蛇と初恋(前編)
「ねえ君、どうして一人で泣いてるの?」
「へび、さん?」
誰もいないはずの庭園で、誰かにそう尋ねられた。慌てて周囲を見渡すが、そこに人の姿はない。ただ一匹、地を這う黒い小さな蛇がいるばかりで。涙をぬぐってそっと指を差し出すと、蛇はちろちろと舌を出しながら絡みついてくる。この蛇が喋った、そう結論づけるのはたやすかった。だって、そんなのは珍しくもなかったから。
「おともだちに言われたの。何もないところでおしゃべりするなんてへんだって。きもちわるいって。みんなわかってくれないから、もう遊んであげないの。……おともだち、いなくなっちゃった」
「ふぅん。じゃあ、僕が君の友達になってあげるよ。僕はル……ルナ。ルナって呼んで。君は?」
「……ロゼル。ロゼルよ。よろしくね、へびさん」
それは蛇にとっては軽い戯れだったのかもしれないし、幼いながらに勇気を振り絞った提案だったのかもしれない。十二年経った今、尋ねたところで蛇はこの日のことなど覚えていないと言うだろうから、本当のところはわからないが……それでも今日、確かに一人の少女は救われた。
*
同年代の子供達を集めたお茶会。一番上の姉の友人だという少女の家で催されたそれに、ロゼルはいやいやながらも参加した。母と姉達に無理やり連れてこられたからだ。しかし頼みの綱の家族は早々に他の客人のもとに行ってしまって、まったく知らない子供達の中に一人取り残されてしまった。ロゼルが以前親しくしていた少女達もこの場にはいない。たとえいたとしても、もはや彼女達とは仲違いしているためお互い気まずい思いをするだけだろうが。
実家がどれだけの力を持っているのか、幼く世間知らずなロゼルはよく理解していない。彼女にとって不幸だったのは、もともとの引っ込み思案な気質と母や姉達にあまり似ていない容貌からして周囲の子供達にヘイシェルアール家の令嬢だと認識されていなかったことだろう。一応紹介はされたし、小さい声ながらも自己紹介はしていたが、今日会ったばかりで印象も薄い少女の名前なんてすぐには覚えられない。家名がきちんと伝わっていたところで、ロゼル自身はおとなしすぎるただの少女だ。邪険にするほどではないが、取り入る相手としてはうまみもない。まだ分別のない年ごろの子供達ばかりというのも相まって、ロゼルは輪に加わることもできずに一人でぽつんとお茶を飲んでいた。他の子供達はもうとっくにテーブルを離れてゲームやらお喋りやらに興じている。みな、じっとするのが苦手なのだろう。
けれど寂しくはない。足元には、尾に可愛いピンクのリボンを結んだ蛇がいてくれるからだ。彼の名前はルナ。最近知り合ったばかりとはいえ、ロゼルの一番の友達だ。ピンクのリボンはもともとロゼルの髪を結っていたもので、友情の証兼目印としてルナにあげたものだ。ルナはオスらしくピンクには難色を示したが、ロゼルが泣きそうになったら慌てて受け入れてくれた。
不安だから来てほしいと言えば、ルナはどんなところにもついてきてくれる。今日もルナは来てくれていて、ルナがいると思えば一人でも心強かった。ルナが小さいからか、ロゼル以外がルナに気づいたことは一度もない。蛇がいることが知られれば騒ぎになるかもしれないが、ルナは素早いのですぐ逃げられるだろう。ルナ自身も大丈夫だと言っているので、それについての心配はしていなかった。
もともとこちらに意識を払っている人はいないとはいえ、周囲に注意しながら用心深くクッキーをルナへと落とす。普通の蛇がこういうものを食すのかはわからないが、ルナは喜んで食べてくれた。
「ねえ、君はあっちにいかないの?」
「いいの。こうしてルナとおかし食べてるほうがたのしいもん」
「……そっか。ねえロゼル、のどかわいたよー」
「ええ? そんなこと言われても、こうちゃはあげられないわよ。カップごとあげればいいのかしら?」
