第239話 ミリアム「ヨシ!」
翌日の火曜日も退魔師としての仕事を行った。
この日は低級悪魔を主に討伐し、前日の八神さんチームのような他の退魔師と会うことはなかった。
その翌日はユウセイ君がバイトのため、仕事はせずに家でゆっくりと過ごした。
もちろん、キョウカもやってきたし、ルリと一緒に晩御飯を作ってくれた。
その翌日も仕事をし、何事もなく過ごすと、週末の金曜日となった。
「おー、ついに届いた」
玄関には先程届いた紙の袋に入ったセメントが積まれている。
「これがセメントですか……粉ですかね?」
ルリが小さな指で紙袋をつつく。
「水に混ぜると硬化するらしいよ」
すごいね。
「へー……」
「タツヤ様、いかがします? もう3時を回っていますけど……」
モニカが言うようにすでに昼を過ぎている。
これから作業をするのはちょっと中途半端ではある。
「うーん、先に温泉というか浴槽部分だけやろうか。床は後日にしよう。明日はキョウカとケーキバイキングなんだよ」
「そういえばそうでしたね。では、今から向かいます?」
「そうだね。ルリ、ミリアム、手伝ってくれる?」
セメントを空間魔法にしまいながら聞く。
「わかりました」
「それはいいけど、今日はキョウカが来るんじゃないか? 連絡はしとけよ」
今日は金曜だからユウセイ君がバイトだ。
だから放課後にキョウカがウチに来るだろう。
「それもそうだね」
スマホを取り出すと、メッセージアプリを開き、履歴を眺めてみる。
最近はキョウカからのメッセージも減っていた。
理由は簡単でほぼウチにいるから。
山 田 :今日は異世界の研究室の前にいるからー
キョウカ:お仕事です?
あれ? すぐに返ってきた。
休憩時間かな?
山 田 :異世界の研究室の前に行ってくる
キョウカ:お仕事です?
山 田 :セメントが届いたから浴槽部分だけ作ろうかと思って
キョウカ:おー! 良いですねー!
山 田 :うん。だからそっちにいる。学校が終わったらキョウカもおいでよ
キョウカ:行きまーす!
山 田 :勝手に入っていいからー
キョウカ:りょーかいです!
キョウカに連絡が終わったのでスマホをしまった。
「キョウカさん、来られますって?」
モニカが聞いてくる。
「うん。勝手に入ってくると思う」
「さすがに鍵もかけずに空けるのは良くないのでは? 私はお役に立てませんし、ここで待機していましょうか?」
あー、確かになー。
結界が張ってあるから悪魔は侵入できないけど、空き巣は普通に入れる。
「お願いしていい? 好きに過ごしてていいからさ」
「わかりました。本でも読んでキョウカさんを待ってます。来られたらお連れしますので」
「ありがとうね。じゃあ、行ってくる」
モニカに留守番を頼むと、ルリとミリアムと共に研究室を抜け、温泉予定地に向かうと、袋に入ったセメントと大きめのバケツ、シャベルを取り出した。
すでに穴は空けてあるし、排水施設もできている。
さらには辺りに石材も用意してあり、これで準備は完了だ。
「まずはどうするんです?」
ルリが聞いてくる。
「セメントは最後だから掘った穴に石を並べたり、壁を作っていこう」
「じゃあ、最初は石ですね」
ルリが石を床にちょっと埋めながら置いていく。
当たり前だが、空間魔法を使っている。
じゃないとさすがに重くて無理だ。
俺もルリに倣って石を床に並べていった。
「あ、山田、その石は右の方が良いぞ」
ミリアムがぷかぷかと浮いて、上から指示をしてくれる。
「この辺?」
「そうそう。あ、ルリ、それは左端がいいにゃ」
俺達はミリアムに指示されながら石を並べると、高さを合わせながらエアカッターで平らにし、研磨していった。
「こんなもん?」
「それでいいにゃ。次は壁というか縁の部分にゃ。並べていくにゃ」
俺達はこれまたミリアムに指示をされながら穴の壁に石を並べていく。
「おー、なんかそれっぽくなってますね」
「お疲れ様です」
声が聞こえたので振り向くと、キョウカとモニカがいた。
「あ、学校終わったんだ」
「ええ。もう4時半ですよ」
キョウカにそう言われて時計を見ると、確かに4時半だった。
床を平らにして研磨する作業にかなりの時間を使ったようだ。
「時間を忘れちゃったね。もう暗くなるし、最後の作業に入ろう」
