40.王都のカフェテラス
ダクソンは近くのカフェに鬼姫を案内し、二階に上がってベランダ席に出た。
二階から街の通りがよく見える。王都の街並みも。
「……大きな都じゃの」
「王都は初めてか」
「そうじゃ」
ボーイが来て、鬼姫は「品書きを見てもわからへんので、おぬし良さそうなものを注文してくれんかの?」とダクソンに頼む。
「ミルクティー、クラブハウスサンド二人前、オニオンサラダ二人前、ドレッシングはゴマソース。ハムサンド一人前、ホットドッグ一人前、俺にはコーヒー」
大量の注文を聞いて動じないボーイはさすがである。
「とりあえず二人前食うよな?」
「食うのう」
二人、ゲラゲラ笑う。ベランダ席にはほかに客も無い。何を話してもいいだろう。
「オニヒメさんは外国人か?」
「そうなるのう。建前で話すのが良いかの、それとも正直にぶちゃけるのがええかの?」
「ハンターギルドは世界的な組織だから、オニヒメさんのいた国にもあるはずなんだがな……。一から説明するが、ハンターギルドってのは、ハンターの支援組織でね。昔から雇い主に利用され、搾取され、安い金で捨て駒として使い捨てられていたハンターたちの現状を何とかしようと設立されたって経緯がある」
なるほど。危険な仕事を請け負うのだ。しっかりしたバックアップの組織が無いと不利益なことばかり、という話は分かる。
「ずいぶんとまともな組織なのだのう?」
「だろ? 今までハンターやってて、そこは信用できると思わなかったか? 騙されたり使い捨てられたりしないで、ちゃんと報酬事前に提示されて、間違いなくもらえただろう。仲介手数料だって報酬の一割と格安だ」
「そういえばそうじゃの」
そこまで話してダクソンは微笑む。
「歴史的には魔王を倒す勇者様御一行を支援する組織が始まりだと伝わっている。だからまっとうな組織で不正を嫌う体質なんだよ。正直に話してもらうほうが助かる。オニヒメさんは見たところこの国のことは何にもわからんと見える。まずは何でも聞いてもらいたいし、そのかわり俺も色々聞きたい」
鬼姫は考え込む。
「うーん、そうじゃのう。まず王都のハンターギルドがちっこいのに驚いたのう。今まで通ってきた町のギルドはもっと大きかったの」
「ああ、首都である王都には魔物なんて出ないからな。小さい建物は本部だ。王都本部の仕事は各支部のとりまとめ、連絡の中心ってこと。中央にいる俺の仕事はもっぱらトラブル解決ってことになるなあ……」
「大変じゃの。魔物倒すほうがまだ楽そうじゃ」
「まったくだ……。王都でハンターの仕事がしたかったら旅商人の護衛がメインだから、商人ギルドの館内にハンターギルドの窓口があるからそっちで頼む。依頼はどれも長旅になるものばかりだけどな」
目的のある旅なので長期契約は困ると鬼姫は思う。
「あんまりやりとうない仕事じゃのう……」
「ああ、オニヒメさんは討伐とかのほうが得意そうだしな」
確かに。商人の馬車隊をたくさん見かけたが、他のハンターたちとパーティー仕事になる。どこかのパーティーに入らないといけないと思うと鬼姫にはそこが面倒そうに感じた。
「で、オニヒメさんは二か月前にこの国に来る前、今までどこにいた?」
ストレートに聞いてくる。それがなんとなく信頼できると思える不思議な男であった。
「信じてもらえん前提で話すがの」
「かまわんよ。オニヒメさんの着てる服、俺はどの国でも見たことないし」
「うちは日本という国で死んだ。なんでか生き返ったらこの国におった」
さあ、これを信じるかどうかでダクソンがどんな人間かがわかるというもの。
「ふーむ、全く信じられん。だがオニヒメさんが嘘をついてないのはわかる。そこは信じる」
「だろうの――」
意外だがダクソンは納得した。まあ信じてもらえなくても鬼姫は別に困らない。
「うん、面白い。続けて続けて」
「最初にたどり着いた村で世話になったので、オーガを退治してやった」
「うん、最初のオーガだな。報告に上がってる。国境警備隊の証言もあって本当だってのはこっちもわかってる。どうやって倒した?」
「剣で斬ったり金棒でどついたり。えーと、次に……」
鬼姫は自分のカードの裏を見ながら答える。いろいろやりすぎて順番が自分でもよく覚えていないのだ。
「ほんまにオーガを倒せるならやれって言われて、鵺を射った」
「射った? 弓で射ったのか? マンティコラの事だよな?」
「そうじゃ」
「弓もなかなか使えると。そういや雷鳥も弓で仕留めたと聞いた」
「まあうまい具合に当たったの。それでハンターカードをもらえたんじゃ」
「最高に面白いよそれ。続けて続けて」
ダクソンはニコニコと嬉しそうだ。
「渡し船で河童が出たので獲った」
「カッパ? 人魚じゃなくて?」
