表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黙って笑え。それ以外は望まない  作者: ほねのあるくらげ
第五章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/67

ソー・ロックバルドという男

 ディウルス達が帰国してからも、宮廷の平和を乱すような事件は起こらなかった。ディウルスにとっては喜ばしいことだ。ひとつ気になることがあるとすれば、件の伯爵令嬢レスクヴァ・ピアロースがやたらヴィンダールと接点を持ちたがっていることぐらいだろうか。

 アライベルに来た時点での彼女を知る者の話では、アライベルに来たばかりのころからは考えられないほどの積極性だという。それまでアライベルの者とはほとんど口も利かない、美しいが暗い娘だったというが、今でははつらつとした笑みを振りまいていて元気にさえずっている。その姿しか知らないディウルスからすれば、レスクヴァが無口でおとなしかったなど信じられなかった。

 レスクヴァの急な変貌は、環境への慣れがそうさせたのかもしれない。ヴィンダールと話したがることだって実害があるわけでもないし、レスクヴァも仕事の邪魔をしてまでヴィンダールを誘うようなことはしていない。断るに断れず、ヴィンダールは面倒がりながらもレスクヴァとかかわっているようだ。

 そんな状態のまま数週間が経過したころ、「レスクヴァがこの国に来たのは結婚相手を探すためだ」という説がディウルス、リット、レキウス、そしてルルクの中では有力説になった。ヴィンダールは否定しているが、状況からして彼女がヴィンダールに好意を持っているのは明確だ。明確、らしい。ディウルスにはよくわからないが、リット達がそういうのだからそうなのだろう。

 心当たりはないのかと尋ねると、ないわけではないという濁した返事が返ってきた。ディウルスがレンブリック連合王国にいる間、一度レスクヴァの姿が消えたことがあり、その時彼女を連れ戻したのがヴィンダールだというから、おおかたその際に何かがあったのだろう。それについて口を挟むほどディウルスも野暮ではない。二人の仲の進展模様については放置することにした。



 そんなこんなでアーニャがアライベルに来てから四か月目の月は、何事もなく平穏に過ぎ去っていこうとしていた。再来月の今頃はもうアーニャが正式にアライベルの王妃になっているだろう。それまでこの平和を続けさせてくれ、とディウルスは柄にもなく神に祈る。

 しかし悲しいかな、彼の望みは叶えてもらえそうになかった。


*


「レンブリックの姫君達を泣かせてきた旅人の正体がわかったよ」


 ルルクが報告書を持ってディウルスの執務室を訪れたのは、月がかわって間もないころだった。

 帰国して以来、ルルクは事件の調査のため頻繁にレンブリックに赴いている。進展があったら一応報告するようにと告げていたが、今までルルクがその手の話題をディウルスに振ることはなかった。おおかたレンブリックで緘口令でも敷かれていたのだろうが、こうして来たということは調査自体は終了したのだろう。


「名前はソー・ロックバルド。ヴェリエ国の中でも比較的大きな商会で働いてる、ヴェリエ人の商人みたいだね。一応ヴェリエの商業ギルドにも確認を取ったけど、間違いなく存在してる男だよ」

「……ヴェリエの商人、だと?」


 何かが引っかかる。ディウルスは眉間に深いしわを寄せて考え込む。どこかで聞いたことがなかっただろうか。後ろに控えるアッシュとヴィンダールを振り返ると、二人とも渋い顔をしていた。二人は一瞬視線を合わせ、意を決したようにアッシュが口を開く。


「以前、アーニャ様に絡んできたのはヴェリエの商人の手の者だった。偶然にしてはできすぎだな」

「ッ!」


 思い出した。街に赴いたアーニャ達に声をかけてきた、不審な男達。彼らはヴェリエから来た商隊を護衛している傭兵で、拘束された彼らの身柄は雇い主である商隊が引き取っていったはずだ。

 だが、偶然ということも考えられる。アッシュはああ言うが、偶然というのは時に重なり合って作為されたものよりよほど作為的な現実な生むものだ。ソーとアーニャが繋がらないことを信じ、ディウルスはルルクを見上げる。しかしそんなディウルスの反応を予期していたのか、ルルクは首を横に振った。


「ソー・ロックバルドは、所属している商会から派遣された商隊の一人としてアライベルへ入国したことがある。時期的には、アーニャ様が来て一か月ぐらい経ってすぐのことだった。今はもうとっくに出国しているけどね」

