表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黙って笑え。それ以外は望まない  作者: ほねのあるくらげ
第五章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/67

トールの目的(後編)

「ロイドは今回の件、かなり根に持ってるみたいだよ。大事な自分のお姫様には、悪い虫が近寄るのすら許せないみたいだから」


 お姫様とはエルフィアのことだろう。エルフィアもアーニャと同じくトールに声をかけられていたというのは聞いている。条件は同じだろうに、トールがエルフィアに執着していない理由はよくわからないが。こちらが王女だからだろうか。


「シアルフィの情報は他国に流れてる。そこからトールの身元が割れるのは時間の問題だろうね。内陸の国々は、ガルガロンに一泡吹かせたいところがほとんどだ。諸国が一斉に第二皇子のスキャンダルをちらつかせば、皇帝も少しは顔色を変えるんじゃないかな。そしたら、トールももう好き勝手には振る舞えないよ」


 人の世の争いなど娯楽に過ぎないとでも言うように、ルルクは楽しそうに笑っている。しかしその笑みの裏には、トールの勝手な恋愛事情にロゼルが巻き込まれたことへの怒りしかないというのをこの場にいる男達は瞬間的に察した。

 罪人がどれだけ窮地に立たされようと、ルルクにとってはそれこそ娯楽でしかないのだろう。ディウルスとしては、その提案に乗るのもやぶさかではないのだが。

 もちろんそれを娯楽の一種としてとらえることなどできないが、ルルクの提案自体は悪くない。自分の婚約者に何度もちょっかいを出されて黙って笑っていられるほど、ディウルスの心は広くないのだから。


「ロイドにもこのことを伝えておくか。味方は多いほうがいいからな。問題は、俺とロイドは現状利害が一致しているが、他の国の王を動かすには理由が少し足りないことか?」

「諸王を動かすにはやはり国益でしょう。しかしヴィーザル王にトール皇子の起こした問題を伝えるだけでは、明確な利益は得られません。行動を起こすには早すぎます。今はまだ根回しのみに留めておくべきかと」


 下手なことをして本当に戦争になったら目も当てられません、とリットはルルクとディウルスを睨む。ルルクは不満げに口を尖らせたが、ディウルスははっとしてもごもごと謝罪する。確かに冷静さを欠いた発言だった。どうやらディウルスは自分で思っているよりトールに対して憤りを覚えていたようだ。


「何か起きてからでは遅いというが、なにごとにも大義名分というのは必要だからな。確かにリットの言う通り、ことが起きた時に即座に対応できるよう備えていたほうが私達のためになりそうだ。……たとえ何かあってからでも守り切る自信が、私達にはあるんだからな?」

「現状国内で優先してすべきことは、アーニャ様とロゼル嬢、そしてレスクヴァ嬢の守りを固めることじゃな。アーニャ様は言わずもがなじゃが、ロゼル嬢は一度巻き込まれておる。公爵令嬢とはいえ貴族の娘、王族より守りが薄いと思われているやも知れんぞ。そこをつけこまれてまた巻き込まれたら大変じゃ。それに、計画の失敗に憤ったトールがレスクヴァ嬢に八つ当たりをせんとも限らんからのう」

「ないとは言えないんだよね、それ。認めたくないけど、あの馬鹿兄貴はあたしのことを駒の一つとしか見てないだろうし。主人の思い通りに動かない駒なんていらないって、あっさり切り捨てられそう」


 レスクヴァは嫌そうに答える。教えられるまで気づかなかったが、実は何度も狙われていたらしいアーニャもさすがに血の気が引く思いだった。

 アーニャ自身が立てた仮説が正しいのならアーニャは殺されないだろうが、保証されているのは命の安全だけだ。ないとは思いたいが、やけになったトールが強引に迫ってきたり、人を操れるシアルフィという魔術師に意のままにされたりする可能性はある。そんなことになったら、ディウルスの妻になれない。それだけはどうしても嫌だった。


「それもそうだな。アーニャ、安心しろ。たとえ相手がなんであれ、お前には指一本触れさせない。もちろんロゼルにもレスクヴァにもだ。これ以上この国でトールの好きにはさせんぞ」

