35.一つ目入道 上
「私たち『氷の刃』はこのアスラルではナンバーワンの稼ぎ頭です。決して損はさせませんよ。オニヒメさんの実力に十分足ると思うのですが……」
「お断りじゃ」
「頼む! オニヒメさん! 助けると思って俺らのパーティーに入ってくれ!」
「お断りじゃ」
「ふっ、わかっているよ。君は僕を待っていたんだね。かわいい人だ……。さあ、僕の手を取って。君なら僕の横に立って、共に戦うにふさわしい……」
「しばかれたいのかの」
はからずも弓を披露することになって以来、毎日パーティーに入ってくれってハンターの男どもがうるさくなってきた。
「そろそろ旅立ったほうがいいかものう……。飯もゆっくり食ってられんわ」
矢職人に注文した矢、五十本が製作中だ。それができるまではこの市にいないといけないのだが、それまでは街を見回ってだらだらと暮らしたいと思う鬼姫である。
教会で信徒たちと一緒に神父の説教を聞いたり、ハンターギルドの蔵書を調べてこの世界の情報を得たり、旨い店を食べ歩いたり、調味料を探したりの毎日。それなりに充実した日々を送れているが、極東に向かうという目標がある以上、定住する気もなければ仲間が欲しいとも思わない。
「オニヒメさん、サイクロプス狩り、手伝ってくれないか?」
ハンターギルドで依頼の掲示板を見ていると、狩りに誘ってくるハンターたちも増えた。今日は三人組の男たちである。
「さいくろぷすってなんじゃ」
「……オニヒメさんってホント外国人なんだなあ……。あ、いや。それはいいや」
鬼姫は妖怪退治が専門である。だからこうして辞書を片手に何か事件が起こっていないか、ギルドの掲示板をチェックはしているが、人に害成す魔物でなければこちらから狩りに行きたいとは思わない。
「サイクロプスってのはね、二つ向こうの山に住んでて、こう、顔の真ん中に一つだけ目があって……」
「一つ目小僧かの」
「いや……小僧ってわけじゃ……」
男たち三人は言いよどむが、鬼姫はにらみつける。
「一つ目小僧はの、好きで一つ目なわけとちゃう。人間を脅かすとか言うてもの、そら人間が勝手に驚いているだけじゃ」
鬼姫と言えども妖怪なれば全て討伐しているわけではない。やむにやまれず妖怪として生きなければならない物の怪だっているのである。そんな妖怪はそっとしておいてやりたいと思うぐらいの器量はあった。
「その者、人に害成す魔物かの?」
「いや、山奥に住んでるからこっちから手を出さなきゃ襲ってくることはないが、かかわると食われることもあるほどめちゃめちゃ強い……」
「熊だってそうじゃ。人を襲いに街に出るならともかく、わざわざこちらから狩りに行くなどうちはせん。他を当たるのじゃ」
想像していたより塩な対応に男たちは戸惑っていた。
「もう少し話聞いて! あの三人娘の時は金貨三枚で協力してたじゃない! 男だったら駄目なの!」
「その金貨三枚、払ったのはうちのほうじゃ! なに勘違いしておる!」
話が間違って伝わっている。金貨三枚で鬼姫が何でもやるなんて思われたら、いくらなんでも迷惑すぎる。
「サイクロプスって、でっかっくて、強いの! 巨人なの! 小僧じゃないの!」
「一つ目入道かの。どっちにしてもおんなじことじゃ」
「あーもう、今サイクロプスの依頼が商人ギルドに来てて、すっごい大儲けになるんだってば! オニヒメさんだってそれならやりたいでしょ!?」
「それを言わいでおったちゅうことは、うちを使ってぼろ儲けしたかったということじゃの。ますますお断りじゃ」
今度こそ腹を立てた鬼姫、男たちを振り払ってギルドの外に出た。
狩りや討伐の依頼はハンターギルドに来る。だが商品の依頼は商人ギルド。素材を売ってほしい依頼が商人ギルドに張られていることもあるのだろう。金儲けがしたいハンターは両方の掲示板を見ているわけだ。