「ああそれそれ、人魚じゃの。で、次が山姥で」
「ちょっと待って待って」
ダクソンが手を振って止める。
ボーイが食事を運んできた。ダクソンにコーヒーとクラブハウスサンド。オニオンサラダ。鬼姫にクラブハウスサンドとハムサンド、オニオンサラダに紅茶である。ホットドッグは「足りんかったらこれも食っていいぞ」と言って二人の間に置いた。
「ほなご馳走になるのじゃ。いただきます」
「今日の糧を神に感謝を」
そして食事に手を付けた。「旨いのう! これ!」とクラブハウスサンドに大喜びだ。
ボーイが去ったので、食べながら話の続きを聞くダクソン。
「まず人魚をどうやって獲った?」
「渡し船で襲ってきたので首を落としたの」
「魔女は?」
「食われそうになったんで首を折ったのう」
「魔女って魔法使ってくるよね?」
「そういえばなんか出しとったの。杖から」
「なんで無事なんだよ……」
苦笑するダクソン。もう話が荒唐無稽すぎておかしくなってくる。
「あと街に入る前に山賊八人に金を出せと脅されたので、お断りしたら襲ってきたから全員縛ったのう」
「縛った? 捕らえたのか?」
「捕らえたのじゃ。あとで衛兵が捕りに来てくれての」
これにはダクソンも驚いた。
「別に山賊だったら殺してもよかったんだぞ?」
「うちは人殺しはやらん」
「はー……。殺さずに八人捕縛って、そっちのほうがずっと難しいだろそれ」
「刃物は使っておらんでの」
「……まあ人殺しは誰だってあんまりいい気分じゃないが、よくやるよ……」
その後の餓鬼、天邪鬼、女郎蜘蛛、一つ目入道についてはちゃんと詳しい報告が届いているからもうふんふんと聞くだけだ。
「で、今朝の雷鳥は弓で射落としたと。とんでもないな……」
「当たったのう」
「見事だ。しかもそれを大したことでもないようにあっさりやる。凄すぎるよオニヒメさん。いったいニッポンでなにやってたんだ」
ぱちぱちと拍手しながら問いかける。
「神社で巫女の真似事じゃの。ついでに都で妖怪、物の怪の討伐もやっておったし、野盗や落ち武者に社が襲われれば追い返すようなこともしておった」
「ミコってのは要するにシスターみたいなもんだよね?」
「そうらしいの」
「うーんうーん、異教徒、外国人、しかも強い。話だけ聞いたら完全に異世界人だねオニヒメさんは」
「異世界かの……。たしかにうちは来た時からずーっと、ここがうちのおった日の本とも南蛮とも違うので、なんぼなんでもけったいや思っておったの」
今までかろうじて、「ここは外国」という可能性を少しは持っていた鬼姫である。異世界だとはまだ信じたくなかった。
「おとぎ話にはある話さ。全く違う世界や、全く違う時代に生き返ったり、送り込まれたり、そんな話はある。子供の絵本だけど。この年になって本物に会うとは思わなかった……」
「信じるのかの?」
「そんな嘘つく奴いるわけがない。そっちのほうが面白いしな。よく正直に話してくれた。正直に話してもらえたということは、俺も信じてもらえたということになる。嬉しいね」
ダクソンは屈託なく笑う。そのことがオニヒメの警戒心を無くしてくれる。
「オニヒメさんはこれからどうしたい?」
「好きに生きたいの。好きに歩き回って、東の果てを見に行きたい」
「ふーむ、なるほど。なんで東の果てを見に行きたいんだ?」
「もしこの世界にうちがおった日本があるとしたら、大陸の、東の果てにある海の向こうの島国のはずなんじゃ」
「ずっと東に歩いていけば、いつかは生まれた国にたどり着くかもしれないと」
「それを見届けて初めて、うちは異世界人としてこの世界で死ぬことがでけると思うのじゃ」
「この大陸の東なあ……。魔物だらけで手付かずの土地だと聞いているがな」
「……そやったらやっぱり違うかもしれんのう。でも、それでもええんじゃ」
ダクソンが考え込む。
「つまり、オニヒメさんはギルドで働くつもりは全くなくて」
「ないのう」
「ハンターをやって日銭が稼げればそれでいいと」
「そうじゃ」
「ハンターとして名を上げたり、いい暮らしをしたり贅沢するつもりもないと」
「すまんの」
「うん、いや、正直に話してくれてありがとう。できるだけ力になりたいというのは変わらんし、それを支援するのもギルドの仕事だ。特別ひいきはできないが」
そういうことをちゃんと言うのは好ましいと鬼姫も思う。
「強いハンターって扱いにくいんだよな。威張ってたり、割のいい楽な仕事で金を稼ぎたがったり、他とトラブルばかり起こしたり。そういうのがまるでないオニヒメさんは俺たちギルドにとってはありがたいぐらい」
ほめられて鬼姫も嬉しくなる。
「ホットドッグも食ってくれ」
そう言ってダクソンは皿を鬼姫に押してきた。
次回「41.仮宿」