「……はい。わたしも、おとなしくしています」


 ディウルスのごつごつした手がアーニャに触れる。伝わる体温と彼の浮かべる不器用な笑みはアーニャを安心させるが、それと同時に失うことへの恐怖を増幅させていた。


* * * 


「嘘だろ……!? 誰だよ、その男……! そいつじゃない、ディウルス王はそいつじゃないぞ!」


 アライベルに向けてひっそりと放った偵察用の使い魔は、シアルフィの望む結果を報告してはくれなかった。あれほどディウルスに横恋慕するよう念押しした妹は、名前も知らない青年に熱を上げている。どうやら彼はディウルスの側近のようだが、そんなことはどうでもよかった。ディウルス本人を誘惑してもらわないと困るのに。

 妹ならディウルスに目をつけると思った。妹は自立心が強いが、それはどんな場所でもたくましく生きていくためだ。そしてその根底には、成り上がりたいという強い望みがある。国王ディウルスは、金も地位も権力も持っている男だ。今は伯爵令嬢と呼ばれる身とはいえど、しょせん妹は貧しい農民の娘。その妹では考えられないほど最高の成り上がりを、ディウルスという男は約束してくれる。

 それなのに、妹はそうしなかった。まったく関係ない男との逢瀬を楽しみ、シアルフィの思惑を外れた行動をしている。これでは主人の、トールの計画が成立しない。

 妹があの男をディウルスだと勘違いしている可能性も、シアルフィは視野に入れた。しかし初見でそんな勘違いをしたとしても、それが今日まで続いているなどありえない。妹がアライベルで過ごしてからだいぶ経っているのだ。そんな誤解はとうに氷解しているべきだろう。

 今からでもアライベルに飛び、妹に洗脳魔術をかけようか。いや、それはできない。トールの兄、あの忌々しいヴィーザルによって今のシアルフィは大幅に行動を制限されてしまっている。もちろん主人のトールもだ。国内でならまだなんとかなるが、ヴェリエ国の商人という仮初の身分さえ奪われてしまってはもう国外では何もできなかった。

 ここで下手に動けば、シアルフィと妹の関係をヴィーザルが気づいてしまうかもしれない。そうなったら一巻の終わりだ。妹は連れ戻され、シアルフィにできることは何もなくなる。

 ここはひとつ、可能性に賭けてみるべきか。そう、妹が目をつけている男はディウルスの側近だ。彼を篭絡することでディウルスを手に入れやすくしているとしたらどうだろう。

 ディウルスは婚約者のいる男だ。彼を篭絡するのに自分の美貌だけだと足りないと、妹は判断したのかもしれない。側近ならばディウルスの好みや趣味、それに行動パターンだって把握しているだろう。情報を集めることでディウルスの心に入り込みやすくしているのだ、と好意的に解釈することはできる。だから、そう、心配することは何もない――――そう思っていないとやっていられなかった。


 妹という手駒はシアルフィにとって、血が繋がっていること以外は他の手駒となんら変わらない。むしろ考えていることがわかりやすく直情的なため、魔術など使わなくても操れるぶん他の手駒よりも扱いやすいと思っていた。だからシアルフィは気づけない。自分達の情報を持つレスクヴァがアライベルの人間と結びついたとき、どれだけの脅威になるのかを。

 妹は愚かで浅はかで、なんの力もない女だ。彼女がどれだけ自分を憎んでいたところで、彼女にできることなど何もないと思っていた。だからシアルフィは考えていない。レスクヴァが、今この瞬間彼を裏切っていることを。


「……大丈夫。打つ手はまだある。むしろここからが本番だ」


 シアルフィは早速トールに妹の不始末を詫びる連絡をする。ヴィーザルの監視網をすり抜けるその魔術はすぐにトールの元に届くだろう。たとえ一つの計画が失敗しても、それと同時に次の計画を立ててその準備を進めているため、失敗がわかってすぐに動くことができた。


