16.変態かまいたち 中 ※
「こちらがハンターギルドです」
大きな石造りの立派な建物だが、出入りしている男たちの見た目が悪すぎた。
「あの、あまり評判がいいところではなくて、その、怖い人が多いです。普通の女の人は近寄らない場所なんで……」
「さよかの、ではおぬしは表で待っておれ」
「はい」
「そういえばおぬし、名は何という? うちは鬼姫じゃ」
「ニーナです。オニヒメさん」
「少し待たすぞ。ニーナ」
ニーナはさささっと駆け出し、表向かいの軒下の柱に隠れて様子をうかがう。
鬼姫は堂々と正面から、「たのもうー!」と声をかけ入っていったが……。
数分後、どやどやと武器や軽鎧で固めたガラの悪い男たちが次々と入口から出てきて、その後から出てきた鬼姫を取り囲んだ。
「てめ――――! 舐めんじゃねえぞこのクソアマ!」
何をどうしたらそうなるのか、男どもはいきり立って鬼姫を睨みつける。抜刀している奴もいた。
「四の五の言わずさっさとかかってくるがええわ。この玉無しのあかんたれども」
「ぶっ殺してやる――――!」
一番危なそうな男が斬りかかってきたが、鬼姫は袖口から十手を出し、その刃を受け止めた!
十手。その昔、同心や目明しといった警察組織が使っていた捕物具である。
犯罪者をその場で斬ることが許されなかった無刀の目明しは、これを振るってちんぴらを取り押さえたものである。鬼姫が古都の暴れ者をいつも取り押さえているうちに、褒美として何代かの古都守護職のなんとかの安芸守とか言うお代官から預かったものだった。
十手は同心のような、士族が使う公儀の火付け盗賊改めの身の証である。目明しのような身分のない者に十手を貸し与えることで、賊を捕縛する権限を与えていた、今でいう警察バッジということになる。
「十手を預かる身」であるのだから役目が終われば返すものだが、鬼姫はそういえば返すのを忘れていた。安芸守のほうが先に亡くなったので、うやむやになるのも仕方ないが。
刀と違い十手に銘が入っていることはまずないが、大ぶりの太刀もぎの鉤は角穴かしめ。鋼の棒心太く、一尺三寸。柄の周りや細工は全て真鍮の毛利拵えだ。きわめて頑丈で、身を証す飾りではなく実戦で使うことを想定した十手である。
※著者蔵
刃をその十手の鉤で受け止めた鬼姫は剣をひねり上げ、その腕からもぎ取った。男は腕をねじ上げられ押し倒され、踏みつけられる。
斬りかかってきた別の男を、自分の刀ではないのでまともに刃を打ち合わせて打ち上げ、諸刃の剣を横にして峰を胴に当てぶっ叩く。
男、悶絶。
狼狽し、数人同時に斬りかかってくる男たちをそのまま、十手と剣の二刀流で剣をまとめて数本受け、ガキっと交差させて嚙みこませ、動けないようにしてからまとめて蹴り飛ばす。
ぶっとんだ男は地面、柱、建物に身を打ち付け、倒れ、起き上がれなくなる。
あまりのことに剣を構えながら棒立ちになった男どもには正面までずんずん歩いて行って、いきなりその横っ面を殴りつける。これはただの暴力だと言われても仕方ないが、それぐらい鬼姫も腹を立てていた。斬りかかってきた男は奪った剣の峰で殴る。
見物人に取り囲まれ、大騒ぎになったが、もう立っている男はいなかった。
鬼姫が奪った剣を宙に投げ、十手を振るって叩き折ると、見物人から拍手と歓声が沸いた。
遠慮なく打ち合ったなまくら刀は、知らず傷が入り、いざというとき折れることがある。十手で叩いたぐらいで折れるならもう使わないほうが良い。鬼姫にしてみれば無茶な使い方をしたこの剣を折っておくことは、叩き伏せたハンターどもへのせめてもの親切であった。
「す……凄いぃいい!」
案内のニーナも、柱から身を乗り出して拍手した。
ハンターギルドの入口からその様子を見ていた、ちょっとくたびれた中年男が出てきた。止める間もなかったという感じである。
「……すまなかった。馬鹿どもが失礼した。オーガもマンティコラも確かにあんたが倒したと認めるよ。入ってくれ」
鬼姫も振り返って、笑ってから、ニーナをちょいちょいと手招きした。
「その子なんだ?」
「門で案内を頼んだの」
「金袋をスられなかったか?」
「そんなことはあらへん。真面目に仕事をする頼りになる良い子じゃの」
