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私は普通の恋人になれない  作者: 中の人
番外編

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【毬子視点】家庭教師のお姉さん

 去年の秋くらいから、わたしは親のすすめで家庭教師をつけられた。

 週2回、オンライン授業で90分。科目は苦手な数学と英語。


 受験する予定である高校は美術科で、そもそも実技試験だから今から受験対策するなら絵を描けって話なのだけどね。

 でも、まわりのお家がみんな塾とか家庭教師で勉学に励んでいる手前、もうすぐ受験生のわたしが何もしてないのは親的に体裁が悪いみたい。


 わたしも上記二科目は授業についていけてなかったところだから、ちょうどいいかなと思ってやってみることにした。

 相手は大学1年のお姉さんと聞いて、すごいと思った。わたしとちょっとしか歳が離れてないのに、中学生に教えられる頭脳があるだなんて。


 実際、お姉さんは優しく丁寧な指導法だった。

 飲み込みが悪すぎるわたしにも、一切鬱陶しがらず辛抱強く教えてくれた。

 これで有名大でも教育学部でもないって、本当なの?

 お姉さんみたいな人が先生だったら、わたしぜったい授業でも寝なかったのに。


 本人は『まともにバイトしたのはこれが初めてだよ』と謙遜していたけど、ぜったい接客業のほうが簡単に思える。

 お勉強ができる、と人に分かりやすく教えられる、は比例しないのかしらね。



 さて、いまは2月。

 中高生は学年末テストに向けてぴりぴりしてるけど、大学生はこれくらいの時期から春休みみたいね。いいなー。

 夏休みも9月まで遊び放題って言うじゃない。いいなー。

 羨ましがったら大学は遊ぶために行くとこじゃないぞ、ってお姉さんに叱られてしまったけど。


『では、今の解き方を参考に問7をやってみようか』

「はい」


 手をすり合わせて、わたしはシャーペンをノートに走らせていく。


 こたつに足をつっこんでるものの、部屋の空気は冷たい。

 エアコンをつけるとそのあったかさでうとうとしちゃうから、これも我慢だ。でも、むき出しの指はだんだんかじかんできた。

 ぬるくなってきたココアを呷って、わたしはラストスパートをかけた。


 逆にお姉さんは寒かったり眠かったりしないのかしら。

 彼女の背後に映る背景は、どこにでもあるお部屋に見える。


 今の時期は常に暖房風かストーブの熱を受けてないと、あっという間に凍えてしまうのに。

 今日のお姉さん、やたらと軽装なのよね。


 いつもはユ○クロのフリースとかなのに、胸元がざっくり開いたゆるめのニットセーターって。おしゃれなネックレスまで掛けちゃってる。

 このあと、おでかけの用事でもあるのかしら。


 でも、こういうお姉さんを見るのは今日が初めてじゃないのよね。

 なんとなく、わたしはひとつの法則に気づき始めていた。



『それでは最後に、因数分解のおさらいに入ります』


 画面越しに、お姉さんが問題文の書かれたプリントを見せる。

 x²+8x+7=0、と数式が映し出されてわたしは一瞬頭がフリーズした。

 うう、今日みっちりやったはずなのに。言語ですらない数字の羅列は、見ただけで脳が理解を拒む。


『Xの2乗の解を求めよ』

「え、ええっと……」


 な、なんだったっけ。そもそも、なんで数学の問題文ってだんだんえらそうになってくるのよ。

 求めてください、求めなさい、求めよって。べつに求めてないけどって某香水ソングを連想しちゃうじゃないの。


 見当違いないらだちを覚えているわたしに、お姉さんは苦笑いをすると柔らかい言い方に変えた。


『足して8になる数字と、掛け算で7になる数字のことだ』

「あ……あー、はい、それで分かりました」


 両者に一致する数字は、1しかありえない。

 無事答えられたわたしへと、『公式そのものの暗記よりも自分に分かりやすい日本語で覚えたほうが定着しやすいかな』とお姉さんはアドバイスを贈る。


『来週もまた、因数分解の復習から始めようか。これをマスターすれば、二次方程式の解き方はぐっと楽になるよ』

「ああ、中学数学のラスボスって言われてるあいつですか」

『……前々から思っていたけど、君はもしかしてゲーム用語に当てはめたほうが覚えやすいのか?』


 ありゃ、こういうとこでオタク趣味って露呈するのね。わたしはあははと笑ってごまかす。

 雑談のときに気を抜くとうっかりアニメゲーム漫画の話題に脱線しがちだから、もうお姉さんにはバレてそうね。


 そういうお姉さんは、どうなのだろう。見た感じお堅そうな方だし、小説すら大衆文学よりも純文学を好んでそうだ。

 俗世間に浸っている若者とは、別の時代に生きているように見えるのだ。口調のせいかしら。