「セメントですか? 私、全然知らないですね」
俺も知らなかった。
でも、インターネットというのは便利なもので調べれば何でも書いてある。
「このセメントと水を混ぜて隙間に埋めたりするんだよ」
「へー……大変そうですね」
そう、大変。
当然、技術がいるから素人が簡単にできる作業ではない。
歪になったりしてかっこ悪くなるのだ。
「大変だけど、ウチのミリアムさんがやってくれるんだって」
「え? ミリアムちゃん? 足跡をつけるんじゃないです?」
なんか見たことあるね。
可愛い足跡がついているやつ。
「そんなバカなことはしないにゃ。上級悪魔の力を見ておくにゃ」
ミリアムがそう言うと、積んであったセメントが浮く。
「おー、超能力だ」
「来てますねー」
来てるねー。
「魔法にゃ。これからが本番にゃ」
ミリアムが浮いているセメント袋をじーっと見ると、袋が破れて、地面に落ちていく。
だが、中に入っていた灰色の粉は浮いたままだ。
「何あれ?」
「おー……」
「ミリアムちゃん、すごーい!」
「どういう魔法かもわかりませんね」
ミリアムはドヤ顔だ。
「これに水を混ぜるんだろ?」
「そうそう」
「こんなもんか?」
セメント粉の上に水球が現れた。
「多分、そのくらい」
調べてはいるが、そんなものだろう。
「見ておくにゃ。これが洗濯機を見ていて思いついたサイクロン魔法にゃ」
浮いているセメント粉と水球が混ざり合うと、小さな竜巻みたいなものができて攪拌される。
そして、ドロドロの灰色の何かができあがった。
「すげっ」
「ミリアムが洗濯したら早そう……」
「はえー……」
「すごいですねー……」
ここまで来ると呆れるな。
「すごかろう? 尊敬するだろう? ただコタツで寝ている猫じゃないんだぞ?」
食べるもんね。
「ミリアム、それを隙間に埋めていってよ」
「任せるにゃー」
空中に浮かんでいるセメントがぐにぐにと動き出し、温泉に敷き並べた石材の間に入っていく。
さらには縁の隙間にも入っていき、それらしくなっていった。
「魔法ってすごいなー」
「山田ー、なんか余りそうだぞ」
あっ……
「そうか。全部使っちゃったのか……浴槽とは別に床の部分も含めて買ったんだよ」
「あ、そっか……どうする? 森に捨てるか?」
もったいないなー。
「タツヤさん、急いで作りましょう」
「あ、手伝います」
「私もできることをしましょう」
仕方がない…やるか。
「ミリアムー、固まらないように適当にぐにぐにしといてー」
「わかったにゃ。早くするにゃ」
俺達は手分けして、床に石材を配置していく。
そして、並べ終えると、石材を平らに切り、研磨した。
「よし、ミリアム、お願い」
「任せるにゃー」
ミリアムの上に浮いているセメントが石材の隙間に入っていく。
「おー、それっぽくなりました」
「この前の温泉っぽいですね」
「確かに露天風呂って感じがします」
確かにそれっぽい。
「できたにゃー」
「ありがとう。これで後は固まるのを待てばいいだけだよ」
1日で固まるらしい。
「疲れたにゃー」
ミリアムが俺の肩にとまった。
「よしよし。また魚を釣るからね」
海にまで行かなくても歩いて5分のところに湖があるのだ。
「いっぱい釣るにゃ」
可愛い子。
「これで温泉に入れるんですかね?」
「いや、さすがにまだ……」
キョウカとモニカがだだっ広い平地を見渡した。
「開放感はすごそうですね……」
「ちょっと遠慮したいですね……」
そりゃそうだ。
誰もいないけど、丸見えだもん。
「もちろん壁は作るし、脱衣所も作るよ。その辺は村の舗装工事が終わってから村の人達にやってもらう予定」
さすがに俺達では家や壁は作れない。
木材のスペシャリストに任せる。
「着々と進んでますね」
キョウカが満足そうに頷いた。
「でしょ? 今日はありがとうね。戻ってご飯にしようか」
「今日は唐揚げです」
ルリが夕食のメニューを教えてくれる。
「おー、手伝うよー」
俺達は家に戻り、少し休むと、いつものように皆で夕食を食べる。
そして、キョウカを送っていったあと、温泉作りを祝って、ルリが薦めてくれたストゼロを飲んで就寝した。
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