 トールから返事がきたのはその翌日だった。そこには最後の手段だとトール自身が笑いながら言っていた計画が記されている。これもうまくいかなければもう後はない。けれど現状、これ以外にできることはなかった。

 遠視用の魔道具を取り出し、視点を皇帝の住まう城に合わせる。トールはもちろんシアルフィも、ヴィーザルの命令によってともに自分の屋敷から一歩も出ることができない。だが、トールはまだしもシアルフィにそんなことは関係なかった。魔術さえ届けば、シアルフィはなんでもできるのだから。


 城には子飼いの貴族が何人もいる。だが、それは金で転ばせた者ばかりなので信用できない。そういう手合いを動かすべきは今ではなかった。今回動かすのは、特別に洗脳魔術をかけたとある老爺だ。彼はヴィーザルの側近で、先帝の時代から仕えている忠臣だった。今のところヴィーザルが一番信用していると言っても過言でないほどの人物といっていいだろう。

 ヴィーザルの命による軟禁が始まる直前にシアルフィはこの老爺に接触し、洗脳魔術をかけた。様々な媒介を使用してなんとか遠隔でも魔術のかけ直しができるようにしたので、この老爺は今でもシアルフィの命令で動かすことができる。シアルフィが少し念じるだけで、この老爺は自覚もないままに皇帝を裏切るだろう。


 反魔素の多いヴィーザルに魔術は効かない。それがよりヴィーザルという若者に対するシアルフィの憎しみを増幅させているのだが、ヴィーザル本人を操れなくても彼の忠実な手足を奪えば似たような結果は引き起こせるので、憎しみをあらわにすることは避けられた。

 シアルフィの命令通り、老爺は皇帝の執務室に向かう。老爺を見た騎士達は敬礼をして老爺を通す。シアルフィが老爺を洗脳したのは、城内の人間も老爺を強く信頼しているからだ。やはり彼を操って正解だった。

 普段ならそこで書類仕事をしているはずのヴィーザルはいない。休憩しているのだろう。執務机にはサインを待つ書類の山と、サインを終えた書類の山がそれぞれできていた。だが、シアルフィの目的はそれではない。


 執務机の鍵付きの引き出しの中にはベルベットの小箱がしまってあり、皇家の紋章が刻まれたインタリオリングが収められている。トールとヴィーザルの父、今は亡き先帝のものだ。ヴィーザル用のインタリオリングは今も彼の指にはめられているが、ヴィーザルは父のそれを形見として保管していた。

 それは老爺も知っていて、シアルフィは洗脳済みの老爺からそれを聞いたので知っているのだ。まったく不用心にもほどがあると、シアルフィは薄く笑った。

 合鍵はとっくに作ってある。すばやく引き出しを開けて紋章の型を取り、何事もなかったように戻した。


 あとは老爺が、今手に入れた品をトールのいる屋敷にこっそり送るだけだ。老爺の地位と信用があれば、この秘密の贈り物などどうとでも届けられた。

 トールの私兵はすでに()()()に送り込んでいる。一度に大量にひそませることができなかったので時間はかかってしまったが、目的を確実に達成させるためだと思えばこれぐらいの苦労も当然だ。まさか本当に彼らを使うことになるとは思わなかったが。

 あとは子飼いの貴族を使ってこっそりあの国に使者を送るだけだ。シアルフィとトールは帝国内にとどまっているだけでいい。手駒達さえいれば、目的は十分達成できる。


 主人が起こす、数々の不可能を可能にしてきた奇跡の力。そう、あの方にはそれがある。あの方は神に愛されているのだから。そう思えば、今までの失敗もむしろ奇跡をより鮮烈に輝かせる刺激に過ぎないということがよくわかる。

 今のシアルフィは、柄にもなく焦っていた。それは今まで思うがままに動かせていた手駒(いもうと)の小さな反抗と、貴族達の傀儡に過ぎなかったはずの皇帝(ヴィーザル)に自由を奪われたせいだ。いつもと違う状況が、狂った計画が、彼から正常な判断力を失わせていく。だからシアルフィは忘れていた――――神は果たして本当にずっとトールの味方なのか、他でもないシアルフィ自身が疑ったことがあったのを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