23.餓鬼道 中
翌朝、鬼姫は子供たちに身支度を整えさせ、近隣の市に戻ることにした。
城塞町ハズランド。ゴーレムが通せんぼしていた街道のあった大きな町は、この集落から鬼姫の足で数刻の距離だ。
子供連れで次の町まで旅立つわけにはいかない。見知った頼れる者がいるとなると、前日まで滞在していた大きめの町に戻るのはやむない選択であろう。
集落にあった荷車に子供たちの身の回りの物やわずかばかりの財産と、やけどを負った娘を寝かせ、男の子二人を乗せて鬼姫は荷車を引いた。
集落を離れるとき子供たちは泣きぐずった。
鬼姫は「泣くな」とは言わない。子供たちは泣くにまかせた。
一緒に暮らしていた両親と仲間たち。永遠の別れは悲しいに決まっているのだ。泣いてやる以上の送りがあるだろうか。それが一番の、死者への慰めとなろう。
荷車の足は遅く、到着は夕刻になった。
「たのもう――――!」
営利団体であるハンターギルドではなく、ここはまず領主直轄である衛兵隊詰め所に行くのは当然。
「鬼姫さん! 戻ってきたんですか!」
「いろいろあってのう。この子供たちの面倒を見てくれんかの。一人やけどしておる」
「なんでそんなに真っ黒なんです。何があったんですか?」
衛兵隊が集まり、医者が呼ばれ、治療を受ける娘ら子供たちを交えて事情を話す。教会から聖職者も呼ばれ、魔法の治療もするらしい。
途中で外回りから帰ってきた顔見知りの小隊長も話に加わり、驚いていた。
「それ、ゾンビじゃないですかあ!」
「餓鬼じゃの」
また認識が違う、とばかりに小隊長は首を振る。
「えーとですね鬼姫さん、『ゾンビ』ってのはね、死者をよみがえらせ使役する魔術で生み出された死体のことなんですよ」
「死んでおるのかの?」
「そうです。生きている人間を働かせるのは給料もいるし高くつくので、タダ働きさせるための古い異教の魔術ですねえ。今でもそんなことやってるやつがいるってことになりますが」
「ふーむ……。あののう衛兵隊。そんな邪教、野放しにしておるのかの?」
異教、という点がひっかかる。そうは言っても鬼姫だって異教ではあるのだが。
「この国は異教にけっこう寛大でしてね、異教徒の国との貿易も盛んです。鬼姫さんも差別もせずに私たちは受け入れてるじゃないですか。でもこの国に害成すような輩はもちろん入国させないぐらいの規制はありますが」
「ぞんびは野獣や魔物、魔族と違い、魔術で作り出されたと。しかも異教徒が関係すると。そうするとそれを企んでおる奴がいるということになるのかの?」
「それがなんでそんな集落を襲って住人をゾンビ化させるようなことをしたんでしょうか」
砂金。思い当たるところはそこである。
「……この子らの両親はあの集落で砂金採りをしておったと聞いた。そこで働いておった住人をタダ働きさせて大儲け……かの?」
「砂金で大儲けできるんならとっくにでっかい村になってますって。被害者は集落を徘徊して手あたり次第襲ってたんでしょ? 全然働かせられてないじゃないですか。使役出来てませんて鬼姫さん。術を使ってそうな怪しいやついましたか? 結論を先走りしすぎです」
「すかたん言うならおぬしら、衛兵隊でよう調べてこい、ここじゃ!」
鬼姫は壁に貼ってあった地図の街道を指でたどって、集落があった場所を指でつつく。小隊長はため息ついて肩をすくめる。
「はいはい、ゾンビが出たとなれば、調べてみないわけにいきませんね……。そのゾンビどうしたんです?」
鬼姫は子供たちをちらと横目で見て小さく首を振る。
小隊長はうなずく。子供に聞かせられない話ということだ。
「この子らはどうする?」
なんとは言ってもまず心配なのはこの子らの行く末である。
