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黙って笑え。それ以外は望まない  作者: ほねのあるくらげ
第五章

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すべて終わって

「――とまあ、諸国を巻き込んだ茶番劇をやってのけたわけだが。どうだヴィーザル王、うまくやれたか?」

「ああ、怪しまれてはいないはずだ」


 ディウルスの問いに、ヴィーザルは小さく笑った。今日もかつてと同じように七人の王がリークブルク王宮の円卓の間に集まっている。表向きはガルガロン帝国の敗戦処理のための会談だが、その実情は目論見の最終確認のためだ。

 連合軍の表向きの目的は、“即位以来沈黙を保ち続けるヴィーザル王に、()()()な交渉を求めるためのもの”ということになっている。先帝の喪に服しているとはいえ友好条約を結ぶ会談にすらも出席しないのはいかがなものか、もうすぐ喪が明けるというのにこれからもこの勝手な振る舞いが続いては困る、いい加減今後の外交対応を決めてくれ……と業を煮やした諸王が立ち上がったのだ。ようするに大国の勝手な言い分ではあるのだが、疑う者は案外いなかった。

 帝国内ではヴィーザルを腰抜け皇帝などと呼ぶ声があるらしいが、反発をあらわにしているのは反ヴィーザル派の貴族のようだ。むしろ民の間では、無用な血を流すことを是としなかったヴィーザルを賢帝と称して支持する動きが目立っているらしい。はからずもヴィーザルの支持率に貢献してしまって、諸王は苦笑しきりだ。

 ヴィーザルが六か国の王に賠償するためには、大義名分が必要だった。関税や通行税の減額、交易の保障、あるいは現金や財宝。ヴィーザルの独断で動かすには莫大すぎて、かといって公式な理由がなければ国家間のやり取りもままならない。そこで発案されたのが、この狂言侵攻だった。

 転移の魔法陣を使えば兵士の移動にかかる費用はほとんどない。ヴィーザルは早々に降伏する予定だし、連合軍側も本気で侵攻するつもりはみじんもないので、人的な被害もまったくなかった。唯一の問題点は自国民や自国の兵士を騙していることだが、帝国の賠償のほとんどが民に還元されるものなのでよしとしたい。

 六か国に対する賠償金としてヴィーザルが用いたのはトールの私財だった。どういう手段を用いたのか、トールは一国の数年分の予算に匹敵するほどの莫大な財産を隠し持っていた。ヴィーザルの話では、かつてトールが潰した―ということになっている―貴族達や小国から押収したものかもしれないらしい。数々の属国を持つガルガロンの皇子ならば不可能ではないだろう。また、商人ソー・ロックバルドとしての活動も本当にしていたというから、その利益も含まれているという。もっとも、子飼いの貴族からの賄賂と、皇子の予算として都合された金を帳簿でごまかし、手元に残して作った裏金が私財の大部分を占めているそうだが。

 その資金は、反乱のためのものだったという。そう、トールは皇位の簒奪を企てていたのだ。トールが国内の内紛に強くかかわっている可能性はディウルスもレスクヴァから聞いていたが、そこまでの野心の持ち主だとは思わなかった。トールが各国から傭兵を集めていたのも、帝国とはかかわりのない戦力を欲してのことだったらしい。

 ヴィーザルを廃して新たな皇帝となる野望を胸に秘めていたトールだが、さすがにその事実を公表することはヴィーザルにはできなかったようだ。ただでさえ敗戦で国内が混乱しているのに、それに加えて皇帝の弟が反乱を企てていたとなれば、民の不安をいたずらに煽るだけだろう。ヴィーザルの判断は間違ってはいない。

 そのトールだが、現在は帝国内の監獄塔に幽閉されているらしい。皇族であり、公にできる罪は何もないこともあって処刑まではされないそうだが、残りの一生をそこで過ごすことになるという。急病を患って帝都から遠く離れた離宮で療養するという名目で宮廷から姿を消した影の薄い第二皇子の存在は、やがて人々の記憶から薄れていくのだろうか。

 トールに付き従っていたシアルフィも、同日捕縛されて牢獄に幽閉されたという。トールの囚われている監獄塔は貴人を収監しておく場所だが、シアルフィがいるのは皇城の地下にある大罪人を捕らえておく牢だ。二人が接触する危険はもちろん、脱獄の可能性もないという。だが、捕まってからのトールやシアルフィがどうなるかはディウルスの知り及ぶところではなかったし、ヴィーザルもあえて伝えなかったのかもしれない。

