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28.おなご限定


「うーん、実は女性ハンターにお任せしたい仕事があるんです。近隣で」

「おなごでないとダメなんかの?」

 一枚の依頼書を掲示板から外して渡される。

「アラクネです」

「あらくね?」

蜘蛛くもの魔物ですね。近隣の町の領主子爵を捕らえて屋敷に巣を張って、誰も出入りできない蜘蛛屋敷になってしまいました」

 なんでそんなことになったのかは大体想像がつく。


「おなごハンターでないとダメちゅうのは、男はかされてしまうからかの?」

「アラクネは上半身女性の姿をしていましてね、大変美しい容姿をしていて罠にはまり返り討ちにされる男性ハンターが多いんです。催淫も使ってくるやっかいな魔物ってことになりますか」

「どうせその領主とやらもおなご姿に化かされてしもたんじゃろう。女郎蜘蛛じょろうぐもか。殿御はほんまどこに行てもアホじゃのう……」

「返す言葉もございません……」


 女郎蜘蛛。「絡新婦」と書いてじょろうぐもとも読まれる、蜘蛛の妖怪は土蜘蛛つちぐも牛鬼ぎゅうきなど数多いが、中でも美女に化ける物の怪を女郎蜘蛛と言う。

 女性の怨念が魔物化したというのはギリシャ神話のアラクネの話。日本では最初から餌をとるために疑似餌として女姿に化け糸の網をからめて、主に男を捕らえて食う残忍な人食い妖怪である。


「ちょっとまったぁああああ――――!」

 依頼書を手渡されたときにいきなり素っ頓狂な声がかかる。

「それ、私たちがやろうとしてたのにぃいいい!」

 なんだか騒がしい少女三人組がそこにいた。

 全員三角帽子をかぶり杖を持って軽装の防具をつけている。

「……おぬしら魔女か?」

 魔女にはちょっと嫌な記憶がある。感づかれない程度にそっと身構えた。

「違うううう!」

「魔法使いよ! なんでわかんないの!」

 三少女激怒。


「魔女と魔法使いはどう違うんじゃ?」

 隣のギルド職員に聞いてみる。

「鬼姫さんが倒した魔女ってのは、悪魔と契約した魔力で何百年も生きて魔物化した魔法使いですね。女性は魔女、男性は魔人と呼ばれます。人の命を奪って若返りを繰り返しているような者もいます」

「話だけ聞くとどっちも『悪い魔法使い』じゃのう。で、魔法使いは?」

「魔法を使って仕事をする人ですね。この国にある魔法学園を卒業していれば資格があります。こちらでハンターとして登録していれば、正式に魔法使いだと思ってもらって間違いないです」

「違いがわからへん……この子らも年取ったら魔女になるのかの?」


「偏見!」

「差別!」

「無理解!」

 うん、かかわらないほうが良さそうだ。鬼姫は直感でそう思った。

「私たちはそういう偏見、差別をなくすためにこうして女性だけで魔法使いだけのパーティーを結成して活動を……」


「元気があってよろしおすなあ」


 ……鬼姫の雰囲気が一変した。

 少なくとも職員はそれを察した。こんな優し気で華やかな作り笑い見たことなかった。この周りが凍り付いてぞっとするような気配なぜこの少女たちはわからないのかと不思議になるほどであった。

