17.変態かまいたち 下 ※
※2024/3/14アップデートより、「異世界転生/異世界転移」のジャンル分けが復活しました。今のところ主人公は転生なのか転移なのか謎なのですが、「死んで別人に生まれ変わった」が転生だとなろうガイドラインにありますので、生前の姿で異世界に来た鬼姫は「異世界転移」とさせていただきました。
ぴゅい――――!
口に指をあてて口笛を吹く。
間もなく軽装に帯刀のギルドマスターの中年男が路地裏に駆け込んできた。
「おう、やったか!」
「こいつじゃ」
「こいつって……女じゃねーか」
美しく色っぽいドレスを着た女が倒れている。
「いや、こいつで間違いない。匂いがおんなじじゃ。それにうちに斬りかかってきたしのう」
「匂いってなんだよ……。ナイフか。刃渡りは遺体のものと一致するな。何者なんだこの女」
「女ちゃう。男じゃ」
「男!?」
「女装した男じゃの」
「はあああ――――?!」
もうギルドマスター、大混乱である。
とにかくそのドレスの女? 男? を捕紐で縛り上げる。
体を完全に無抵抗にし、抵抗すれば首が締まるという一見複雑に見えるが、まだ容疑者なので結び目はわずかに一か所のみであり、そこをほどけばはらりと解けるという早縄の捕縄術だ。
士族ではない十手預かりの目明し程度では、容疑者を完全に拘束するほどの権限は無い。冤罪であった場合も考えて本縛りにはしないものだ。
「……姉ちゃん女王様でもやってたのか?」
色っぽいドレスの女が怪しい男を縛り上げる。ちょっと見た目が危うかった。
「この国の女王様は捕物までやらされるのかの? お役人はなにやっとるんじゃ」
「いや、そうではなく……。いや、いい。俺が運ぶよ」
ギルドマスターは縛られた男を肩に担いでギルドまで戻る。
牢に放り込んで、部下に見張りを言い渡してからカウンターに座った。
「身元が知れん。悪いが調べがつくまで、この街に滞在していてもらいたい」
「わかったのじゃ」
「衛兵隊と一緒にあいつの身元を調べて家探しもする。被害者から奪われたものがなにか見つかれば間違いなしってことになる。ちょっと時間がかかるんだよ」
「それでええの」
「賞金はその後だ……。金貨五枚。ここまでやってくれて申し訳ないが」
「金子が目当てちゃうからかまへん。この街のおなごを守てやるためにやったことじゃ」
「頭が下がるよ。ありがとう。助かった」
それから鬼姫はマダム・ネルの館に戻り、一部始終を報告した。
もちろん店は大騒ぎ。非番の娘たちも交えて豪華な夕食のお祝いになった。
「元通り着替えたいの」と言えば、総出で服を脱がせられ風呂に入れられ体を洗ってくれて髪も洗ってすいてくれてと、たっぷりともてなされた。
一番いい部屋をもらって香も焚かれ、大きなベッドにやっと眠れると横になれば、次から次へと娼婦たちがやってきておもてなしをしようとする。
「うちはおなごじゃて――――! そんな趣味はあらへんわ――――!」
「そんな、お姉さま、つれないわあ……」
「つられてたまるか」
やっと昼過ぎに起きてみれば、巫女の衣は洗濯されアイロンがけされてさっぱり。また大変豪華な朝食兼昼食でもてなされた。
「これ、私たちから謝礼よ。うけとって」
マダムは金貨五十枚に相当する白金貨の入った革袋を渡してくれた。
「変態男をひとり成敗しただけじゃ」
「それでもよ。私たち娼婦を見下し手をかけるような男、絶対に許せないわ。今までだーれも動いてくれなかったのよ。本当に感謝してるわ」
ギルドの賞金は金貨五枚。それに比べれば大した儲けになった。ありがたくいただいておく。