笑って案内の子の頭をなでると、その子も鬼姫を見上げて笑った。
「……まあいい、カードもう一度見せてくれ」
カウンターに座った男はギルドマスターらしい。鬼姫も思ったがかなり強いと見える。あの荒くれどもをまとめ上げているだけのことはある。
「うーん、本物だ。偽造じゃねえ。たいしたもんだ。ソロで倒したわけだな」
「あいつらも言っとったが、別にぱーてーの一員でおこぼれで倒したんとちゃうからの」
「ああ、だったらここに点が打ってあるはずだ。俺は見れば姉ちゃんがかなりの腕だとわかるんだが、あいつらはホントしょーもねえ……」
いまさらながらカードにそんな見分けがあったのかと思う。
掲示板を見る。
「例の切り裂き魔、お尋ねがかかっておるのかの?」
「そうだ。賞金は金貨五枚」
「安うないかの?」
「斬られているのが娼婦、売春婦のたぐいだからな」
「そんなおなご、なんぼ斬られても知ったこっちゃないと」
「……まあスポンサーの領主はその程度にしか考えてねえってこった」
「殿御も世話になっとるはずではないかの。おなごを守てやろういう気概のある殿御はおらんのかの」
「すまん、そんなやついないんだよなあ……。さっきの通り」
ギルドマスターは肩をすくめる。まだまだ女性の地位が低かった。
「俺も毎晩見回っている。おかげで寝不足だが、やけに用心深いヤツでろくに手掛かりも無い。どうしたもんかと困っている……」
「得物は短刀。体を切り刻み臓の腑を持ち去ると」
「そうだ。完全に異常者だな」
「妖怪、魔物とはちゃうと」
「斬り口が鮮やかすぎる。まるで医者の手術だ」
かまいたちのたぐいも、その切り口はあまり血が出ないぐらい鋭いものだったが、かまいたちは人は殺さないし、食わない。かまいたちは三匹いて、一匹目が人を転ばせ、二匹目が斬り、三匹目が薬を塗ると言う、凶悪なんだか親切なんだかわからない話も残る。
この世界の魔物はオーガのようにろくな武器が使えない、力ずくばかりだったし、人間の異常者という線はどうやら正しいらしい。
「おぬしではおびき出せないであろうのう」
「あんたは美人だし、いい女だしな」
「一応礼を言っとくかの……」
「でもそのツノなんだ?」
「うまれつきじゃ」
「とにかくやってくれるなら頼みたいが」
正式ではないが、仕事の依頼ということになるのだろう。
「おすすめの遊女屋があれば教えてもらいたいのう」
「? まあ娼館ならこの通り奥のマダム・ネルの館がこの街一番ってところだが」
「物騒なところで商いをしとるのう」
「まあもちつもたれつだから」
なにかと荒くれ男とのトラブルも多そうな娼館街。ギルドが用心棒もやっているということになるか。
「事件が起こった場所の地図をもらえるかの」
「ああ、頼む」
そして男はこの近辺の地図を出し、ペンで六ケ所×をつけてくれた。
「私もこんなとこ、来たことないんですが……」
案内のニーナはそう言って、地図を見ながら路地裏の事件現場を回った。
切り刻まれていた死体が放置されていた場所となると、昼間であろうと薄気味悪い。石畳にまだ血のシミがあったりして背筋が凍る。
鬼姫は手をついて顔を近づけて、ふんすふんすと臭いを嗅ぐ。
「あ、あ、あの、なにやってるんです?」
「香を焚いた匂い」
「香水ですね。こちらの女性には必需品です」
「バラバラじゃの……。じゃが……」
うーむと考え込む鬼姫。
「……香木とも白檀とも違う、麝香のまがい、安い香じゃの」
「なんでわかるんです……」
そして、マダム・ネルの館に着いた。
「ここでお別れじゃ、ニーナ。お役目はばかりさん。達者で暮らせよ」
「……はい、あの、いろいろありがとうございました」
そしてその大きな娼館に入ろうとする鬼姫にニーナは声をかけた。
「あの、オニヒメさん、……娼婦になるの?」
「いやいやいや、さすがにそらやらん。ふりだけじゃ」
「娼婦になんかなっちゃダメ!」
「やらんて」
そして鬼姫はニーナの前に跪いて頭をなでる。
「のうニーナ、娼婦が悪いと思ってはあかんぞ? 誰もがお勤めはやりとうてやっておるわけではないんじゃ。やむにやまれずのほうが多いの。その者を嫌ったり、馬鹿にしてはあかん。どんな仕事であろうと、真面目にお勤めしておるのであればなんら恥ずかしいこととちゃうんじゃ」
