕事をお勧めだ!! 体力あるしね! ほかのものがしたがらない夜勤専門でもOK!でしょう。 なんてことを夢想しちゃうくらい、鬼姫さんの有能ぶりですね。
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