子供用の小さなティーカップを持ち上げてロゼルは笑った。頭上でくるくると飛び回る子供達、彼らが他の参加者には視えないモノであることは知っている。どうせ同じお喋りなら、向こうできゃっきゃと話す令嬢達よりも、こっちの子供達と喋りたいぐらいだ。彼らのほうが楽しそうなことを話している。けれどさすがにそれはできない。もしそんな光景が母親に見つかったらまた怒られてしまう。人目のあるところで視えない彼らと話してはいけないと、ロゼルは幼いながらに学んでいた。だから、声を潜めてでも話せる距離にいてちゃんと実体のあるルナにおやつをあげているほうがいい。
「君、どうして一人なの? あっちでみんなと遊ばないのかい?」
「……ッ!」
言葉こそ似ているが、そう問いかけたのはルナの甲高い声とはまた違う、高いとはいえわずかに落ち着きを孕んだ声だった。聞きなれないその声音に驚いて顔を上げると、知らない少年がすぐそばに立っている。同年代というには少し背が大きくて、どちらかといえば一番上の姉に年が近いように見えた。このお茶会は彼女の友人の家で催されたものだ。ロゼルがいるテーブルはもともと招待客の弟妹が案内されたものなので、少年はわざわざ招待客用のテーブルからこちらまで来たのだろう。おそらくは、他の小さな子供達と同じようにテーブルを離れることなく一人でお菓子を食べているロゼルを気遣って。
十二、三歳ぐらいのその少年は、ロゼルが誰か知らないようだった。ロゼル自身彼に見覚えはないので、一番上の姉と特別親しいわけではないだろう。だから彼は、純粋に一人ぼっちのロゼルを慮ってわざわざやってきてくれたのだ。その気遣いは嬉しいが、だからといって突然知らない人に話しかければ委縮してしまう。恥ずかしさから顔をかぁっと赤らめ、うつむいてドレスをぎゅっと握った。すると少年は優しく微笑み、ロゼルの頭をぽんぽんと撫でてくれる。
「大丈夫だよ。みんな優しいから、そう心配することはない。なんなら私からみんなに声をかけてあげようか」
「ぁ……えっと……」
「……いいよ、行ってきたら? 僕以外にも友達ひつようでしょ。ちゃんと人間の友達がさ。だから……たまには僕以外の子とも遊びなよ」
「で、でも……」
戸惑うロゼルだったが、少年に手を引かれて自然と立ち上がってしまった。ちらりとルナを見るが、ルナは興味なさげにクッキーにかじりついている。
「私はミトラ。ミトラ・ケイン・エールノットだ。君は?」
「ロ……ロゼル……ラヴィ・ヘイシェルアール、です」
「ヘイシェルアール? そうか……君がリリエルの妹さんなんだね?」
「は、はい……」
手を引かれたまま、子供達の輪に連れて行かれる。後ろ髪を引かれる思いで何度も振り返ったが、ルナが追ってきてくれることはなかった。さすがに人の多いところに出るわけにはいかないのだろう。ミトラについていった子供達の輪からでは、もう小さい蛇の姿は見えなかった。
*
それから数日間、ルナはロゼルの前に姿を見せなかった。やはり怒っているのだろうか。謝りたいが、呼んでも来てくれないならその手段がない。ロゼルのお気に入りの場所で、最初にルナと出会った場所でもある庭園の隅の大きな木の根元に手紙を置いたが、それをルナが見てくれた様子もなかった。
そうしているうちに、新しいお茶会の招待状が届いてしまう。招待客はロゼル達三姉妹で、主催はどこぞの伯爵家だ。どうやら今度は二番目の姉と親しい少女からのものらしい。ロゼルと一番目の姉はそのおまけといったところだろう。ルナもついてきてくれない社交の場に行くのはいつもよりも憂鬱だったが、はしゃぐ姉達に水を差したり母に余計な心配をかけたりするのも嫌だ。無理やり笑顔を作って出かけた。
「ねえ、あの子達は――――どこの家の――――」
