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39.王都、入城 ※


 朝、いつもより早く王都西大門の扉が開く。

 連絡を受けた衛兵、ハンターギルド関係者、商人ギルド関係者まで集まってきて大騒ぎである。

「これは南町ギルドが扱う!」

「いーや北町ギルドの管轄だね、これ」

「頭は境界線の南だ!」

「体全部が境界の北に入っているのに何言ってる」

「どうやって決めるんだこれ」

「商人ギルドは口出さないでくれ、これはもう俺が二百十枚で買い取ったんだから!」


 喧々諤々である。そんな中、鬼姫が「やかましいのう、なんの騒ぎじゃ」と起きてきた。

「獲ったのはこのねーちゃんだよ」

「俺ら全員見てたしな」

「ハンターさんなんだってさ」

 商人たちが口々に言う。


「ちょっと待った。王都で矢を放ったのか? 王国法で重罪だぞそれ!」

 鎧に身を包んだ衛兵隊長が身を乗り出してきた。

「待ってくれ。ここは城壁の外、王都ではない。王都の外で獲物を獲ってはならんとなれば、いったいどうやって王都を外部から襲ってくる魔物から守るんだ? その役目、いつもハンターに押し付けているのにいまさら罪だとでも?」

「ぐぬぬ」

 衛兵隊長に反論したのは王都のハンターギルドのマスターである。もちろんそんなことは鬼姫は知らないが。


 王立アカデミーの関係者が来て驚く。

「いろいろ調べさせてくれ」

 冷や汗ダラダラのこの先生、前年に「雷は電気である」ということを、雷雨の中、検電器となるライデン瓶につなげて凧を上げて証明したフランクトンその人である。

「雷は雷雲の静電気によるもの。せっかく確立された定説がひっくり返る……。なんてものを落としてくれたんだまったく。これはアカデミーで調査する!」

「勝手に決めてもらっちゃ困る。だからこれは俺が買い取ったんだって! 

 中年の商人が大声を出して割り込んだ。


「……どうなっとるんじゃ?」

 何が何だかわからない鬼姫。パールに聞いてみた。

「ごめん。私アブドラさんにこれ、210枚で売っちゃった……」

 今声を上げていた中年の商人を指さして、おっかなびっくり答えるパール。

「さよかさよか。かまへんの。山分けでええかの?」

 鬼姫はそんな細かいことは気にもしない。

「いやアンタが勝手に獲ったんだからアンタのものなんだよこれ。私は仲介手数料一割もらえばそれでいいし」

「パール殿は欲が無いのう」

「こんな商人や役人やハンターがみんな見てる前で私がアンタから半分ボッタくったら、私の信用が駄々落ちなんだってば!」

 クマールは四割取ったが、一人旅の鬼姫を気遣って声をかけてくれて、魔物とも一緒に闘ってくれる気だったし、皮剥ぎも運搬も手伝ってくれたし、商品の価値も調べて鬼姫も儲かる話を持ってきてくれた。鬼姫はクマールがボッタくったとは思わなかったが。


「まあそういうことならそれでよろしおす」

「はい、売却金」

「おおきにありがとうの」

 パールから革袋を受け取る鬼姫。白金貨と金貨で一割引いた金貨189枚相当が入っている。

「あーあーあーあー……」

 それを見て周りの商人たち、衛兵たち、学者からため息が漏れた。商取引の終了である。もう誰も文句を付けられない。


「お、オークションさせてくれ」

「北と南のギルド合同で、それでいいですか」

「やむを得んな」

「待て、だからそれはアカデミーが……」

「欲しかったら買い取ってください。商人ギルドからね」

 商人ギルドではもう次の話が始まっているが、鬼姫たちにはもう関係のない話だ。馬車に乗り込み、その場を発った。



「ちょっといいかい」

 後ろから騎馬で話しかけてきたのは先ほどのハンターギルドマスターだ。馬をパールの馬車に並べて話しかける。

「私はこの王都でハンターギルド本部を取り仕切っているマスターのダクソンという。よろしく」

 見れば少し白髪が混じる黒髪の壮年で、強面だが身なりよくなかなかの紳士である。

「鬼姫と申すの。その、王都のハンターギルドのマスターとなると、この国のハンターで一番偉い人ということでええのでしょうかの?」

「まあそうなる。別に貴族だのなんだのとは違うからかしこまる必要は無い。カードを見せてくれるか?」

「あ、あ、あ、ちっと待つのじゃ」

 パールの隣の御者台の上で、巾着を取り出して中からハンターカードを出す鬼姫。だがもう西大門に到着していた。

 巨大な門は左右に分けられており、入門は右側。パールの馬車は右側に並ぶ。出門側はもう出発する人で列になっている。西門の外であの騒ぎ、入門手続きをする人の数はまだ少なかった。

