桜闇に湧きいずる
二人がその公園に着いたのは、真夜中と言っていい時間帯だ。
宵のうちに浮かれ騒いでいた人間たちは、流石に終電辺りには撤収してしまっている。満開の桜の木の下は、がらんとしてうら寂しくもあった。
比較的綺麗で平らな地面を探し、手早く敷物を広げる。
「……咲耶。何で緋毛氈なんだ?」
「そういうものだろ?」
ところどころ世慣れていないところを残す少年は当たり前のようにそう返し、渋々ながら世間知らずという自覚を持っている相棒は、そういうものか、と納得した。
敷物の周囲に重石を載せると、二人は適当にその上に座った。
守島咲耶と弥栄紫月。拝み屋として生計を立てている二人の、今日の仕事は花見の場所取りであった。
と言っても、金を払ってもらえる訳ではない。
相手は普段から世話になっている、ある弁護士事務所である。昼前に集合するまでに、この場所を死守することを頼まれたのだ。その後、一緒に花見をしないかと誘われている。
まあ、接待みたいなものだ、と、普段金にならない労働はしない咲耶は説明した。
「しかし、こんな夜中から場所取りなんて、早すぎないか?」
紫月が不思議そうに零す。不満に思っている訳ではないことは判っていて、咲耶は小さく肩を竦めた。
「お前はこういうのは初めてか? 陽が昇った辺りから、結構人がやってくる。早い奴なんて、夜の場所を朝から取りにくるもんだ」
「……凄いな」
今まで、養父の所属していた組織での花見の経験はある。だが、どちらかといえば客扱いだった彼は、社会の凄まじさの一端を垣間見て、小さく呟いた。
「それに、まあ、場所取りだけじゃないからなぁ」
胡坐をかいた膝に頬杖をつき、無造作に左手を示す。
桜の木の間を張り巡らせた提燈が闇を薄くする中、ぼんやりとした何かが蠢いている。
それを目にして、一瞬紫月の背筋がぞくりと冷えた。
「何だ?」
「色々だ。地縛霊とか、動物霊とか、忘れられた神々とか。春になると、何故だか奴らの動きも活発化する。この中に入ってこなかったら放っておいていいぞ」
投げやりに説明するのは、この少年の悪い癖だ。
「……近づいて来るみたいだけど」
ゆうるりとこちらに向かってくる数々の存在に、緊張したように紫月が指摘する。
「ああ。何か、よく来るんだよ。冬眠明けで腹が減ってるのかね」
「人を食べるのか?」
「さあな。食われるようなへまをしたことがねぇんだ」
軽口を叩きながら、二人はゆっくりと腰を上げた。
うららかな日差しが、柔らかく降り注いでくる。
相棒は、少し離れた場所に座り、船を漕いでいた。
まあ、あと一、二時間待つだけだ。放っておこう。
「……ねみぃ……」
結局徹夜だった咲耶は、無造作に胡坐をかいた姿勢で、大きく伸びをする。
その頭上を、満開の桜の枝が覆っていた。