「ああ、セレク様の――――父親によく――――」
「今は――――の養子らしくて――――」
「見てみろよ――――知らない奴が――――」
「だぁれ――――なんだかこわい――――」
「偏屈侯爵――――紹介の――――でもすればいいのに――――」
「こうして――――来させただけ――――いいと――――」
ひそひそ、ひそひそ。好奇に目を輝かせた招待客達がどこかを見ている。それは隣のテーブル、ロゼルより少し年上の……二番目の姉と同い年ぐらいの子供達がいる方角だった。それが自分に向けられていないことにはほっとしたが、なんだか嫌な感じがした。どことなく落ち着かない空気は居心地が悪く、いつもより気もそぞろになる。注意力が散漫になっていたせいだろう。ティーカップを落としてしまう、そんないつもならしない失態をしてしまった。
同席していた少女達の視線が一斉に集まり、身体中から血の気が失せた。この場にいるのは、みな自分より年上の令嬢達ばかりだ。一つ二つの年の違いしかないとはいえ、子供にとってその差は大きい。頭が真っ白になって指先が震える。責めるような、嘲るような視線が痛い。テーブルクロスについた紅茶の染みがどんどん広がっていく。テーブルを伝う紅茶は下へと滴り、ロゼルの薄緑のドレスすらも汚した。この紅茶まみれのスカートを見られてはもう言い訳などできない。母に怒られる。姉達に呆れられる。どうしよう。どうしたらいいのだろう。
「――《元素召喚:水》《洗浄》」
「きゃっ……」
テーブルクロスとロゼルのドレスから、水がじわりと染みてくる。その水は冷たくて、驚いてしまったが……自分がいかに出来損ないかを示すような醜い汚れが一瞬にして落ちた。もう一生消えない恥のように見えたそれはもうどこにもない。
頭上から降ってきた声の主を確かめようと顔を上げるが、そこには誰もいなかった。声の主はすでに跪いていて、水で濡れたロゼルのドレスのスカート部分を自分のハンカチで拭っていたからだ。
「だいじょうぶ? ああ、心配しなくていいよ。この水はすぐかわくから。……気をつけないとだめじゃないか、ロゼル。さすがの僕も、こぼれた紅茶はすすれない。ティーカップごとくれないと」
悪戯っぽく笑ったのは、赤みのかかった金髪の美しい少年だった。見たことのない顔だ。同席者ではないだろう。それでも何故か初めて会った気がしなくて、その優しい眼差しには安堵さえ覚えた。
ぽんぽんと数回ハンカチでスカートを優しく叩いて少年は立ち上がる。彼の紫の瞳に目を奪われながらもロゼルは呆然と呟いた。
「なんで……なんで、わたくしの名前……」
「ああ、このすがただとわからない? 僕は、」
「すごい! 今のはまじゅつですか!?」
「えっ、あの、ロゼ、」
「もっと見せてくださる? 他には何がお使いになれるの?」
少年の言葉ははしゃぐ令嬢達に遮られた。どうやら彼女達は少年を知っているらしく、ロゼルにはまねできない勢いで彼を囲んでいく。一番近くにいたはずのロゼルとの距離は小さな令嬢達の壁によってあっという間に開いていった。さらにもともと彼がいたらしいテーブルからも子供達が来て、急にできた人だかりに誘われた者もちらほらと集まってきた。少年を囲む人の波は自然と遠くへ流れていって、何がなんだかわからないままロゼルはぽつんと取り残されてしまう。結局彼が誰なのかわからないまま、彼の言葉通りいつの間にか乾いていたスカートをぎゅっと握りしめて人垣のほうを眺めることしかできなかった。
それからしばらくして、令嬢達が不満そうな顔で戻ってくる。事情はわからないが、彼女達の文句から察するに少年が彼の保護者によって輪から引き離されたらしい。彼がいないなら集まっても意味がないと令嬢達も解散したようだ。どうやら少年は今、大人達のテーブルにいるらしい。もうその姿は見つけられなかった。