「すまんですのううちが物を知らんせいで。ほなおたのもうします。あとのことはよろしゅうの」

 鬼姫は話の途中で一番前にいた魔法使いに依頼書を手渡し、さっさとギルドを後にした。


「あー! 待ってええ!」

 女子三人組がその鬼姫を追いかけてゆく。

「やべえ、惚れそう」

 ギルド職員の若い男は、素に戻って笑いをこらえきれずに噴出した。



「オニヒメさん、強いんでしょ!」

「しりまへんて」

 街を歩く鬼姫に、なぜか女の子三人が付いてくる。

「ハズランドのギルドで一度会ってますよ私たち!」

「しらへんて」

「三級強盗団を倒したとき!」

 そういえばあの時、「やっと私たち女子限定パーティーの、前衛やってくれる人が現れたと思ってたのに」とか言ってた女魔法使いがいたような。


「私たち噂を聞いてここまで追いかけてきたんです! ゾンビやスフィンクスまで倒したそうじゃないですか!」

「私たち、魔法使いばっかりだから、どうしても前衛のメンバーが欲しくて」

「誰かてええからやってもらえばええでっしゃろ。ギルドにも剣を下げたお方はようけおりましたわぁ」

「そんなの、男しかいないじゃないですかあ!」

 頭が痛くなってきた。

 昼食もまだだったし、とりあえず振り切るつもりでレストランに入ったのだが、やっぱり勝手に同席に座る少女たち。


「さいぜんからふしぎなんやがの、なんでハンターなんて危のう仕事をおなごだけでやらんとあかんですの? 殿御におまかせしておけばええんちゃうのう」

「私たち、女だってだけで、どこのパーティーにもなかなか入れず、それだったら、女だけでパーティー作っちゃえって思って」

「このスパゲテー大盛り。パン付けて。あと焼いた肉はありますかの?」

「ございます。ポークソテーとビーフステーキ。どちらになさいます?」

「両方」

「かしこまりました。スープは何にいたしましょう」

「そらみなさんようけ働きはるからやろ。この玉ねぎで頼むの」

「オニオンスープですね? 以上で注文はよろしいですか?」

「この子らの注文も聞いてやってくれんかの」

「水!」

「水!」

「水!」

「かしこまりました」

 途中から話に入ったボーイが注文を取って立ち去る。


「お水お好きですかの」

「おごってもらうわけにもいかないし」

「うちがおもて(おごって)やるなんてそな無作法、ええとこのお嬢様方にようでけませんて」

「だって女の人からはさすがに」

「そういうとこじゃの、おぬしら」

 頭痛い。嫌味が全く通じない。


「うちはここまでハンターをやっておなごだからと困ったことはあらへん。おなごだけでやれるなら存分にやればええ。話はそれからじゃ」

 もうさすがに鬼姫は素に戻った。


「だから、前衛になってくれる女の人が必要で……」

「他を当たるのじゃ」

「女性の前衛職って人が全くいないんです!」

「おらんのなら、そんな仕事はやりとうないっちゅうおなごしかおらんからじゃ。やりたがる男に任せておけばええではないかの」

「男の人って、スケベな目で見てくるじゃないですかあ」

「蹴散らせ」

「無理ですってえ。絶対邪魔してくるんです、私たちの事!」

「実際邪魔なんじゃろ」

「ポークソテーです。パンとオニオンスープ」

「おー、うまそうじゃの」

「お嬢様方へはお水をどうぞ。ビーフとスパゲティはいましばらく」

「了解じゃ」

「そんなこと言って、みんな私たちの実力が分からないんです!」

 ボーイが肩をすくめて立ち去った。

 ごくごくごっくん。水を飲む三人娘。


「カード見せてくれぬかの?」

 三人がカードを出す。

 パン、ポークソテー、スープ。美味である。

 パン、ポークソテー、ポークソテー、スープ。

 パン、ポーク……。

 三人娘の目つきが凄くなってきたので、カードを見てみる。


 薬草採取。鳩駆除。

 薬草採取。キツネ駆除。

 薬草採取。カラス駆除


「……綺麗な手してはりますなあ。なんでこれで女郎蜘蛛と戦うつもりになったんじゃ?」

「私たちもう十分な攻撃魔法が使えるんですけど」

「防御魔法も使えるんですけど」

「回復もできるんですけど」

「ビーフステーキとスパゲティミートソース、ミートボール入りです」

「おー、焼いた鉄板付きかの! アツアツをいただけるのう! すまんの。ふぉーくをあと三本たのめるかの?」

「かしこまりました」

 うなずいたボーイは三人娘を生ぬるい目で見て微笑み、去る。


「やっぱり斬り込んでくれる人がいないと、魔法を出している暇も無くて」

「斬り込むだけで終わるんじゃろうのう」

 一撃二撃で勝負を決めてきた鬼姫。見世物興行ではないのだから、本当の命のやり取りなら瞬時に終わるのは当然である。

「そうなんですー」

「出番無くて」

「結局パーティーから追放されちゃうんです」

「されないように役立つところを見せるのじゃ」

「実力はあるんですってば!」

「フォークです」

「すまんの。さ、おぬしらで分けて食べい」

 大盛りのスパゲティにフォークを三本突き刺して三人娘の前に押しだす。


「え、い、い、い、いいんですか?」

「さいぜんからうちが食いにくいわ」

 鬼姫はスパゲティをずるずる音を立ててすすって、案内のニーナに注意されたことがある。この娘たちの前でスパゲティを食べる気にはなれなかった。

「ありがとうございます!」

 ボーイはやれやれと首を振って、立ち去る。


 仕方なし。鬼姫はビーフステーキも三切れ、分けてスパゲティの皿に載せてやった。



次回「29.女郎蜘蛛の館 上」

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― 新着の感想 ―
[一言] ヘイト要員ですね分かります多分書いててストレスが溜まったことでしょう心中お察しします
[一言] 賑やかなキャラが出てきましたが、 女の敵は女って感じ?
[一言] 鬼姫さん臨時のパーティーリーダーかな???(少なくても食堂の中では・・・(儲けているからね!)) 仕事終了後には鬼姫さん逃げ出すんでしょうね~ 鳩駆除にカラス駆除・・どこぞのハンター2人…
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