「教会に連れて行って相談してみますよ。この領には教会が経営する孤児院もありますし」
「たのむのじゃ」
「子供たちの未来を守るのは衛兵隊の仕事です。そこはお任せください」
小隊長はとんと胸を叩いて、ウインクした。
確かに、この町には切り裂き魔が出た前の市とは違って、街の案内を売り込むような働く子供、浮浪児のたぐいは見かけなかった。
「ここは信用して間違いない領主なのかの」
「……どんな町から来たんですか鬼姫さん」
「前にこんくらいの町ちゅうと、ラルドとか言ったかのう」
「あーあーあー……」
小隊長はそれならしょうがないという顔をした。門番は親切だったが、入出管理は用心深く、子供はスリをして色街もあり、ハンター連中は鬼姫に絡んできてガラ悪く衛兵隊は切り裂き魔を放置し夜見回ることもせず、犯人は貴族関係者だったし報酬も安かった、そんな都市だった。
「……ここを治めるパーセル伯爵はまだお若いですが、確かな統治をなさる立派な方です。俺たち見ればわかるでしょ。ちゃんと真面目に働いている衛兵がいる町はいい町なんです。覚えといてください」
「食い物もうまかったしの」
「どういう判断基準ですか……。ラルドの飯は不味かったんですかねえ? マシな町だと思ってくれるなら、ここに住んで、ここで仕事をしてくださいよ。俺たちも助かりますから」
いやラルドの飯はそれなりに旨かった。飯が旨い町はいい町、という考えは改めたほうがいいかもしれない。
「今回はこの子らのこともあるから、ちと長居しようかと思っておる」
「ありがたいです」
小隊長は嬉しそうだ。
「この子らを教会に連れていきたいのだがの」
「もう暗いからゾンビの調査は明日です。教会へは一緒に行きましょう」
前の野盗の引き渡しの時もそうだったが、テキパキと動く小隊長は話が早く仕事も早い。結局、市民が真面目に働く町は良い町だと思い直した。
街の街灯に火が付き、教会まで子供たちを小隊長と連れてゆく。
女の子は鬼姫が抱いて、男の子二人は鬼姫と小隊長で手を引いて。
「ふふっ、なんか子供がいる夫婦みたい……」
「黙れ小隊長」
ボケたことを言う小隊長のささやかな夢を一刀両断する。
「……いつまでも小隊長はやめてくださいよ。俺はボブです」
「はいはい」
教会で老女のシスターに事情を話し、子供を預かってもらった。
ボブが言った通り、おそらく教会が経営する孤児院に引き取られることになるだろうとのことである。
夜でも扉が開かれ、ろうそくが灯された祭壇前からシスターに案内され、子供たちは教会の外に出て行った。女の子はちょっと振り向き、こわばった顔で手を振った。
それに対し、鬼姫は子供たちに深々と頭を下げて見送った。
小隊長のボブは不思議そうに鬼姫を見た。
「鬼姫さんって、子供はあんまり好きじゃないんですかね」
「そんなことは無いがの」
「なんか、終始冷たかったように見えました」
「餓鬼になっておったとは言え、うちはあの子たちの親を全員斬ってしもたのでの……。合わせる顔があらへん」
「そうでしたか……」
ボブも沈痛な表情になる。
「そうだ、遺体! 遺体どうしました? また蘇ってくる可能性もあるから危険でしょ」
「心配いらぬ。薪を積んで火葬にした」
「それじゃ証拠が……。いや、仕方ないか。考えてみれば適切な判断です。ありがとうございます」
「燃え落ちた丸太小屋跡で荼毘に付したから骨ぐらいは残っておろう」
「それも調べておきます。回収して葬ってあげないと……。悪いですが明日一緒に現場に行ってください」
「わかったのじゃ」
教会の祭壇前、神父がやってきた。中年の真面目そうな片眼鏡の男である。
「夜分失礼いたします。急な孤児の預かりありがとうございます」
まずは小隊長のボブが対応する。