「……うん」
「おぬしが娼婦になりたくないと思うなら、そらそれでよろし。だから、自分のでけることをやり、精一杯生きよ。幸せであろうと、不幸であろうと、人は精一杯、頑張って生きれば、それでええんじゃ」
「……はい」
「ほなの」
ニーナは娼館に入っていった鬼姫を見送って、しばらくそこにたたずんでいたが、もう日が落ちそうになり、いつまでもそこにいてはダメだと思って駆け出した。
娼館のマダム、支配人のネルは娼婦たちを取りまとめる気のいいご婦人であった。かつては自身も高級娼婦から成り上がり、館を運営するまで上り詰めた傑物であったと言えよう。
もちろん娼婦ばかりを狙った切り裂き魔に大いに腹を立てていたのは当然であり、鬼姫の話に乗ってきた。
「やっつけてくれるんだったら、どんな協力もするよ! いや、ぜひやらせて!」
店自慢の美女、美少女たちにかこまれての大騒ぎ。昼間のハンターギルドの前で乱暴者をコテンパンにした話はもう伝わっていて、評判になっていたのだ。
店の娘たちにさんざんに飾り付けられる。
「うーん、こっちがいいかな」
「サイズが凄いよね」
「それにしてきれいだわあ……。うらやましい」
色っぽいドレスを次々に着せ替えさせられ、マダムのため息も漏れる。
「あんた、うちで働いてくれれば間違いなしにナンバーワンも狙えるだろうに、惜しいねえ……」
「マダム、それはちょっと……」
「お化粧させて――――!」
「私もやりたい――――!」
「このツノなに?」
「ヒールはなににしよう」
「サイズぜんっぜん合わないよ。どうしようこれ」
いやそんなかかとの高い靴はお断りじゃと、これから異常者と戦うことになる鬼姫はさすがにそれは遠慮した。
黒髪もくるくるとカールさせ、きれいなアクセサリーで髪留めし、大きく背中の空いたナイトドレス。胸もこぼれそうでふとももに大きなスリットが入った大胆なデザインである。
それにしてもアクセサリーの髪留めはよかった。
それをつけていると、頭から角が生えているのではなく、そういうアクセサリーの髪留めをつけている、というように見える。カチューシャってことになるだろうか。仕上げに香水を吹かれそうになったが、慌ててそれは断った。
そんなこんなで夜になり、鬼姫はかつ、かつ、かつと娼館街を闊歩する。
「まるで花魁道中じゃのう……」
あちこちから口笛が吹かれ、男どもが誘ってくる。
それを一つ一つ、あしらいながら、路地裏をたまにのぞき込んだりして、娼館街を何度も往復する。
女たちに客が付き、娼館街の人通りも少なくなってきた。例の事件のせいで客足もいささか遠のいていることもある。
鬼姫は娼婦たちの見様見真似で、スリットから太ももを露出させて腕を組んで一角にもたれかかって気だるげに立った。
「……見違えたよ」
昼間のギルドマスターが声をかけてきた。見回りらしく剣を帯びて平服である。
「他人のふりをしていてほしいの」
「悪い。さすがの俺もつい見ちゃうわそれ。頼んだぜ」
そう言い残してそそくさと立ち去る中年男。
ふーとため息して、また歩き出そうとした鬼姫に、声がかかった。
「あーら、素敵ね、お姉さん」
これまた色っぽいドレスをまとった美女が声をかけてくる。
鬼姫ほどじゃないが、女にしては背が高い。
「新顔かしら。見かけないわね」
「今まで表で客引きをしたことが無かったのでの」
鬼姫はちょっとバツが悪そうに、片眉を上げて微笑んだ。
「なんて名前? どこのお店かしら、ちょっとお話したいわあ~」
美女が笑いかける。
「いいわよ。あなたはどちらの……」
手をつかまれた。
引っ張られるままに路地裏へ。
「さて、どうするつもりじゃ」
声をかけて手を振り払った鬼姫。そこへ振り返った美女が駿速でナイフを斬りつける!
カキィン!
路地裏に刃鳴りがして、十手でナイフが受け止められた。
「やはりおぬしか。その香水」
「何者だお前!」
美女の顔が驚きになる。
「誰でもええわ!」
そして大きく開いたスリットから鬼姫の太ももが振り上げられ、物凄い馬鹿力で美女の股間が蹴り上げられた!
美女は路地の雨除けのひさしまで打ち上げられ、頭をぶつけて落ち、ナイフを転がして悶絶して白目を剥き、気絶した。
次回「17.変態かまいたち 下」