 鬼姫は時間があると思って、順番を待つ間そのまま手を伸ばしてギルドマスターにカードを渡した。


「……あなたがオニヒメか。報告は来ていたがちょっと信じられなかった……。失礼」

 一言断りを入れてからカードをひっくり返して裏書きを見るマスター。裏書きを見るのは失礼にあたることなのかの? と鬼姫はちょっと思う。


「オーガ、マンティコラ、マーマン、魔女、三級強盗団、ゾンビ、スフィンクス、アラクネ、サイクロプス合同……。一癖あって倒すのが難しく、やりたがらない奴が多い魔物ばかりだ。しかもほとんどそれを単独で……」

 驚くマスター。そうしているうちに門の順番が来た。

「眼福にあずかった。久々に良いものを見せてもらった。これは返す」

「おおきに」

「落ち着いたら王都のハンターギルドの本部を訪ねてほしい。待ってるぞ」

「そうさせてもらうのじゃ。いろいろ面倒掛けて申し訳ないのじゃ」

「こういう面倒なら大歓迎だ。それでは!」

 マスターのダクソンは衛兵に片手を上げて顔パスで門をくぐり、王都の中に馬を歩ませていった。



 王都は入領税は取らない。

 そんなものを取るよりも多くの商人たちに集まってもらって、大いに商売してもらったほうが王都は潤う。王都の入領税を高くすると、他の領地の領主も不当に入領税を高くしようとするのでそれを抑える意味もある。物流の中心、王都だからこそできる減税措置であった。

 なので衛兵が調べるのは危険物、危険人物のチェックなど治安維持を目的としている。ハンターの鬼姫はカードを見せるだけ。パールも荷物を調べられてそれが酒だとわかればそれで終わりである。

 難癖をつけて暗に賄賂を要求したり、逆に手を抜いて完全にスルーだったりはしない。少なくとも職員は真面目に職務を果たしていることが見て取れる、いい街というか、これが普通だと言えた。

 すぐに門をくぐり、王都に入ることができた。


「……あんたさっきの弓どうしたの?」

「仕舞っておる」

「折り畳みなの? あんなでっかい弓が」

「どうでもよろし」

 そして鬼姫はつづらを背負った。

「世話になったの」

「こちらこそ。楽しかったし、儲けさせてもらったわ」

「それじゃ、パールも達者での!」

「じゃあね!」

 商人ギルドの前で馬を止めてもらって、鬼姫は馬車を降りた。


 鬼姫はギルド前の歩道のベンチに座り、帳面をめくり、「ぱーる、ぱーる……」とメモをする。

「えーとえーと、だくそんだったかの。この王都のギルドマスター」

 これも忘れないように帳面に書いた。

「そういえばまだ朝飯を食っておらん。さーて何を食うかの」

「俺も朝早く呼ばれたせいで朝食はまだだ。一緒に食べないか?」

 見上げると、ハンターギルドのギルドマスター、ダクソンが目の前に立っていた。


「……は? あ、なんでここにおじゃりますのじゃ」

 ダクソンはふふっと笑う。

「名前、忘れないようにメモしてくれてありがとう。まあ面倒な言い方はよしてくれ。マスターだからって大して偉くも無いし、俺も遠慮なく話したい」

 そういえばダクソンも自称が「私」から「俺」に変わっている。気を使うなということだろうか。


「……なんでおぬしがここにおるんじゃ?」

「切り替え早いな……。窓から見下ろしたらオニヒメさんがいたから」

「どの窓じゃ?」

「ここ商人ギルドの前。その隣がハンターギルドの本部。あそこの窓だ」

 王都の流通を担う巨大な倉庫を兼ねた商人ギルドに対して、隣接するハンターギルド本部はこぢんまりとした二階建て煉瓦造りの建物だった。

 その二階の窓をダクソンが指さす。

「あの窓が俺の執務室でね」

 はあ、なるほどそれでかと思う。


「窓際で明るそうじゃの」

「皮肉か?」

「なんで皮肉になるのかの?」

「いや、いい……。朝飯だな。お勧めの店がある。おごるよ」

 鬼姫はそれを聞いて喜んで立った。

 二人、街を歩き出す。


「言うておくが、うちにおもる(おごる)言うた殿御とのごは、たいてい後悔することになるのだがのう」

「よく食う女は結構好きだがな、俺は」

 話してみると、壮年で強面の外観と違って、意外にも偉ぶるところはなく素は気さくで鬼姫の好きなタイプの男だった。


挿絵(By みてみん)


次回「40.王都のカフェテラス」

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― 新着の感想 ―
[良い点] いちいちメモするのかわいい
[一言] 奢ると言った男はみな後悔。でもアナタ、酒が入ったらノックアウトされちゃうでしょ?お持ち帰りされても知らないよ?
[一言] あらら・・鬼姫さんに良い人登場?かな。
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