そろそろお茶とお菓子にも飽きたのか、庭園の自慢の花壇を見せてあげるとこの屋敷の令嬢が言いに来た。彼女が伴う年上の令嬢達の中にはロゼルの二番目の姉もいる。その誘いにこのテーブルにいたロゼル以外の全員が乗り、ロゼルもまた姉に引っ張られる形でひっそり後をついてきた。
子供の中にはちらほらと男の子の姿もある。そこにはミトラもいた。面倒見がいい性格らしく、ロゼルに気づいた彼は歩みの遅いロゼルの手を引いてくれた。
どうやら主催である令嬢は、件の少年すらも大人達から引きはがすことに成功したらしい。少年は、令嬢達とともに前のほうを歩いている。小さいロゼルでは年上の少女達が壁となってよく見えず、花が好きなのか周囲をきょろきょろ見回しながら歩く彼の姿を一瞬目に止めるだけで精いっぱいだったが。
ミトラに手を引かれながら歩いていると、突然前方から甲高い悲鳴が響いた。蛇よ、蛇が出たわ……そう聞こえるが早いか、ロゼルは弾け飛ぶように走り出す。ルナが来てくれたのかもしれない。
突然全力で駆け出したロゼルに、ミトラは驚きつつも手を離さずについてきてくれる。ロゼルの脚力ではミトラを振り切れなかったからだろう。むしろミトラが本気で走ればロゼルを引きずる形になったかもしれない。……もっとも、蛇と聞いて一瞬だけ顔をひきつらせた彼が好き好んで騒ぎの場に行こうとするわけがないだろうが。
ミトラとつないだ手をもどかしく思いながらもまっすぐ走り、息を切らせて周囲を見る。けれどそこにいたのは、規則的な白い模様のある褐色の蛇だった。ルナとは似ても似つかない、まったく違う蛇だ。
「だ、だいじょうぶ、です……。この子は、あんぜんな子だから……」
ロゼルはもともと爬虫類が苦手ではない。最近ではルナのことをもっと知りたくて、蛇に関する書物もよく読むようになった。それは子供向けの図鑑だったり、父に聞いて教わりながら難しいものを読んだりと学び方は様々だが、その知識がこの蛇は無害なものだと告げている。その蛇はルナと違ってロゼルの身長ほどあろう大きいものだったが、毒がないのだからむやみやたらと怯える必要もない。ロゼルはミトラの手をゆっくりと振りほどいて、低い木の枝に絡みついて垂れる蛇に近づいた。
「こわくないよ。おどろかせてごめんね?」
優しく胴に触れてはにかむと、蛇は鎌首をもたげてじっとロゼルを見つめた。ロゼルの言葉が通じたのか、蛇はずいっと頭をロゼルの鼻先まで近づける。そしてすぐにしゅるしゅると木の枝に引っ込んで行って、どこかに行ってしまった。
「気持ちわるい……」
そう呟いたのは誰だったか。何に対して言ったのかもわからない言葉に思わず身体がこわばる。けれど次の瞬間、頭をそっと撫でられた。ミトラだ。
「ロゼルは……その、優しいんだね」
「お、おともだちがいて、それで……えっと……」
「へびが好きな? その子もきっとロゼルと同じで、優しい子なんだろう」
ミトラは優しく目を細めた。そんなミトラを見上げ、ロゼルはぎこちなく笑う。蛇が友達だとは何故か言えなかった。それは、ミトラの顔色が少し悪かったからかもしれない。きっと蛇に対して怯えていたのだろう。
「……ごめん、そろそろ僕は――――」
「まって――――一人で――――私も行くわ」
「そんな、もう――――まだ――――」
「じゃあ――――わたくし達も――――」
少し離れたところでそんな声が聞こえる。ちらりとそちらを見ると、一団が来た道を引き返そうとしているところだった。
*
次の日、ロゼルがお気に入りの木の下に行くと、そこにはルナがいた。彼が枝からぶら下がっているところはずいぶんと久しぶりに見た気がする。ルナの姿を見た途端、用意していた言葉が消えてしまう。それでもロゼルは喜びをあらわにして駆け寄った。
「しんぱいした! もう会えないかと思ったんだから!」