 でもわたしの交友関係はオタクの子ばっかだから、非オタの方との距離感を学んでおくのもいい勉強だ。


『では、今日はここまで。お疲れ様』

「先生もお疲れ様でした」


 来週の学習範囲をメモって、授業は終わり。

 ここで通信を切ってもいいけど、その後の雑談タイムがわたしの密かな楽しみだ。


 大人は興味のない話題は生返事でスルーしがちだけど、お姉さんは厳しそうな仏頂面とは裏腹に聞き上手だ。

 偏った話題しか提供できないわよと引き出しの少なさの予防線を張ったけど、お姉さん的にはどんな話題でも楽しそうに話してくれればそれでいいみたい。

 逆に自分は口下手だからと。


 そして実際、ご自身の人生とは今後も関わりがないであろう雑談も興味深そうに聞いてくれる。

 わからないところは聞いてきてくれて、教えるとしっかり拾って会話につなげてくれて。


 そういう心地よさもあって、わたしはすぐ辞めると思っていた家庭教師の習い事を続けられているのかもしれない。


『あ、終わった?』


 会話を一時中断して、トイレ休憩から返ってきたところで。お姉さんとは違う、べつの女の人の声が画面の向こうから聞こえてきた。

 なんとなく気になって、わたしはすぐに居間には戻らず寒い廊下から覗き込む。

 どっかの家政婦みたいに。


 実はこの女の人、声を聞くのは今日が初めてではない。

 何度か、授業が終わったところで。画面の端にちらっと見えたり、声だけ聞こえることがあった。


 普通に考えれば、お姉さんの親戚かお友達。

 でも、これも女の勘ってやつなのかしら。

 初めて会ったときから、わたしはお姉さんと正反対のタイプなのにどこかシンパシーを感じていたのだ。


『ああ、悪いな』

『いやいや、こっちこそ。仕事してるとこかっこいいなって個人的趣味から遊びに来てる身だからさ』


 かっこいい、かあ。

 確かにお姉さんはきりっとした佇まいだけど、かっこいいかと聞かれると、うーん。わたしの好みとは外れているから、なんとも言えないわね。


 それに、許容しているお姉さんも不思議だ。バイト中は身内に見られたくないだろうし、遊びに来られるなんて言語道断だろう。

 なのにこの女の人は平然とお茶を入れてくるほどには親密みたいだし、距離感が不明だ。


 もしかして、ねえ。


「ただいま戻りました」


 わざわざ声に出して居間に戻ると、女の人は『じゃね』と画面外からフェードアウトしていった。


 ちらっと見えただけだけど、すっごいきれいな人でびびってしまった。えっ、って声に出そうになった。

 髪の質とか、トータルコーディネートのセンスとか。もうそこからオーラが別格だった。絶対いい匂いしてそう。


 ぶっちゃけお姉さん、こういうリア充カースト最上位の人とつるむイメージぜんぜんなかったから。

 ……もしかして、ねえ。


「あの、もう切り上げたほうがいいですか?」

『どうして?』

「いえ、あの。お友達が来ていたみたいなので」

『あー……』


 気にしなくていいよ、とお姉さんはフォローに回った。この近くに住んでるし、しょっちゅう入り浸っているからと。

 なるほど、なるほど。だから突然来られても気にしないと。

 へー。


「そうなんですね。でも、時間的にもきりがいいのでここまでで大丈夫です」

『わかった。来週は特に冷え込むみたいだから、風邪を引かないように。夜更かしの勉強はほどほどにな』

「ご忠告ありがとうございます」


 そうして通信が切れるタイミングで、わたしはいたずら心が差した。


「では、引き続き。彼女さんとのおうちデート、お楽しみくださいね」

『…………えっ』


 ちょっとからかって言ってみただけなのに。

 お姉さんはわかりやすいくらいに動揺して、がたっと何かを倒す音が聞こえた。


 あの女の人が淹れてくれたお茶じゃないといいのだけど。

 お姉さんってけっこう、顔に出るのね。



 こうしてお姉さんは、わたしの最初のビアンリア友となった。

 いつか、わたしにも出来るだろうか。運命の人が。

 セクを自認しているものの、世間の目が怖くてまだ受け身のわたしにはお姉さんたちがまぶしく見える。

 まだ中学生なのに、今から大学生活に夢見てしまうほどには。


 もし、そんな未来が訪れたら。

 真っ先にお姉さんたちに報告したいわね。

別サイトに投稿していた番外編の限定SSを全体公開にしたため、なろうにも順次投稿していきます。

今回は一作目とのコラボです。

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― 新着の感想 ―
中坊毬子ちゃん。自分の環境を冷静に分析。 そんな彼女からみてタチさんはいい大人だったんですねw 正直もっとタチさんがうっかりしてバレたのかと 思っていましたが毬子ちゃんがするどかったんですね 面食いの…
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