アラクネの香袋を違法薬物扱いされて懲りた鬼姫は、商人も相手にするような仕事まで手を広げる気はもうないし、ただ金儲けのためだけに魔物を殺すのは本意ではなかった。
だが、これはもちろん後で大事件になる。
二日後、ハンターギルドに顔を出すと場が緊迫していた。
鬼姫に声をかけてきた三人組、縛られて座り込み、衛兵に取り囲まれている。ボロボロだ。
それを町中のハンターが集まって取り囲んでいるという状況である。
「一刻を争います。全員、城門に配置お願いします」
初老の男がみんなを前に指示を出している。顔だけ知っているこのハンターギルドのギルドマスターだ。
鬼姫はさささっと位置を変えて、職員のフィルサーの元に走った。
「いったい何があったんじゃ」
「あの三人組がサイクロプスを怒らせて逃げ帰ってきたんですが、追ってきてるんです。この市に迫っています。巨人のサイクロプスが三体」
言わんこっちゃない。フィルサーの顔もこわばっている。
ギルドマスターが、「誠に申し訳ありません。衛兵団の方も手配を」と頭を下げると、「わかった」と三人のハンターを捕らえた衛兵の長がうなずく。
そのまま三人を引きずって行った。
「あいつらどうなるんじゃ?」
「狩りに失敗して魔物を市におびき寄せたことになります。最低でもハンター資格停止、悪ければ一生かかっても返しきれない罰金、このまま街に甚大な被害が出れば最悪縛り首ですねえ……」
「……ハンターギルドにとっても不名誉極まりないであろうの」
「その通りです。衛兵団にも手伝ってもらいますが、できればハンターで後始末をしたい所で。鬼姫さんも手を貸していただけますか」
「わかったのじゃ」
全員がギルド会館の外に走る。
街を見回す鬼姫。この市は古くからある西の主要交易都市。拡大を繰り返して城壁の外にまで街があふれ、二重の構造をしている。一番外周は城壁工事が間に合わず大部分は土塁だが、主要な門は大きく石組みされて完成している。
その西大門に完全武装の衛兵、ハンターたちが集まりだした。
門の上には弓兵、弓使いのハンターたちが並んで待機。投石器やバリスタのような大型の武器も馬で大門をくぐって外に運ばれている。
鬼姫は弓を持ち、矢筒を巻いた。これだけで鬼姫が弓使いだと全員にわかるので、混乱した状況でも通してくれる。今は誰の手でも借りたいのだ。
城壁の西大門の石階段を上がり、弓兵たちの横に並んだ。
下を見下ろすと兵やハンターたちが並んで城門を守るように待機しているのが見て取れた。
「来たぞ――!」
「大門、閉じろ――――!」
街道の丘の横から、サイクロプスが現れた。
一体、二体……、三体。
ぎぎぎぎっ、ばたんと大きな音をきしませて西大門が閉じられる。
じゃらじゃらと鎖が落ちる音がして、門にかんぬきがかけられた。
サイクロプス……。巨大である。
その身の丈、二十尺はあろうかという巨人であった。
裸の筋骨逞しく、恐るべき力があることがうかがえる。
毛が生えていない坊主頭、そこには真ん中に巨大な一つ目があった。
「……天目一箇命、ではないのじゃの」
鬼姫はつぶやいた。
古き日本の神である。鍛冶の神であり、一つ目であったという伝承が残っている。
ちなみに読み方が異なる古代ギリシャ神のキュクロプスも、一つ目で鍛冶の神であった。地中海のギリシャと極東の日本で、不思議な共通点は神話の中にいくつもある。
鍛冶の神であるならば、なにか武器になる金物の得物を手にしているはずだが、一つ目入道にはそれがなかった。今は単に人を襲おうとしている魔物である。
三人の男がサイクロプスに何をしたのかは知らない。だが、相手を怒らせた。こっちに非があるに決まっている。
鬼姫はどうしても、下に降りてみんなと一緒に一つ目入道を斬りつける気にはなれなかった。
次回「36.一つ目入道 下」




