32.異世界の武器屋
ギルドを出た鬼姫の後をなぜかぞろぞろとハンターの男どもが六人、ついてくるという異様な光景である。わら半紙に木版刷りのチラシを片手にふらふら街を歩く鬼姫に、親切にも「オニヒメさんこっちこっち!」とか教えてくれる。まあありがたいとは思う。
「なんでお前が来るんだよ」
「そりゃこっちだってオニヒメさん入ってくれたらありがたいし」
「お前のとこ剣士も槍もいるじゃねーか」
「オニヒメさんが何のジョブかなんてまだ分からんだろ」
……どうやらパーティーどうしで鬼姫の争奪戦が始まっているようではあるが邪魔でうるさい。
一店目。
「たのもう」
六人のいかつい男たちを引き連れて入店……。だが店員は動じない。さすが武器屋、こんな光景は見慣れている。
見回すと店内にいろんな武器が置いてある。もちろん安物は手に取れるようにしてあるし、高級品は檻の中だ。この世界ショーケースみたいな大きなガラスは無い。
「ちと見て回ってよいかのう?」
「どうぞ。なんでもありますよ。良さそうなものがありましたらお声をおかけください」
真っ先に鬼姫が見に行ったのが、意外にも矢。
箱の中に凄い数の矢が飛び出して売られている。どれでも選んで買えるようだ。
長さ、太さ、重さ、いろんな種類がまとめられて細長い箱に分けてあり、バラで買える。鬼姫はその数百本の矢の中から、一本一本、より分けるように実に慎重に矢を選ぶ。
「えーえーえー、オニヒメさん、弓使いだったの?」
これには同行していた男たちから驚きの声が上がる。
「一番使う武器ちゃうかの?」
鉄砲が登場するまでは武士が一番練習したのが実は弓だったりする。馬、弓、薙刀、太刀。どれも鎌倉武士の装備であった。最低限たしなんでおかねばならぬ武具の一つなはずだ。
「……なんで羽根がそろっておらん? これでは甲矢でも乙矢でもないがの……」
店員でもわからないことをぶつぶつ言う。
この世界の職人はそこまで考えていないらしい。
熟考の上、鬼姫はこの店で矢を買うことはあきらめた。
次に鬼姫は棚に並んだ剣を見る。
「あ、やっぱり剣士? オニヒメさんて」
男たちの期待が上がる。
諸刃の剣しかない。持ったとき上にも下にも刃がついている戦闘用の剣である。
刃を返す必要も無く、振り下ろすにも振り上げるにも敵を斬れて便利。
だが直刀だ。分厚く峰から平研ぎしてあって反っていない。刃も悪い。
「斬ることをせんのかの、この国の剣士は……」
剣を使う野盗どもの相手をしたが、叩きつけてくるように使う連中ばかりだった。刀のように薙いで骨肉を斬る、という使い方は無い。
武器として板金鎧を着た騎士相手にパワーで圧倒することを目的とした頑丈な西洋の両手剣に対して、技で確実に致命傷を狙う切れ味特化の日本刀では用途が全く違う。話にならなかった。
鬼姫が一番妙だと思うのは、西洋の両手剣の柄の長さである。
日本刀は柄が長い。拳一つ分の間を空けて両手で握るためである。だが西洋の両手剣は野球のバットのように拳をくっつけて握るのだ。
あれでは回転力を生かした振り回ししかできないのは当然である。打ち合い鍔迫り合いになったときに押し負けるであろう。鬼姫が納得いかないことの一つであった。
刃を見てもベタ研ぎで雑に研いであり、短刀とはいえとても自分の刀を研ぎに出す気にもなれない仕上がり具合。
「打ち粉はあるかの?」
「打ち粉ってなんですか?」
「砥石の粉じゃ」
「なんに使うんです?」
あー、こりゃダメだと鬼姫は思った。
「砥石はあるかの?」
「ございます。お好きなものをお選びください」
さすがに砥石はあった。良さそうな粗さ、大きさのものを選んで二つカウンターに置く。
「布巾はあるかの?」
「ウエスですね。これをどうぞ」
一定の大きさに四角く切られた紙箱に入った古着のボロ布である。使いやすくまとめてあればそれも売り物になる。
「刃油はあるかのう。できれば丁子油か椿油で」
「オリーブオイルしかないですねえ」
鬼姫、蓋を開けて油の臭いを嗅いでみるがすこーしいやーな顔をする。目的の物とは違うらしい。
「……オニヒメさん、いろいろ細かいな」
「ああ、なんかすげえな。俺らと根本的に見てるところが違うっていうか、プロっぽいよ」
見ていたハンターの男どもも、鬼姫の真剣さが伝わる買い物っぷりに圧倒されている。
最後は短刀。いわゆるナイフ類。
「おー、これがええの!」
数あるナイフの中から欲しかったものを見つけた、という顔で喜ぶ鬼姫に店員もハンターたちもやっとほっとする。
