雨に濡れても
雨が降っている。
それも、かなり激しく。
雨に濡れてしまうことは、予想していた。顔も、背広も、靴も。
だが、しかし。
「……うぉあっ!?」
溝に被せられたグレーチングの上で、ずるりと足を滑らせることは、正直予測できていなかったのだ。
「……すまん」
自宅の玄関の扉前で、やけに気落ちした様子で何度目かの謝罪を述べる相手を、僅かに鬱陶しそうに守島は見上げた。
「もういいっての。俺も家まで車で送って貰ってんだし」
とはいえ、ほんの十数分前までは、彼ら二人は一人は本気で、一人は楽しんで殺しあっていた仲である。
西園寺が足を滑らせ、顔面から水溜りに突っ込んだ時点で、かなりやる気は削がれていたのだが。
「荷物に着替えはあるさかい、濡れただけやったら大丈夫なんやけどなぁ。流石に、髪が泥だらけになってもぅたのは困るわ」
溜め息をついて、一人暮らしにしては広い玄関で靴を脱ぐ。一足先に室内へ入っていた守島は、さっさと取り出したタオルを何枚か投げ渡した。
「風呂は右のドアだ。シャワーで終わらせろよ」
「判っとるがな。それより、お前が先でのぅてええん?」
一応家主に気を使ったのだが、露骨に嫌そうな顔で見据えられる。
「その泥だらけの頭でうちの中うろうろさせとけってのかよ」
「……別にうろうろとかせぇへんがな……」
珍しく更に肩を落として、西園寺は浴室へと足を踏み入れた。
が、すぐにひょい、と顔だけを覗かせる。
「それとも一緒に入るか?」
「二人で入れるほど広い風呂じゃねぇ」
にやにや笑う男に、少年はピントの外れた言葉を返した。
服を着替え、髪を大雑把に拭いた守島がリビングで座っていると、十数分で西園寺は戻ってきた。見ると、ワイシャツにスラックスは着ているが、まだ髪を乾かしていないようだ。
「ありがとぅな」
「もういいのかよ」
眉を寄せて訊くと、ひょい、と男は肩を竦める。
「お前を待たしとくんも悪いやろ」
まあ、押し問答しても仕方ない。そのまま立ち上がるが、視線が近くなると西園寺が小さく笑んでいるのが知れた。
「……何だ?」
「ん? いや、咲耶の匂いやなぁ、と思ぅて」
「きめぇ! 死ね! 今まで風呂に入った回数分死ね!」
「いやそれ流石に回数多すぎるやろ!」
心底憎々しげに吐き捨てられて、抗議する。
「じゃあ泥を被った回数分死ね」
低く言い直して、守島は憤然として浴室へ姿を消した。
「それやと何回になるんやろうなぁ」
小さく、しかし楽しげに、西園寺は呟いた。