「おおきにありがとうのう。重ねて図々しいと思うんじゃが、この髪留め、譲っていただきたいんじゃが。角の事を聞かれるのもたいがいおっくうでの」
「いいわ、あげるわそれ。安いもんよ!」
巫女装束に旅のつづらを背負い、昼の娼館から表に出た。
もう見送りはいなかった。それも娼婦たちの気遣いかと思う。
しののめのほがらほがらとあけゆけば
おのがきぬぎぬなるぞかなしき
そんな古の句が、思い浮かぶ。
「さて、ではまたニーナを探すとするかの」
都市の西大門。今日もニーナは案内の客を探してそこにいた。
「また会ったのう。今日も案内、頼めるかの」
「はい! 喜んで!」
そして二人はあちこちを回り買い物をして、飲み食いして、その日の午後を遊びまわった。
宿をとって別れると、夜になってギルドマスターの中年男が訪ねてきた。
飯場で夕食を取っている鬼姫の前に座る。
「俺にはエール」
ボーイにそう頼んで、金袋を出してステーキ肉を豪快に食らう鬼姫の前に置く。
「わほっはのの」
「食ってから言え。いろいろわかった。この街の下っ端貴族の次男坊だった。衛兵と屋敷に踏み込んでみたら女の内臓が酒漬けにしてあって、血の付いた女の下着やらなんやら見るのも嫌なもんがぼろぼろ出てきたよ。いくら否定しても証拠はバッチリ。すぐに縛り首になるさ」
「ごっくん。うん、よかったの」
この程度の気持ち悪い話で食欲がなくなったりはしない鬼姫。
「礼だ。金貨五枚」
「ぎるどは報酬金の一割を取るのではなかったかの?」
「面倒かけた。魔物討伐じゃないし、オーガやマンティコラに比べりゃ悪人一人生け捕りにしたぐらい、カードに裏書きするほどのことじゃない。全部受け取ってくれ。安い駄賃で申し訳ないが」
「おおきにありがとう」
そのまま受け取って、鬼姫は袋を袖の下に仕舞う。
「なあ、オニヒメさん、もうしばらくこの町にいて、ハンター仕事やってくれないか?」
ギルドマスターがダメもとで頼み込む。
「あんなガラの悪い連中と一緒に仕事なんてしとうないわの」
「そりゃそうだ。しゃーないか。少しはハンターの手本になってくれりゃ、ありがたいと思ったんだが……」
エールの注がれたジョッキが運ばれてくる。
ギルマスはそれを一気に飲む。
「ま、俺のことは覚えといてくれ。俺はドーラートと言う」
「ずいぶんと間延びした名前じゃの」
「……けっこう気にしてんだからそこ突っ込まないで。ラルドのハンターギルドのマスター、ドーラート。覚えといてくれればいつか力になることもあるだろう」
「わかったのじゃ」
そう言って鬼姫は懐から出した帳面にどーらーと、と書き込む。
「お前、全く覚える気ねーだろ!」
「ばれたのじゃ」
二人、顔を見合わせて、ゲラゲラと大笑いした。
翌朝、東門から旅立つ。
驚くことに東門には世話になった案内人、ニーナがいた。
「おはようさん。場所変えかの?」
「いえ、朝来てくれないからもう旅立つのかと思って、待ってました」
「かんにんや。寝坊助で」
「いえ」
「ほんなら東口まで案内してもろうかの」
「もう目の前ですよ!」
「ええんじゃ」
鬼姫は銀貨四枚をニーナに渡し、門まで歩いた。
ニーナの頭をなでる。
「世話になったの。では、達者での」
「はい!」
ニーナの母は、娼婦だった。
母のことは好きだった。優しい母だった。
母は病気になり、「娼婦にだけはならないで」と言って息を引き取った。
ニーナは一人で働くようになって、母が娼婦だったことを理解して、苦しんだこともある。
だが、鬼姫に言われてわかった。
母は、精一杯生きて、自分を必死に育ててくれたのだと。
そのことに気付かせてくれた鬼姫に、頭を下げて、ニーナは鬼姫を見送った。
次回「18.老婆の小屋 上」




