26.天邪鬼とたぬき 下
二人で門構えを通り、商人は通行料、鬼姫はハンターカードを見せてアスラルの市に入った。問題はスフィンクスの毛皮をどうするかだ。
「まあついでだ。俺もギルドの連中がどんな顔するのか見てみたい」
やっぱり二人で笑いながら、商人は鬼姫をハンターギルドの建物まで馬車で送ってくれた。
「たのもうー」
対応してくれた職員の男は、フロアに広げられるスフィンクスの見事な一枚皮に目を丸くする。間違いなくスフィンクスであるという討伐証明だ。
「いったいどうやって倒したんだ……」
「これ飛ぶから神出鬼没だよね」
「答えわかったのか?」
「皮に傷全くないぞ……、えええええ?」
他のハンターたちも集まってきて大騒ぎだ。
「……あの、これ商人ギルドから討伐依頼出ています。先週に一人やられていまして賞金ついてまして、金貨三十枚なんですがいいですか?」
「それでかまへん」
「毛皮は買い取らせていただきます。今、目利きができる担当に連絡していますのでしばらくお待ちいただいても……?」
「ほな昼飯を食いに行てもよいかのう?」
「あ、どうぞどうぞ。カードをお預かりいたします」
「ほれ」
またそのハンターカードに人が集まり、騒ぎになる中、鬼姫は商人と一緒にハンターギルドを出た。
「いやあ面白かったね! さすがだよ!」
「世話になったの。こちらもいろいろ助かったわ」
「えーえーえー……。昼飯ぐらい一緒に食おうよ。いい店知ってるからさ」
ハンターギルドの横には商人ギルドがあるので、そこで馬と馬車を預かってもらい、二人は商人のお勧めレストランで旨い昼食をとった。
「今更だけど俺はクマールという。姉ちゃんは?」
「うちは鬼姫じゃ」
「オニヒメさんね。毛皮売るんだろ? ギルドとの交渉俺がやっていい?」
商人らしくクマールの目が輝く。
「ギルドの様子見るに、ああいう珍しい毛皮って結構高い値段で売れるはずなんだ。ちょっと調べてくる」
「もぐもぐ、ごっくん。任せたの。儲けは山分けで」
「えーえーえー……、俺別に何もやってないしそれじゃ悪いような……」
「うちは横で商売を勉強させてもらうっちゅうことで」
「なるほど。姉ちゃ……オニヒメさん、そういうことは騙されやすそうだしな」
「む、む、む」
これは一言も返せない。なにしろ日本からいきなり別世界に来てしまったのだから、まず物の価値がわからないことのほうが多いのだ……。
「ここで食ってて。すぐ戻る」
慌てて皿をかきこんでクマールが店を出て行った。
鬼姫は約束通りクマールが戻ってくるまで、甘いものも頼んで食後のお茶も楽しんでのんびりしていた。さほど時間もかけずにクマールが戻ってくる。
「バッチリだ。さ、ギルドに戻ろう」
ハンターギルドに戻ってみると、毛皮が広げられたまま、商人が何人かギルドの連中とすったもんだしているところだった。
「あ、オニヒメ様おかえりなさい」
受付が出迎えてくれる。
「ただいまなのじゃ。用事を済ませたいんじゃが」
「あ、はい。カードをお返しします。裏に『スフィンクス』、追記しておきました。それからギルドの手数料一割を引いて討伐賞金、金貨二十七枚です。お納めください」
「おおきにのう」
ここまではいつものやり取りである。
「で、毛皮の事なんですが、ギルドでは金貨十枚……」
「二十枚!」
「三十枚!」
集まっていた商人たちから声がかかる。
「ダメだダメだ、話にならんね。これはクマールが預かることになってまさぁ」
そう言ってクマールが広げられた毛皮を畳もうとする。
「おいっクマール、なんでお前が出てくんだ!」
「なんでって、オニヒメさんは俺の客だから」
「なんだと……」
「王都じゃ金貨百五十枚は下らない、貴重なスフィンクスの完全な一枚革、そんなはした金で売るわけないですよ。俺が扱うんだからここじゃ売りませんて」
「あのなあ、それは職人がちゃんとなめして、敷物にしての話だろ?」
「俺のつてでもできるんでね。普通魔物って、ハンター連中が集団で戦うから毛皮は傷だらけだ。こんな傷のないきれいな毛皮めったに出ないでしょ」
「くっそー……その通りだよ。うーん、じゃ、五十枚! 五十枚ならどうだ」
無言で生皮を畳むクマール。「百枚なら考えんことも無いがなー」とかぶつぶつ。
「七十枚!」
「八十枚!!」
クマールが手を止めた。
「……ま、王都まで行くのもちょっと距離あるし。ハドルさん、八十枚で手を打つよ。それでいいかい?」
ハドルと呼ばれた商人、しまったという顔をしたが、いまさら引けない。
「……わかったわかった。八十枚な。まあそれなら」
「毎度あり」
苦々しく小切手に金額を書き込んだハドルがクマールにちぎって渡す。
きれいに畳まれたスフィンクスの生毛皮がハドルの手に渡される。
その後、商人ギルドで小切手を金貨に換えたクマールは、白金貨一枚を鬼姫に渡してくれた。ギルドの言うとおりにしていたら金貨十枚だった話である。
「八十枚山分けにすると四十枚になるんちゃうかの? 白金貨は五十枚分の価値があったはずじゃ」
「それじゃいくら何でも俺が取りすぎなんでね、それにこれからも旅を続けるなら、白金貨のほうがオニヒメさんにはかさばらないし」
「商人ちゅうても、案外義理堅いものなんやのう……」
「商人なんだと思ってんだ……。商人ってのは信用で商売するんだよ。他の商人たちもみんなそこは同じさ。またどっかでオニヒメさんと会ったとき、あの時騙されたから俺とはもう絶対に取引しないって言われるほうが俺には大損なわけ。商人にとって信用は金より大事。覚えといて」
そう言ってにかっと笑う。
二人、笑いあって、ぱあんと手を打ち合わせた。
「商人のクマールのう……いいやつだったのう」
夜、宿を取って、ベッドの横の小机で忘れないよう帳面に書く。
「前の街の小隊長なんといったかの? ボバ? ボベ? ……んーとんーと」
頭を抱える。
「ボブじゃ! そうじゃそうじゃ、小隊長ボブ!」
すっきりして帳面を大事につづらにしまい込み、今日の眠りにつく鬼姫であった。
次回「27.孤独な鬼」