「だが、あの傭兵どもを連れていた商隊とソー・ロックバルドが所属していた商隊は同一なのか?」

「間違いないよ。ヴェリエ人がアライベルに来るのは珍しいし……なにより、あの時期に入国したヴェリエの商隊は一つしかないからさ」

「……」


 ロイドに警告を発される以前から、アーニャは令嬢泣かせの旅人に出会っていた。幸運なのはアーニャがその毒牙にかからなかったことか。

 だが、もしかしたらアライベル内にも被害者がいるかもしれない。リットからそんな話は聞かされていないが、念のため彼を呼んだほうがよさそうだ。ディウルスはヴィンダールに命じ、リットを呼びに行かせた。


「お呼びでしょうか?」


 リットはすぐに来た。ルルクがレンブリックで行っていた調査については彼も知っているし、呼びに来たヴィンダールからも事情を聞かされていたのだろう。リットはすぐにディウルスの問いに対する答えを出した。

 アライベルの宮廷がソー・ロックバルドに荒らされたことはない、それがリットの返事だ。被害者が記憶を失っている可能性も否定された。被害者が記憶を失うのは旅人が彼女の前から去ってからだ。つまり旅人と関係を持っている間、被害者は彼のことを覚えている。だが、もし貴族令嬢にいい仲になった相手がいるのなら、自分の耳に入ってこないはずがない、と。

 暗部に潜ませた間諜だったり、付き合いがある貴族だったり。彼と親しい貴族は顔が広かったり声が大きかったりする者が多い。彼自身の趣味や夫人の女性人気の高さから令嬢や貴婦人達とも接点があるリットは、彼女達のお茶会に夫婦で招かれることも少なくないという。そういった場で恰好の話のタネになるのは、やはり若い男女のゴシップだろう。

 シェニラが自分の近衛騎士に想いを寄せているのは実兄であるディウルスですら知らなかったことだ。それをディウルスに伝えたのはリットで、その事実がリットの情報収集力の高さを証明している。リットの証言を疑う余地はなかった。

 ソー・ロックバルドと接触した可能性があるのは、アーニャとあの時アーニャの傍にいたミリリとリアレアだけ。ほぼ事実に違いないものであるとしてディウルスはそれを受け止める。被害らしい被害がなかったこと、それはディウルスの心にわずかながら安堵をもたらした。少なくともアライベルにおいては、異国の男にもてあそばれた哀れな少女はいなかったのだ。


「レンブリックの入国履歴も見せてもらったけど、ソー・ロックバルドはアライベルより先にあっちに行ってたらしいよ。レンブリックを出た時期とアライベルに入った時期を比べると、レンブリックとアライベルの間に何か国か回ったみたいだね。アライベルを出たのは……そうだな、大体ハルトラスの問題が片付いたころあたりかな。残念ながらそれ以降の足取りは掴めなかったけど」


 ロゼルにふられた彼女の従兄ハルトラスが、復讐のためにロゼルが飲むはずだったゼクトに毒を盛った事件はディウルスの記憶にも新しい。

 そういえばあの事件の裏ではアーニャの襲撃未遂が起きていたはずだ。そしてアーニャの襲撃を計画した人物は、ロゼルの毒殺をハルトラスに示唆した人物と同一であると考えられていた。

 

「まさか、そこに繋がるのか? ハルトラスを操り、アーニャを襲おうとしたのがソー・ロックバルドだと?」

「多分。ロゼルに毒入りゼクトを渡した給仕のことは、誰一人として覚えていなかったんだよね? きっとここにも魔術が絡んでるんだ。記憶を奪う魔術はそうやすやすと使えるものじゃない。だから、術者は同じだと思う」


 ルルクは語る。干渉魔術の中でも、人の精神に作用する魔術は呪法認定されている。そして記憶の操作もまた呪法の一つだ、と。

 倫理的に問題があるのはもちろん、その行使の難しさからそんな魔術が使えるのはごく一握りの魔術師だけだという。状況はもちろん魔術の発動のために必要とされる力量を鑑みても、別人とは考えづらいそうだ。


「だけど、問題が一つある。レンブリックに滞在する時に書かされる書類が魔道具なのは知ってるよね? 実はあれには仕掛けがあるんだ。その辺は機密事項らしいから詳しくは言えないんだけど、結論だけ言わせてもらうよ」


 レンブリックへ入国した時に書かされる書類についてはディウルスも知っているが、あれすらも魔道具だったとは知らなかった。しかし今口を挟むと厄介なことになりそうなので、ディウルスは何も言わずにルルクの言葉を待った。