「なに、教会の務めです。そちらもいつもお勤めご苦労様。ゾンビが出たそうですな」
「はい」
「そちらの方は?」
神父が鬼姫を見る。
「ハンターの鬼姫さんです。町の治安維持にご協力をいただいています。実力、信用共に私が保証して間違いなしのお方です」
「それはそれは。私からもお礼申し上げます」
祭壇前。ろうそくの燭台を机に立てて、三人で神父が持ってきた書籍、資料を調べてみる。
「あったあった。ゾンビ。南洋の宗教、パードゥ教の死せる労働者。生前に罰を受けて死刑になったものは死後も体朽ち果てるまで無償で働かされ続ける、術による……一種の刑罰でありますな。当時の」
神父が本のページを開いて見せるが、鬼姫にはまだよく読めない。
「あの者らは山の中でわずかばかりの砂金を採り、子らを養っておった。死罪になるような罪がある者とは思えぬ」
「でしょうな。術を悪用する者がいる、というのは間違いが無いようです」
もっぱら神父と鬼姫の会話になる。
「ならばその者たちが集めた砂金を奪うために、操ろうとして術をかけたと?」
ボブが口をはさむが、「話はおそらくそう単純ちゃうわ」と鬼姫は言う。
「そやったら普通に野盗でいいはずなんじゃ。わざわざ術をかけるちゅうことは、やはり躯を集めて、餓鬼を増やし、砂金採りに従事させようということを企んでおったと思うがのう」
「考えすぎですよ鬼姫さん……。人を殺すのは誰だって面倒です。操れる術を持っているならそれを使って強盗しようと思う悪人がいてもおかしくない。砂金がたくさん採れるところを聞き出そうとしたのかもしれませんし」
神父は書籍から顔を上げた。
「どちらにせよあまり腕のいい術者ではないですね。使役に失敗しています。ただ暴れるだけで人を襲うゾンビなど、なんの使い道もありません。世には様々な魔法の研究に一生を捧げ、怪しげな実験をしたがる魔法使いってのがいるものです。そういう外来の新しい技術を試していたとも考えられますね。どんな術なのかは全く分かりませんが」
……鬼姫が考え込む。
「神父殿、教会では葬儀を引き受けておるのかの?」
「はい。もちろん」
「葬儀はどれぐらいあるかの?」
「大きな都市ですし、週に一度あるかどうかぐらいは」
「新しい遺体が掘り起こされたり、盗まれたりといった事件はあったかの?」
「まだ」
「って鬼姫さん、まさか、この町で遺体が掘り起こされるとか、そんな事件起こるかもしれないって思うわけ?」
ボブが目を剥いた。
「やるかもしれん。用心してみるのも一つの手じゃ」
その後宿を取って泊まり、衣は洗濯し、衣服を改め、翌日にはまた小隊長が率いる衛兵隊と共に集落に戻って現場検証したり、そのほかの領の集落を訪れたり、怪しい者……外国人がいないか調べたりして日々を過ごした。
衛兵隊小隊長のボブの紹介で衛兵隊長と領主のパーセル伯爵とも面談した。
衛兵隊長と共に、伯爵はこれまでの話を聞き、カードの裏書きを見て、「ハンターになってわずかひと月で、オーガ、マンティコラ、マーマン、魔女、三級強盗団確保……。凄すぎる……」と驚いていた。
「我が領でゾンビを使役するなど断じて許されない。もしそんなことをやろうとしている者、本当にいるのなら、ぜひ捕らえていただきたい。領主からの正式な依頼としよう」
ここまでのゾンビ討伐と合わせて、犯人逮捕までを金貨五十枚の報酬で、ハンターギルドへの鬼姫指名依頼を発行してくれる。
「成果は保証できぬゆえ、成功報酬とさせていただきたいんじゃが……」
謙虚な申し出だが、これで伯爵は完全に鬼姫を信用した。
公開時間を間違えておりました。申し訳ありません。
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