戦闘用ではなく日常使いのものである。刃が大きく湾曲した皮剥ぎナイフ。
「うーむ、まあ、皮剥ぎにしか使わんと思えば。でも今日買わんでも、うーん」
「え、お客様ハンターですか?」
「そうじゃ」
「パーティーの世話係かと……失礼しました。ハンターカードを拝見してもよろしいですか?」
「ほれ」
裏書きが凄いのでもちろん大騒ぎになった。
「あ、あとでの。また来るからの! それ取っておくのじゃ!」
店員、出てきた店長、職人たちまでが呼び止める中、鬼姫は店を逃げ出した。
次に鬼姫が立ち寄ったのは調味料専門店。ついてきた男たちも怪訝な顔である。
「油を見せてもらえぬかのう?」
「はい、どうぞ」
一本一本、油瓶の臭いを嗅いでみる。
「これじゃ!」
「丁子油ですね。香りがいいですし、べたべたしませんし」
ニコニコ顔でそれを買う鬼姫。
「茶はあるかのう」
「ええ、どれでも!」
いろいろ見たが紅茶ばかりだ。
「こういう茶色の葉じゃなくて、緑の茶っ葉はないのかの?」
「え、あの、発酵前のですか? 売り物じゃないですよ?」
「それ見たいのう」
「はあ……、お待ちください」
そう言って店員が出してきたのは木箱いっぱいの紅茶の原料となる、まだ緑の茶葉だった。
「これじゃこれじゃ。うちのこの袋に一杯、それを売ってくれぬかのう?」
「いいんですか? まあそれなら……」
重さを測って特別に譲ってもらった。
「味噌とか醤油はあるかのう?」
「……聞いたことないです、それ」
鬼姫の落胆っぷりは周りの男どもが心配になるほどだった。
次、二店目の武器屋。真っ先に矢選びから始まる鬼姫。
数百本ある職人の手作り矢の中から、より分け、より分け、慎重に一本、二本と選び抜いていく。
「……違いが全く分からねえ」
「なんでわかるんだよオニヒメさん……」
後ろで見ているハンター達からも声が上がる。
五百本はある矢の中から十二本だけを抜き取って、まずそれをカウンターに置く。ちょっと弓の構えをしてみるが、思った通り長さもちょうどいい。
矢というのは、人間が前に腕を伸ばして、右手で引くのだから、長弓でも短弓でも実は長さに大きな差はない。鬼姫の身の丈六尺は、この国の男たちと大して変わりはなかった。
「……きれいな型ですね」
これには店員もハンターも感心した。この国の弓隊がやるような戦闘的な型とは違う、実に優美なものだったからである。
次に鬼姫は刃物を見た。剣や槍はちらりと見ただけですぐ目はナイフに向いた。
「……うむ、おんなじじゃのう。まあ、この程度やったら買わんでよいか」
ぶつぶつ言いながら次に砥石を選ぶ。
「あったあった!」
先ほどとは違う喜びよう。鬼姫はここで、旅の邪魔にならない程度の小さな砥石を三つも買った。
買ったものをニコニコ顔で風呂敷に包み、最初の武器屋に戻る鬼姫。
「女の買い物ってなんかすげえな……」
「……俺もデートで彼女の買い物に付き合ったことあるけど、一日かかったよ」
「一日店を回っても、結局何も買わなかったとか、あるからなー」
「結局オニヒメさんの武器って、何?」
「さあ」
ついてくる男たちからボヤキも漏れる。
「たのもう」
最初の武器屋に到着。店員たちと店長、職人が手を揉んで待っていた。
「お待ちしてましたよお客様! さあ、なにをお求めですか?」
「布巾を」
「ふきん……?」
その店で、鬼姫はウエスの箱だけ、買って帰った。
結局ナイフは買わなかった。
異世界の店で、日本刀を出して職人に驚愕される、なんてエピソードは無しである。なぜならこの世界の刀剣類を見て、鬼姫は武器屋に自分の刀を任せるなんて気に全くなれなかった。
この世界で日本刀を見せても、「こんな細くて軽い剣すぐ叩き折れる」と言われるだろうし、ぴかぴかに鏡のように研ぎあげた刃を見せても「髭でも剃るのか?」と笑われるに決まっていた。実際西洋の重い両手剣と打ち合わせればひん曲がったり欠けたりするだろう。力任せに叩きつけてくる大剣を受けられる剣でなければこの世界では剣ではない。日本刀はそんな使い方はしないということを、この世界の人間は絶対に理解せず三流の鍛冶が作った子供の剣としか見ないと思ったのである。
日本刀は斬る剣である。
実際妖怪相手に、力ずくで刀をひん曲げたり折ったり刃こぼれさせて、何振りもの刀をお釈迦にしてきた覚えがある鬼姫はそのことをよくわかっている。
後にこちらの店が、「あのオニヒメが何も買わなかった店」として、評判を落としてしまったなんてことは、知ったことではないが。
次回「33.研ぎ師鬼姫」