「ソー・ロックバルドは生まれつき魔素が少ないんだ。彼に魔術は使えない」

「なんだと? なら、ソー・ロックバルドに協力する魔術師が他にいるということか?」

「そうなるね。一応ソー・ロックバルドが働いてる商会に問い合わせてみたんだけど、彼がいた商隊に魔術師はいないらしい。……まあ、これは嘘だったんだけどさ」


 商会ぐるみで存在を隠していた男がいる。ルルクのその言葉に、彼以外の全員が息を飲んだ。商人にとって信用は命だ。ルルクやレンブリックの魔術師達、そしてロイドがどうやって商会に事実確認をしようと試みたのかはわからないが、事情を話すことまではせずとも相応の身分はちらつかせただろう。

 他国の上客からの問い合わせに対して嘘をつくなど、商会側がこうむる不利益が大きすぎる。それでもその商会が嘘をついたというなら、それはロイド達が商会へ接触したやり方がうまくなかったか、たとえ嘘をついてでもかばわなければならない理由が商会側にあったかのどちらかだ。


「その商隊には、シアルフィっていう男がいる。……シアルフィは魔術師だ。二流って、僕が呼んであげてもいいぐらいの実力を持ってる、ね」


 ルルクはそう言って報告書をめくり、一枚の写真を見せる。

 ピンで資料に留められたそれは本人も気づかないうちに撮られたものらしく、被写体である青年の目線は明後日のほうを向いていた。入国者を記録するための魔道具が使用されたのだろう。

 青い髪に緑の瞳。肌が赤みを帯びているのは日焼けだろうか。平凡な顔立ちの若者だ。北国生まれだと思えば特別印象に残るような見た目ではない。だが、自分以外の魔術師は三流以下だと公言してはばからないルルクは、彼を「二流」と称した。そうである以上、シアルフィの実力は外見では図れないほどのものなのだろう。


「魔術を悪用してソー・ロックバルドの支援をしているのは、この男で間違いないよ。今、ロイドはこっそり周辺諸国にシアルフィの警戒情報を流してる。ロイドとしても彼の居場所を掴みたかったみたいだし……この男はアライベルでも好きにやってくれたからね。見逃すなんてありえないよ」


 昏い紫の瞳はいつか見た時と同じように冷たい光を放っている。決めつけるにはまだ早いが、ハルトラスにロゼルの毒殺を示唆したのは十中八九この男だ。

 ルルクにとってロゼルという少女は、精霊としても人間としてもかけがえのない存在だというのはディウルスも知っている。それに、結果的に毒を飲んだのはルルク自身だった。ルルクがシアルフィを敵視するのも無理はない。そして、意図はわからずともアーニャを危険にさらそうとしたのだから、ディウルスもまたシアルフィにいい感情など持てるはずがなかった。


「しかしこのシアルフィとやら、誰かに似ておる……」


 シアルフィの写真を見つめながら、ヴィンダールは低い声で唸る。だが、徐々に彼の顔が青ざめていった。


「レスクヴァ嬢?」

「「!」」


 ヴィンダールの口からぽつりと漏れたその名前に全員が反応した。ヴィンダールは気まずげにしながらも、レスクヴァとシアルフィの類似点を挙げていく。そう言われて見ると、顔そのものはあまり似ていないが、パーツの雰囲気自体は似通っているように思える。


「だが、私達は北国生まれの人間を見慣れていないじゃないか。そのせいで、誰もが似たような顔に見えるのかもしれないぞ。それにレスクヴァ嬢はクルーブ公国の伯爵令嬢で、この男はヴェリエ国の商人じゃないか。どこに接点があるんだ?」

「いえ、レスクヴァ様は養女です。生まれがヴェリエだった可能性は否定できません。それに、異国の人間でもその国の商人になることはできますよ。その国に籍を置く商会に入ればいいだけなんですから」


 アッシュの疑問にリットが応じる。真相はどうあれ、レスクヴァにも話を聞いたほうがよさそうだ。


「なあ、こうしてシアルフィの写真があるのなら、ソー・ロックバルドの写真もあるのか?」

「もちろん。ほら、これだよ」


 ルルクは別の写真を見せた。被写体である青年は自信に満ちた緑の瞳をしていた。軽くうねった紫の髪は後ろで一つに結ばれている。シアルフィとは違い、彼の肌は褐色だ。その肌のせいで北国生まれには見えないが、日焼けの結果だろう。シアルフィのように赤くなっていないのは体質の差に違いない。

 ディウルスの目はその写真に釘づけになっていた。嘘だろう。思わずそう呟く。信じられなかった。


「ディウルス? どうかしたの?」

「俺は……この男を知っている」

「えっ!?」


 子供のころに会ったきりだが、幼いころの面影が残っている。勘違いではないだろう。ディウルスは目を閉じて両腕を組み、忌々しげに吐き捨てた。写真の中にいる青年、その本当の名前を。


「この男はトール・クリスツ・ブルーデン――ガルガロン帝国の第二皇子だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