「……ごめん」
「あのね、あなたにきいてほしいことがたくさんあるの! わたくし、一人でもお茶会にいけたのよ!」
「……うん、知ってるよ」
「それでね、わたくしをたすけてくれた人もいるの! その人は、」
「それも知ってる。……君はもう、僕がいなくてもだいじょうぶだ」
ロゼルが伸ばした手は空を切った。ルナが避けたからだ。今までこんなことはなかった。ルナのその動きが信じられず、ロゼルは呆然とルナを見つめる。
「これからは、あいつが君をまもってくれるだろう。ミトラがいるから、僕はもういらない」
「ルナ……? ミトラさまがどうしたの?」
「ごめんね。あの時、君に声をかけるんじゃなかった。……僕が近くにいたら、君をふこうにする」
「なんで……なんできゅうにそんなこと言うの!? わたくしのこと、きらいになった!?」
「へびは気持ちわるいんだろう? 君は僕をこわがらないけど……君の友達になれる人や、君がすきになったやつはそうじゃない。君まで気持ちわるがられる。だから、きっと君のほうから僕をきらいになるさ」
それはルナが知るはずのない言葉だった。それだけではない。ロゼルがお茶会に行ったことも、紅茶をこぼしてしまって見知らぬ少年に助けられたことも、あの場にいなかったルナが知っているはずがない。けれどロゼルは気づかなかった。
「ならない! ルナはずっとずっとわたくしの一番のおともだちよ! ルナをきらいな人はわたくしのおともだちじゃないし、すきになんてならないわ!」
「……そう言えるのは、今だけだよ」
半泣きになりながら叫んだ。けれどルナはとりつく島もない。わんわん泣きじゃくるロゼルの涙を、手のないルナがぬぐえるわけもない。たとえあったとしても、ロゼルから距離を置こうとするルナが彼女を慰めようとするわけもないが。
「急にごめんね。昨日のお茶会で、ハンカチを落としただろう? それをとどけに来たんだけど……使用人から君が庭にいるって聞いて、せっかくだから会いに――って、ロゼル!? どうしたんだい!?」
ここにいるはずのない声が後ろから聞こえてきた。ミトラは慌てたようにロゼルに駆け寄る。ロゼルはしゃくりあげながらルナを指さした。
「お、おともだちっていうのは……その、この子のことで……」
「友達?」
見られてしまった。よりにもよって蛇が苦手なミトラに。ミトラはルナを不気味がるだろうか。だけどミトラがルナを受け入れてくれなければ、ルナに心変わりさせられない。ルナを説得できない。ミトラを見上げるロゼルの笑みはこわばっていた。
「ねえ、ミトラさま。こわく……ないです、よね? このへびさん……ルナは、わたくしのだいじな……だいじな、いちばんのおともだちで……きもちわるくなんて、ないですよね? おねがい……そうって言って……」
「ロゼル、君は一体何を言っているんだい? そこにはなにもいないじゃないか」
「……え?」
ミトラは怪訝そうにロゼルを見ている。わけがわからないとでも言いたげなその目が怖い。慌ててルナに視線を移したが、ルナは自嘲気味な目つきでちろちろと赤い舌を出すだけだった。
「ほら、言っただろう? 僕といっしょにいたら、君までまわりからきらわれる。……じゃあね、ロゼル。“ルナ”はもう、二度と君の前にはあらわれないよ。……だいじょうぶ、君はいい子だ。きっとすぐに君のよさをわかってくれる友達もできて、僕のことなんてわすれられるさ」
「あ……ルナ……! おねがい、まって……!」
ルナは木の幹を伝って地上に降りた。必死に呼び止めながら立ち上がるが、ふらりとよろめいてしまう。それを支えたのは傍らにいたミトラだった。ルナは一瞬動きを止めたが、ミトラがロゼルを受け止めたのを見ると、すぐに茂みに向かって行ってしまう。ミトラから離れてルナの後を追うが、彼の姿はもうどこにもなかった。