 トールのその後を確認し、各国への賠償内容を書状にしたためたことで会談はお開きになった。もとから内容も決まっていたので楽なものだ。もちろん表向きには紛糾したことになっているが。

 歴史家は今日のこの日のことをリークブルクの七帝会談と呼び、その以前に行われていた会談で連合軍を構成する六人の王が帝国への侵攻について話し合っていたとみなしている――――一度目の会談の時点で円卓に七人の王が着いていたことを知る者はいないし、ましてやこの二度目の会談が茶番に過ぎなかったことなど後世の人間が知るよしもなかった。


* * *


 形ばかりの調印式は、二度目の会談から一週間と経たずにガルガロンの皇城で行われた。すべてを終えたディウルスは一息つく。これでようやく、なんの憂いもなくアーニャに会うことができる。


「ディウルス様!」


 その日の夜遅く、やっとディウルスがリークブルク王宮に帰ってくると、まず真っ先に目に入ったのはぱっと顔を輝かせたアーニャだった。どうやらディウルスが帰って来るまで転移の陣の前で待っていたらしい。


「帰ったぞ、アーニャ」


 思わずその小さな頭をぽんぽんと撫でてしまう。アーニャは恥ずかしそうに顔を赤らめていたが、しばらくされるがままだった。


「これでもうクラウディスやアライベルが戦争に巻き込まれることはもちろん、お前がトールに求婚されることもない。安心しろ」

「はい。ありがとうございます、ディウルス様」

「礼などいらん。俺は当然のことをしただけだ」


 アーニャは笑う。最初から何も心配などしていなかったというように、朗らかな笑みだ。その両目にはもう悲しい決意など宿っていない。不安で押し潰されそうだったアーニャの姿はどこにもなかった。きっとその笑みを浮かべられるようになるまでに、彼女なりの葛藤があったのだろう。 


「ディウルス様がいない間、わたしはずっとトール皇子がわたしに執着する理由を考えていました」


 歩きながらアーニャはそう切り出す。トールの事情はアーニャも聞いていたらしい。ヴィーザルに頼んで教えてもらっていたそうだ。


「ほう。で、どうだった? 何か思い当たる節はあったのか?」

「一応は。……もしかしてトール皇子は、無意識のうちにわたしの中に自分と似たところを見出したんじゃないでしょうか」

「似ている? お前とトールが?」


 はっとする。誰にも望まれぬまま生まれ、不当な扱いを受けて育ち、疎まれ続けたトールとアーニャ。アーニャを見たトールが、彼女の中に自分と通じるものを感じ取った可能性は大いにある。


「わたしは結局彼を拒みましたし、それが間違いだったとも思っていませんが……もし心から彼を理解してくれる人がいたなら、彼はあんなことをしなかったかもしれません。それにわたしだって、何かが違えばトール皇子と同じことをしていたかもしれませんし」

「難しいことはわからん。……ただ一つ言えるのは、お前はお前だろう? 仮定の話なんぞしてなんになる。いくら過去を振り返っても、過去が変わることは絶対にないぞ。今のお前はこうしてなんの罪も犯すことなくここにいる。それでいいじゃないか」

「……!」


 性別か、国か、あるいは疎まれるに至った理由の違いか。トールとアーニャをわけるものは色々あるだろうが、結果だけ抽出すればアーニャが踏み外さなかった道をトールは踏み外したということになる。それがディウルスにとってのすべてだ。


「理解者になれる者ならトールにだっていたはずだ。ヴィーザル王や……人柄は知らんが、シアルフィだってそうだったかもしれん。お前一人が気に病む必要はない」


 アーニャが心の中で祖国に対してどんな感情を抱いていようが、ディウルスは気にしなかった。クラウディスの悪意からアーニャを守りはするが、もしアーニャが復讐を望んでいてもめったなことでは手を貸さないだろう。アーニャは聖女のような娘であり人を恨んだことなど一度もない、なんて期待ははじめからしていないが、だからといって自暴自棄になって復讐に走り、その虚しさに溺れるアーニャの姿など見たくはなかった。

 

「そもそも、トールとお前が似ているようには見えないぞ。性別だって違うし、顔も身体つきも違うじゃないか」

「そ、そういうことではなく……!」


 軽口を叩くとアーニャはかぁっと頬を赤く染め、しどろもどろになりながら「えっと」「ですから」と言い続ける。改めて説明しようとすると恥ずかしいのだろう。ディウルスは笑いながら歩みを止める。


「お前はお前、トールはトールだ。それでいいだろう。まだ何か異論があるのか?」


 アーニャは赤い顔のまま、無言でふるふると首を横に振った。

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